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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第五章 プロモーション大作戦

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地下かラノ逃亡者

 それでも、めげずに観察を続けていると、ついに大きな変化が訪れた。少女は、いつものように喫茶店に出かけた男性の家に朝方に巧妙な手口で侵入すると、魔法陣を描き始めた。描くのは、彼の家での喫煙場所だった。罠を仕掛けるには確実であった。彼女は、木の棒のような物で淡々と描く。複雑な図形なのに、何も見なくても描けるようだ。


(正確じゃねぇといけねぇみたいなこと、テウメが言ってたような……やっぱ、積み重ねたものが違うってことか。息するようにできるってか)


 焦りも緊張も、これっぽっちも感じさせない。少しくらい動揺してもいいはずなのに、一心不乱に描き続ける。躊躇いも迷いも葛藤も、彼女の中にはないようだ。その証明に、魔法陣はほぼ形になっていた。知識のないオースでも、もうすぐ終わるということはわかった。


(俺より小さぇくせに、随分と強いことだ。最初は、この子供も悩んだり苦しんだりしたのか? いずれ、俺もこいつみたいに淡々と成せるのか?)


 その姿は、羨ましく思えた。淡々とこなせるようになれば、ルースとの間に生まれた溝を埋められる。その冷酷さは生まれ持ったものなのか、後から身についてしまったものなのか。後者であれば、オースにも可能性がある――その心持ちを理解できれば。


(こんなんじゃ駄目だ。もっと先に、あいつは……)


 思いを強く抱いた時、ちょうど少女の描いていた魔法陣が完成した。彼女は、ふうっと息を吐くと、満足した様子で立ち上がる。


『陣発動、隠匿』


 彼女は人差し指を口に当て、囁くように唱えた。すると、刻まれた魔法陣がぼんやりと輝いたかと思えば、次の瞬間に全てが嘘のように消えた。


「……何?」


 だが、魔法陣そのものがなくなった訳ではない。人の目に見えなくなるように隠されただけだ。魔法陣は、確かに存在している。対象を殺すために。


『待っててね。今度こそ、おじいちゃんに朝を……』


 魔法陣による蘇生を、彼女は朝と例える。骨が、再び肉体を取り戻し起き上がるのを待っている。


(こんなに、他人の命に執着できるなんて大したもんだよなぁ。どうして、他人のためにこんなに頑張れるんだ? 家族……だからか?)


 今のオースは、自分のためにしか頑張ることができない。故に、どれだけ考えても理解できなかった。


『また、後で……』


 そう言い残すと、静かに男性の家を後にする。準備は整ったようだ。


(本当に魔法陣だけでいいのか。魔術ってのは、半端ないなぁ。後は、獲物が帰ってくるのを待てばいいんだもんな。使いこなせれば圧倒的に楽なんだろう。俺の村に、魔術があれば……なんか違ったかなぁ)


 そして、少女は家の裏で息を潜めた。どうやら、ここで帰ってくるのを待つつもりらしい。


(マジかよ。えぇ……夕方くらいまで帰ってこねぇじゃん)


 長時間の暇を持て余すことを察し、オースは天を仰いだ。すると、険しい表情で見下ろすリュウホウが映った。


「わ!?」


 元の体勢に戻って振り返ると、そこには紛れもないリュウホウがいた。夢でも幻でもなく、確かな実体がそこにある。いつから背後にいたのだろう。1人だと信じ込んでいたこと、少女に夢中になっていたこともあって気付かなかった。


「くだらん。何を暇を持て余している。この間に、この子供について調べるなんだのしてみろ。情報は自ら動かなければ入ってこない、愚か者めが。仕事中に休憩などない。魔王様のために、身を粉にして働け。それが、定め。その手を止めることは、怠惰だ。絶対に許さない」


 彼は、まくし立てるように言った。平穏だった空間が、あっという間に重苦しくなる。


「調べろって言ったって……方法がっ――!?」


 鈍い音がしたかと思えば、次の瞬間にはオースは床に倒れていた。言い訳をしようとしたため、殴られたようだ。


「聞きたくない。はぁ……」


 そう言って、彼はため息をつく。


「魔物である貴様なら、テウメのデータバンクにアクセスできるはずだ。あいつは、情報収集と機械いじりの腕だけは確かだからな。貴様程度の存在でも、閲覧するくらいはできるだろう」

「え!?」


 頬を押さえながら、オースは驚きの表情を浮かべる。そんな情報は、初耳だったから。


「そんなことだろうと思った。あいつは、雑だからな。やり方はシンプルだ。調べたいことを念じるだけだ。人間達の間で呼ばれている名称で。そうすると、人間の世界に漂っている情報にアクセスできる……らしい。欠点は、広まっていない情報は反映されていないことだと言っていた」


 その口ぶりから察するに、彼にはその機能を使って調べたことはないようだ。テウメから聞いたことを、そのままオースに伝えているのだろう。


(仕方ねぇ、やってみるか。てか、やらねぇと何されるか……つか、知らねぇんだからしょうがねぇじゃん。あ~嫌いだわ。え~っと、心臓取りの事件……!)


 試しに念じてみると、鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が走った。そして、脳裏に莫大な情報と共に「ダウンロード完了」の文字が表示された。


「おえぇ……」


 大量の文字と痛みに、オースは吐き気を催す。しかし、そんな状態にあっても、リュウホウは決して労わらない。


「何か得られたか」


(くそ……代償がでけぇよ。本当、惜しい感じのやつばっかりだな)


 吐き気やら痛みやらで、それどころではなかったが、そんな言い訳は許されないし通用しない。苦痛を堪えながら、流れ込んできた文字列の中を探る。


「えっと……心臓取りのものと思われる事件は、26件に及んでいます。自宅前で亡くなっていた男性も58歳と、これまでの事件の被害者の年代に当てはまっています。魔術を使用した痕跡は残っているが、詳細は不明のままです。で、被害者は1人の時に殺害されているため目撃証言がなく、その残忍性から知能を持った魔物の仕業ではないかという見立てが高まっていま……って、これ大体テウメから聞いた奴だわ」


 必死に役立ちそうな情報を伝えたものの、少し新しい情報があるくらいだった。これ以外は、古い情報と個人的に好き勝手に考察したものが多くであった。


「何故、わかっていることわざわざ調べた? 馬鹿者が。我の時間が無駄に過ぎただろう。我は、この子供について明らかにせよと言ったのだぞ。復習をしろと言った訳ではないぞ」

「でも、広まってねぇ情報は反映されねぇんだろ? あんな子供のことなんて、誰も知らねぇだろ。何なら、今でも近所の住人は知らねぇっ――!?」

「認識が甘い」


 いつの間にか、オースは踏みつけにされていた。


「やりもせず、決めつけるなどありえない。一部で広まっている情報というものもあるだろう。その可能性を試さず、この我に反論するとは良い度胸だ。わからせたつもりだったが、まだ足りなかったようだな。どれ――」

「やめてくれっ! 調べる、調べるから……!」


 再度、振り下ろされそうになる彼の片足。これ以上、余計な痛みを味わいたくないと咄嗟に足を掴んだ。残り数ミリのぎりぎりの範囲だった。


「ほう……」


 彼は少し関心した様子で、その要求を受け入れた。そして、言葉を待つようにゆっくりと足を下した。


「ふぅ……」


(グレースィット=アルミノワ!)


 オースは息を吐いて、再び念じる。


「っ!」


 変わらず、激痛が襲いかかる。しかし、先ほどと違うのは圧倒的に文字……即ち情報が少ないことだった。見ながら、情報を伝えていく。


「グレースィット=アルミノワが地下から逃げた。情報漏れに繋がる、惜しいが殺せ。地の果てでも追いかけて殺せ……って、え?」


 短いが物騒な情報に、オースは戸惑う。


「ふむ」


 足りないと罵倒される覚悟をしていたが、実際は違った。彼は、それだけ呟くと部屋から忽然と姿を消した。


「……はぁ」


 ようやく1人の空間に戻った。あの少ない情報の何が彼に刺さったのか、オースにはわからない。


「あ~……まだ、頭ががんがんする」


 情報の大小は問わず、同じくらいの頭痛。さっきの機能を使うのは、あまり気乗りしない。しかし、制限されている現状は頼らざるを得なかった。それでも――観察は続けなくてはならない。

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