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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第一章 選ばれた者と選ばれなかった者

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覗く影

 昨日、あんなことがあったというのにいつもと変わらぬ朝日が昇る。ただ、村を取り巻く環境は一変していた。村人達はどこか浮足立ち、両親は体調を崩し寝込んでいる。

 お陰で、オースは1人で道具の整備から野菜の収穫、薪割りなどを行うはめになっていた。ただ、余計なことを考えずに黙々と作業できるという点を見れば、ちょうど良かった。

 ところが、そんな安らぎを破壊する者が現れる。


「兄さんっ!」

「ちっ」


 それは、ルースだった。本当なら顔も見たくない。思わず舌打ちをしてしまったが、彼には聞こえていなかった。

 彼は、迷いなく畑の中に飛び込むと、土を耕していたオースの前に立つ。

 

「どうした? 家事やら何やらで忙しいんじゃねぇのか?」


 苛立ちを誤魔化すように笑みを浮かべながらも、顔を見ないようにと畑を耕すことに集中する。


「ちょうど1段落ついたので……それと、兄さんに提案がありまして」

「提案?」


 彼が、自らの意見を誰かに伝えるなど珍しいことだった。そこで、ようやくオースは手を止めた。


「その……入れ替わりませんか」


 意を決した様子で伝えられたその提案に衝撃を受け、オースの手から鍬が滑り落ちる。


「は?」

「僕らは双子で……幸い、見た目だけはそっくりじゃないですか。だから、僕と兄さんがこっそり入れ替わってもバレないんじゃないかって」


 勇者にはなりたくない。けれど、その運命はそう簡単には覆せないし、逆らう度胸もない。変えられないのなら、自分にそっくりな才能溢れる兄に任せればいい――そうルースは考えていた。


「あぁ?」

「村の皆や、父さんや母さんに協力してもらうんです! お城の人達は、僕らのことをよく知らないから問題ないはずです。僕では絶対に役立てません。僕のはずがないんです! だから……!」


 確かに、彼ら双子はぱっと見では見分けがつかないほどに瓜2つ。髪色に多少の違いあれど、迎えに来る兵士達なら誤魔化せるかもしれない。協力者を仰げば、さらに効果的だろう。

 けれども、城につけば、天という存在が待ち構えている。それが、確かならばすぐに明らかになってしまうだろう。所詮、その場しのぎにしかならないのだ。


(俺がこいつに? こいつが俺に? あぁ……舐めたこと言いやがる。顔が似ているだけで、誤魔化せるはずがねぇ)


 顔がそっくりであったとしても、積み重ねてきた経験が違う。踏んできた場数も違う。思いも違う。思い描く未来と夢も違う。彼らを構成する要素は、まるで別物だ。

 それなのに、入れ替わることを要求する。全てにおいて見下している彼になりきることなど、プライドが許さなかった。


「馬鹿言ってんじゃねぇよ」


 怒りのあまり、表情が崩れてしまいそうになった。それを誤魔化すため、オースは彼を強く抱き締めた。

 

「え……!?」


 予期せぬ兄の行動に、ルースは硬直する。


「お前はお前、俺は俺だ」


 オースの顔は、鬼のような形相であった。ただ、声色だけは優しくて、ルースのもやがかかったような心を落ち着かせてくれた。


「兄さん……」

「お前は俺になれないし、俺はお前になるつもりはない。だから、死ぬ気でやれ」


 オースがどんな表情でその言葉を送っているかも知らず、彼は溜め込んでいた思いを吐き出し始める。

 

「怖いんです。本当に何もできないのに。そんな僕に村の皆は頑張れと、父さんと母さんも体調を崩しているけれど、僕を送り出そうとしています。これが、何かの間違いであって欲しいって思ってしまうんです」


 彼は、オースを信頼していた。いつだって輝いて見えるその背中、困った時の相談相手は絶対にオースだった。


「いい加減、成長しろよ。もう18だろ」

「うぅ……情けない、ですよね」


 優しいだけではなく、厳しい言葉を投げかけてくれることがよりいっそう重みを感じさせてくれるのだった。それが、これっぽっちも自分のことを考えているものではないというのに。


「あぁ、情けない。自分で気持ち切り替えるくらいやってみろ」


 しばらくして、気持ちも落ち着いたオースは、兄弟同士で抱き合っているのが恥ずかしく思えてきた。


「ほらほら! 仕事の邪魔だぜ」


 ルースを突き放し、慌てて鍬を拾う。


「ごめんなさい……」


 彼は、その状況を理解して申し訳なさに駆られる。見るからに、オースにはまだ沢山やらねばならないことがある。暗くなればできない仕事だ。助けて欲しいあまりに、自分中心になっていたと後悔した。


「それに、お前が家にいねぇとあの2人がマジで死んじまうよ。残された時間、有意義に使え」


 大きく鍬を振り下ろし、土を耕し始めるオース。その横顔は、たくましかった。そんなオースの姿を見て、ますます彼は――どうして、自分が選ばれたのかわからなくなった。


「は、はい……」


 これ以上、迷惑をかけてはいけないとルースは悲しみを堪えながら家に戻るのだった。


(嫌がらせか? わざわざ、俺に相談してきやがって……)


 よくあることなのに、そのように思えた。心に余裕がなくなっている影響だった。


(くそったれ!)


 思いきり振り下ろした鍬が、土を抉る。


(くそったれっ!)


 今のオースの心は、この土と一緒だった。


(村を出るのは、俺だったはずなのに!)


 村をずっと出たいと思い続け、できうる限りの努力は続けてきた。それなのに、選ばれたのは何もしていないルース。悲しさや虚しさ、怒り……あらゆる感情を鍬に乗せて、土にぶつける。


(どうして、俺があいつに……負けてんだよっ!)


 誰にも相談できず、誰にも打ち明けられない。誰も知らない、オースの姿がそこにあった。


***


 そんなオースの姿を、近くでも遠くでもない時空の狭間から見つめる3つの影があった。


「何やら、面白いものが見えますわ」


 細身の女性が、楽しそうに笑う。


「あぁ……少し手を加えれば、とても良いものになるであろう」


 真ん中で足を組む者の声も、また弾んでいた。


「貴方もそう思うでしょう?」


 女性は、腕を組むがたいの良い男性に問いかける。だが、彼の声色は様子が違っていた。


「……どうだかな」


 どこか暗く、不機嫌であるように聞こえた。


「ふん……」


 その答えと態度が気に食わなかったのか、彼女は鼻を鳴らして押し黙った。

 身近で生まれたその険悪な雰囲気も気に入った様子で、真ん中の影は機嫌良く言う。


「さて、いかようにしようかのぉ。ハハハ……ハハハハ……!」


 その暗く不気味な場所に、高笑いだけがこだました。

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