「おはヨう」を聞きタくて
喧噪に紛れ、少女は1人帰宅する。薄暗い室内に、僅かに差す月明かりが手中に収まる心臓を照らす。彼女は、意気揚々と何者かが眠るベットの前へと駆けて行った。
『おじいちゃん! ちゃんと持ってきたわ。年齢はわからないけれど、煙草を吸っている男の人の心臓! おじいちゃんと同じ!」
掛布団を勢いよくめくって、そう叫んだ。けれど、そこにいたのは――いや、あったのは綺麗に白骨化した人間であった。仰向けにされたそれには、魔法陣が赤く刻み込まれている。
(どうりで、何も言わねぇし止めねぇ訳だ。死んでんだから……)
けれども、少女はまるで生者を相手にするかのように話す。
『今日こそは起きてくれるよね? 『おはよう』って言ってくれるよね?』
そして、彼女は心臓を肋骨の下に入れ込む。
『陣発動、復活』
呪文を唱えると、刻まれた魔法陣は怪しく輝いた。さらに、骨がカタカタと音を立てて揺れ始める。しかし――。
『どうして? どうして、骨のままなの? おじいちゃん、どうして起き上がってくれないの? まだ、足りないの? こんなにやっているのに……』
おじいちゃんと呼ばれる人骨は、彼女の望む姿にはならなかった。やがて、骨は静寂を取り戻し、魔法陣も光を失った。
『おじいちゃん……』
彼女は、大粒の涙を流して崩れ落ちた。
「なぁ……この子供、一体何人殺ってる?」
心臓取りと周知されていること、まだ足りないという発言。彼女の手によって、もう幾人も葬られていることを示していた。
「待って下さい、今調べますので。はぁ……プロフィール的なことくらいしか見られないことと、余計なことを見てしまうことが難点ですね、その機能は。埋もれている機能だったのに……」
テウメは文句を言いながら、映し出された画面で情報を調べ始める。
「あぁ? 今ディスったろ」
「まさか、考え過ぎですよ。私は、出来の悪いコートを悪く言っただけですから」
画面に視線を向けたまま、笑顔を浮かべながら言った。
「そうですか、そうですか。すみませんね、過敏になっててよ。で、情報は?」
「ちょうど、まとめられました。彼女が起こしたとされる事件は、確認されているだけで25件。事件の特徴としては、男性の心臓が綺麗にくり抜かれているというもの。年齢は、50代から60代。さらに、彼らには喫煙するという習慣があったということが共通しているそうですよ」
「言われてみりゃあ、あの男も煙草吸ってたなぁ」
「外での喫煙が習慣なら、恐らく同じ場所で吸うようになるでしょう。魔法陣は、その際に有効です」
独特な紋様を正確に描き、魔術を展開する用法。展開術式というものだが、世間一般には魔法陣と呼ばれている。確実性は間違いないが、その分、下準備が必要になる。気付かれぬように正確な陣を描き、対象がそこに来るよう誘導するか、事前に把握しておく必要がある。そのため、学校でやんわりと存在を習うことはあっても、使い方を教える所はほぼない。効率と手軽さが重要視される世の中で、需要が失われていったのだ。
「魔法陣とか聞いたこともねぇよ。何なの、それ」
「古くから伝わる魔術で、元々は儀式で使用されていたそうです。それが、いつの頃からか普及したと。ただ、儀式に使用していたこともあって、手間がかかります。加えて、陣が保たれていなければ意味を成しません。1度とのないものです。ですから……私も驚きました。まさか、こんな子供が魔法陣を使いこなしているだなんて」
テウメは小さく息を漏らし、泣き崩れる少女に視線を移す。
(俺は、魔術のことも知らないし、全く使えねぇからわからねぇけど……テウメが、こんな調子で言うんだ。普通に見ても、ありえねぇことなんだな)
「こいつは、どこで魔法陣? って奴を、正式に学んだんだ? この国では、学校に行かなくても学べるのか?」
「いいえ、現状はこの国でも同じです。学ぶべき人が学ぶ……そういう考えは、この世界に染みついているようで。ですから、この少女には何かしらの特別な事情があると考えます。そうですね、例えば、高貴な身分の出であるか、教育に熱心な家庭の生まれ、もしくは――特殊な機関で育てられたか。こればっかりは、調べてみなければわかりませんが」
ほとんどの国は、教育は身分や職によって分けられている。王族や貴族、聖職者は魔術は勿論のこと、様々な学問を優秀な学者から厳しく教え込まれる。人や文字と関わることが多く経済的に余裕のある者は、それぞれの町に建てられた学校で簡易な魔術とそれぞれ必要なことを学ぶ。学校が近くになかったり、経済的に余裕のない者は学びの機会を得ることもなく生きていく。
そして、もう1つ。裏社会で生きていくため、特殊で専門的な技術を幼少から教え込む組織も存在する。
「で、俺はこいつを――」
「確実にした上で、私の下に連れてきて貰いますよ。子供だからと、情けはかけないで下さいね。全ては、魔王様と魔王軍の名誉のためです」
「あぁ? そんなん、いちいち言われなくてもわかってる。あの子供は、子供の皮を被った悪魔だろ。この俺が、そんな奴に対して悩んだり迷ったりする訳ねぇ」
勿論、強がりだった。大丈夫なはずがないけれど、弱い姿を晒すのは本望ではないし、テウメに励まされると恥ずかしくて耐え難い。それに、こうしている間にも、ルースに後れを取ってしまう。だから、進むしかない、そこにある道を。
「ふふ……そうですか、お節介を失礼しました」
彼女の浮かべた笑みは、妙に苛立ちを誘った。
「てか、そういうお前は仕事をしなくていいのかよ。俺と呑気に観察してていいのか? やることがいっぱいなんだろ? お前の仕事が遅れて、どうこうなって、リュウホウの奴にも影響が出たら、俺がストレスのはけ口になるんだからな? マジで」
「あら、ごめんなさい。貴方のことが心配になってきてしまって。ほら、最初から子供は1人歩きなんてできないでしょう? 最初はサポートしなければ」
そう言うと、オースの手を握り締めた。瞬間、安心感に包まれ、鼓動が高鳴る。
「……ばぶちゃんに見立てんじゃねぇ」
何度経験しても、感情がぐちゃぐちゃになって混乱してしまう。その動揺を、手を払って誤魔化した。
「あら、これはまた失礼致しました。お仕事のサポートをしたというのを、ちょっとした冗談で言い換えてみただけですよ。あくまで様子を伺っていたら、興味が湧いてしまったんです。でも、流石に仕事をやらなければいけませんね。魔物の生成の準備と、アップデートは絶対にやり遂げなければ……」
払った手を撫でながら、彼女は立ち上がる。そして、まっすぐ伸びをする。待ち構える大量の仕事に備え、気持ちのリフレッシュも兼ねて。
「はいはい、じゃあ頑張って」
「貴方もですよ? グレースちゃんの身辺はきっちり洗って下さいね。はい、これで終了。よし、突撃だーとか考えないように」
「あの子供が殺してて、周りが魔物のせいだーって騒ぎ立ててるんだ。もう十分じゃ――」
テウメの顔から、一瞬で笑顔が消え去る。
「いいえ。もし、彼女が手段だったらどうするつもりですか? 代替品が出て、同じようなことになるだけです。それを防ぐためには、彼女を隅々まで調べる必要があるんです。彼女が根本か否か、知るしかないでしょう。水晶で、彼女の動きを徹底マークするのです。わかりましたね?」
もし、あの少女を殺した後に、同じような事件が起こったら、つまりはそういうこと。オースの怠慢が明らかになってしまう。深淵を覗くのなら、自ら覗きに行った方がいい。後で、痛い目を見るよりかずっとマシだ。
「……わかったよ、調べますよ」
オースがそう応じると、彼女は満面の笑みを浮かべて自室を後にするのだった。




