夢ノよウな
その後、何度か念じたが思うような人物をすぐに見つけ出すことはできなかった。
「あ~! くそ!」
思わず、水晶を投げてしまいそうになった。が、優しい笑みを向けるテウメが視界に入り、すんでの所で留まった。
(撫で回せる理由になっちまうからな……よし、集中、集中だ)
心を落ち着かせて、再び水晶に念じる。
(サリーサン帝国で、魔物のせいにしてる奴!)
もう何度、この言葉を念じたか。嫌になるが、嫌になってもどうしようもない。報いるために、成すために必要なのは根気なのだと痛感していた。
(頼む、そろそろ頼む! マジでもう……嫌になる!)
オースは、願うように映像に視線を向ける。すると、映し出されたのは――。
『また、夜が来ちゃった』
暗い室内で、少女は椅子に座って悲しげに呟く。少女の視線は、ベットに向けられていた。ベットは、誰か眠っているのか膨らんでいる。
『そろそろ行かなくちゃ』
その口ぶりは、誰かに語りかけるかのよう。しかし、彼女の言葉にベットの者は返さない。
『大丈夫、ちゃんと帰ってくるから。それに、何かあっても……魔物のせいだから』
彼女は立ち上がり、背もたれにかけていた黒のダウンを身にまとう。
(これも、勘違いか? でも、なんだろうな。この気になる感じ。夜に、子供が出かけるなんて……いくら平和ボケしてるからってありえんの? う~ん)
彼女のプロフィールを確認してみると、年齢は12と表示されていた。彼女が、子供であるのは間違いないようだった。
『行ってきます。朝が来るまでには、帰ってくるね』
少女は、そう言い残して外に出る。
(よそ様の所の状況はわからんが……普通、こんな時間に子供が歩いてたら誰か咎めそうなもんなのに)
明かりの灯る町の中、少女はフードを深く被って進んでいく。誰も、彼女を気にも留めない。まるで、見えていないかのようだ。
「この子、怪しいですね。お名前は?」
「え? あ、あぁ……えっと……」
『名前:グレースィット=アルミノワ 性別:女性 種族:人間 身長:145 体重:37 血液型:A 年齢:12 所持している武器または武器となりうる物:不明 予測される動き:以下を参考』
「グレースィット=アルミノワって言うらしい。今から、路地裏を歩くそうだ」
「あら、愛らしい名前。そんな可愛い子が、こんな夜に1人でどこに行くのでしょうか。何やら臭います。もう少し伺ってみましょう」
テウメは、尻尾をゆらゆらさせながら興味深そうに映像を見つめる。そして、予測通り、少女は路地裏に迷いなく入っていった。
「どうして、周りは誰も声をかけねぇんだ? 夜に、さらに暗い場所に入っていく子供を放っておくなんて普通は――」
「貴方が思っている以上に、この世界は陰惨ですよ。貴方の過ごしていた村のコミュニティとは違います。貴方の村は、村全体で家族ような関係だった。良くも悪くも介入する関係性だったのでは? 名前を知らない人なんていなかったでしょう?」
そう言われ、村があった頃を思い出す。悪さは見逃されないし、気が付いたら家に村人がいることもあった。自給自足で回っていた村の社会、野菜や肉や魚などのおすそ分けで食卓は潤っていた。当然、見知らぬ顔などない。辺境にあったからこそかもしれない。そうではないと、生きていくのに限界があったから無意識に根付いていたのだろう。
「言われてみれば……そうだな。この辺は違うのか?」
「この辺というか、ほとんどの場所がそうだと思います。皆、仲良しこよしなんて場所が珍しいと思いますよ。顔も名前も知らない、いわゆる他人。他人だから、関わらない。世話焼きでもなければ、放っておきます。そもそも、彼女のことなんて見てもいないし、気付いてもない人もいるかもしれません」
確かに、誰1人として彼女のことを目で追っていなかった。無関心という言葉は、この状況を説明するためにあるように感じる。
「そういうもんなのか……」
「そういうもんですよ。だからこそ、彼女が魔王軍の名を穢すことは容易かもしれません」
周囲との関係性が希薄、子供。あまり注目されない、犯人として扱われにくいのかもしれない。これくらいの子供が人殺しだなんて、ましてや、魔物の犯罪だと思わせる芸当ができるとも思わなかった。
「でも……子供だろ? 証拠とか馬鹿みたいに残しちまうんじゃねぇの? 魔物のせいにし過ぎて、色々と鈍っちまってんの?」
「色々と可能性はありますよ。犯罪の英才教育を受けていたとか、子供とは思えないほどの知能を持っているとか。色々見てきましたので。大人顔負けの動きをする子も大勢います。そういう類であれば、これくらいのことは容易かと」
「あぁ……そういうこと。まぁ、あるか」
オースの知らぬ、この世界にある闇。かつてなら、「ありえない」と馬鹿にしていただろう。けれど、夢みたいな出来事を積み重ねてきた今なら、それを受け入れる心は構築されていた。
「あら、彼女の足が止まりましたよ。目的地に到着したようですね」
少女が立ち止まった場所は、ある建物の前だった。明かりが灯っているのを確認すると、ドアをノックするでもなく、呼びかけるでもなく、息を潜めるように窓のない方の壁にぺたりと張り付いた。普通ではない動きなのは、明らかだった。
「目的地、か。俺には、待ち伏せしているようにしか見えねぇな」
「殺しの目的地……って言うと、それっぽいですかね。これは、限りなく黒に近いかもしれません」
「でも、武器らしい物はないって……」
「残念ながら、それが認識するのは形あるものだけ。対象の能力は認識することができません。例えば、魔術。使ってもらわないとわかりません」
なんというか、便利は便利なのだけれども、機能が惜しいと感じてしまう。贅沢なのか、気付きなのか、どちらにしてもストレスになった。
「はぁ……また、そういうパターンね」
少女への怪しさを深めていく中、ついにその時は訪れる。ドアがゆっくりと開き、そこから1人の男性が現れる。そして、ドアの前で呑気に煙草を吸い始めた。近くで、少女が息を潜めていることになど気付いていない様子だ。暗がりに、少女の黒服は馴染んでいた。
「始まりますよ」
テウメが宣言したのと同時、男性は空を見上げる。彼の視界には、絶対に少女は映らない。
『陣発動、簒奪』
それを合図とするように、少女は呪文を唱え、手を引く姿を見せた。その瞬間――。
『あ゛っ゛!?』
男性の足元に魔法陣が現れ、怪しく輝いた。彼の体は、時が止まったように硬直する。だが、それも束の間。彼の体から、心臓が飛び出す。少女の手に心臓は収まり、男性はうつ伏せで倒れて魔法陣も消えた。じわりじわりと広がっていく血の海を気にも留めず、彼女は一目散に走り去った。
その後、すぐに鈍い音を聞きつけて、家の中から女性が飛び出してきた。彼女は、顔を真っ青にして叫んだ。
『きゃーーーっ!』
それは、すなわち事件の知らせ。人気のなかった路地裏に、野次馬が集まってくる。心臓だけが抜き取られた遺体に、皆がそれぞれの反応を示す。そして、その内の誰かが言った。
『――心臓取りの魔物だ。心臓取りが出たぞーっ!』
いつも読んで下さりありがとうございます。
突然で申し訳ないのですが、来週から更新を日曜日にさせて頂きます。仕事の関係で、ちょっとキツイなと……ご理解のほどよろしくお願い致します!




