獲物ヲ見つケて
グレースィット=アルミノワ。サリーサン帝国のとある町の一角で、ひっそりと生きる少女。その日を生き抜くため、商人の屋敷の掃除係として安い給料で早朝から夕方まで働いている。今現在も、屋敷の長い階段を雑巾で拭き続けている。
帰ってきたら、貧相な食事を終えてボロボロのベットで眠る。その間に、彼女が誰かと関わることはなかった。恐らく、もう一つのベットにある骨に語りかけることは、コミュニケーションには含まれないはず。想像以上に、少女は孤独であった。
(観察を始めて、太陽が7回昇った。つまり、1週間か。あれ以降、殺しはしてない。そして、会話もしていない。一方的に、骨に今日あったことを伝えているだけだ。なんなんだ、マジで。本当に、子供かよ。全然、無邪気じゃねぇし……控え目に言って、怖いわ)
自身のこれくらいの時期と比較して、彼女は随分と落ち着き払っていた。人殺しの件はともかくとして、日常生活において子供らしさを微塵も感じさせない。
遊び大半、家の手伝い少々くらいがオースの日々の過ごし方だった。何なら、仕事はしなかった日もある。当然だ、遊びの方が楽しいし、楽だ。それなのに、彼女は仕事しかしていない。汚れた場所を延々と綺麗にし続けている。こんな生活、オースには到底真似できない。気が滅入る。
(こいつが寝てから、俺も寝てるようにしてるけど……起きたら、もう仕事に行く準備してることザラにあるんだよな。主活動は見逃してねぇと思うけど、不安になるぜ。大丈夫だよな?)
詳しい時間はわからないが、オースの体感的には数時間程度しか睡眠を取っていないように感じる。お陰で、観察しているオースも寝不足気味だ。
「ふわぁぁ~……」
オースが欠伸をしても、少女は欠伸をしない。表情1つ変えずに、仕事に取り組んでいる。
(こっちはくそほど眠いってのに、こいつは一体何を考えてんだ。表の顔が真面目で、裏の顔が人殺しとか怖過ぎて笑えねぇわ)
加えて、今や廃れつつある魔法陣の使い手。しかも、子供。警察も犯人像が絞れず、目撃者もいないこの事件に難儀しているのだろう。魔物のせいにしたくなる気持ちもわかる。まさか、こんな真面目な少女が犯人だとは思わない。思いたくもない。
(今の所、陰で操る首謀者みたいな奴は見当たらねぇ。連絡を取ってる様子もねぇ。マジで、この子供が単独でやってる可能性があんのか。全然、この子供の置かれてる状況って奴がわからん。あのおじいちゃんって呼ばれる骨は何者で、こいつは誰から魔法陣を学んだのか。なんで、殺し始めたのか……個人的に色々と気になるわ)
テウメもリュウホウも現れず、テウメの部屋で1人。朝、昼、夜と簡易な食事が前触れもなく現れ、それを頬張り続ける1週間。部屋は広く、様々なものが揃っていて不便はない。閉じ込められていなければ完璧だった。
そこそこの食事とそこそこの休養と閉鎖された空間で、気を張る仕事をする。何とも言えぬ疲労に苦しみながらも、オースは再び水晶に意識を集中させるのだった。
***
それから、数日が経過して、ついに変化が起こった。
その日、少女は仕事に行かなかった。普段より遅い目覚めで、オースが待ちぼうけを食らう羽目になってしまった。彼女は質素な朝食を終えると、いつものように「おじいちゃん」に話しかけて、昼頃に家を出た。
(毎日毎日働いていたのに、今日は休みか。昨日、俺がちょっとうとうとしてる時にそういう話になってたか、元々そういう日程が組まれていたか……危ねぇ危ねぇ)
魔物になってから、便利だと実感したのは治癒能力くらいだ。それ以外は、人間だった頃とまるで大差ない。空腹も寝不足もなくならない。毎日、ご丁寧に食事が届けられる辺り、それはテウメも把握しているのだろう。詳細は、彼女に会って聞くしかない。
(さてさて、一体どこに行くつもりだ?)
気持ちを切り替え、少女の動向を見守る。彼女は、周囲を見回しながら道を歩む。何かを探しているようだ。傍から見ていると、かなり不審だ。これには、流石に周囲の人間も訝しげに視線を向ける。けれども、誰かが声をかけたり足を止めたりするようなことはなかった。
『見つけた……』
ある男性が目に入った途端、挙動不審だった彼女の動きが止まった。周囲には聞こえないくらいの声で呟くと、にやりと不敵な笑みを浮かべる。
(あぁ……結構露骨じゃねぇか)
その様子を見て、オースは確信する。これは、殺すための品定めなのだと。男性は、喫茶店のオープンテラスで煙草を吸っていた。容姿は、60代くらいに見える。ちょうど、彼女が殺している人間の特徴に当てはまる。
(あれが、次の獲物か。となると、準備の段階に入る訳か。魔法陣って奴は、どうやら滅茶苦茶大変らしいしな。詳しいことは全然わからんが、猟と何となく似ている気がする。魔物やら動物やらを捕まえるのにも、罠を用意することもあった。罠で仕留めるためには、獲物の行動や癖を把握しておく必要がある。じゃねぇと、ただただ無駄になっちまう。それが、魔法陣も同じだったとしたら、これから下調べをすんのかな)
彼女はしばらく固まっていたが、ついにゆっくりと歩みだした。だが、急に接近するようなことはしなかった。向かいにある店の壁にぺたりと張り付いて、またそこから動かなくなった。けれども、彼女の目はしっかりと彼を捉えていた。決して逃がさない、そんな意思を感じた。
(本気だ。もう変えるつもりはねぇらしいな。あいつは、もう死ぬしかなくなった)
まさか、自分が狙われているなど知りもせず、彼は優雅に煙草を吸う。実に哀れだった。だからといって、ここで少女を仕留めることはできない。まだ、何も知らない。情報を、もっと集めなければならない。殺しに至るまでの過程を、知る必要があるのだ。何が足かせになるかわからない。シンプルに言うなら、やむを得ない犠牲だった。
(でも、マジでじ~っと見てるだけだ。観察してる奴を観察する俺か……やっと動き出したと思ったのに。また、じーっと同じ様子を観察するだけか)
そして、それは日が落ちるまで続くこととなった。なんと、その男性はずっとその場所に居座り続けたのだ。吸い殻が、すっかり山のようになっている。その間、コーヒーを飲んだり、店の主人と話したりして充実した時間を過ごしているようだった。
だが、オースは違う。ほとんど変わり映えのしない映像に、限界が来ていた。肝心な所に進む気配が微塵もなかったのだ。
「あ゛あ゛あ゛……マジか。長い、さっさと動けよ」
(流石に、こんな場所で堂々と魔法陣なんて準備できねぇだろうし。これが、人間対人間の狩りですか……イライラする)
やっと男性が立ち上がった時には、オースは手を叩いて喜んだ。半日が無意味に消費されてしまった。男性がのんびりするのを観察する様子を、こんなにも観察し続ける羽目になるとは思っていなかった。
「あぁ……長かった。やっとか、やっと場面が動く」
彼はお金を払うと、長時間に渡って滞在した喫茶店を後にした。どうやら、帰宅するようだ。すると、少女もまた動き始めた。適度な距離を保ちながら、追跡する。
彼の家は近く、徒歩5分程度だった。家に帰るなり、彼は家の中で再度煙草を吸い始めた。散々、喫茶店で煙草を吸ったにも関わらずだ。オースには、理解できる行動ではなかった。
しかしながら、変化があったのはそこだけ。それ以降は、2週間に1回、彼を追跡して様子を伺い続けるだけ。魔法陣を描き始めるようなことはなく、これまたオースへの試練となってのしかかった。




