サリーサン帝国に潜ム凶悪犯を根気デ探す
歪みに入ると、瞬く間もなくテウメの部屋に戻ってきていた。
「あら、お帰りなさい。思ったよりも早かったですね」
テウメは、座布団に座って優雅にお茶をすすっていた。
「思ったよりも早かったですね、じゃねぇよ。な~に優雅に飲んでんだよ。聞いたぞ、色々っ!」
彼女の行動を真似た後、オースは声を張り上げて突っ込む。
「作戦の概要はわかりましたか? 大変そうですが、頑張って下さいね。私は、技術面からサポートしますので」
「そうじゃねぇ! いや、そうじゃねぇことはねぇんだけどさ。聞いたぞ、これ!」
水晶を置き、フードの中にある小さなボタンを指差す。彼女は、はっとした表情を浮かべる。
「そういえば、そんなものもありましたね。ほとんど使ったことのないものなので、すっかり忘れていましたよ。ウフフ」
手に口を当てて、困ったように笑う。その態度は、絶妙に癪に障った。
「煽りか? 悪かったな、この機能を見た瞬間に俺はなんで教えてくれなかったんだって、めっちゃ思ったわ」
視界には、テウメのプロフィールが映し出されている。
『名前:テウメ 性別:女性 種族:妖 身長:160 体重:45 血液型:データなし 年齢:データなし 所持している武器または武器となりうる物:湯呑 簪 帯 角指 鉄扇 予測される動き:以下を参考』
その文の下の図は、彼女が大きく口を開いている様子を示していた。どうやら、これが予測図らしい。ただ、それがどういう状況なのかはオースには読み取れなかった。
(そうだ、こいつを読み上げてやろう。ほとんど使ったことがない機能の底力を示してやる)
「へぇ、お前のことがよくわかるわ。身長はそこそこか? 体重は……これは、軽いのか? 男から見たら軽そうに――」
「ちょっと!」
彼女は叫び、勢いよく湯呑を投げた。
「わっ!?」
寸前で落下した湯呑は飛散し、飲みかけのお茶をぶちまける。
「デリカシーって言葉をご存じですか? えぇ、きっと知らないでしょう。貴方の耳には、1度だって届いたことがないでしょうから。人の体重は、簡単に口にするもんじゃないんですよ。貴方は何とも思わないかもしれませんが、私は嫌です」
ちょっとした悪戯心から、まさかここまでまくし立てられるとは思いもしなかった。
「んだよ! お前が作ったものを言っただけじゃん。つーか、別に他の誰かが見てる訳でもあるまいし……」
「はぁ……これはアップデート必須ですね。余計な機能は削除しておかないと。あぁ、仕事が増える……」
オースの反論は、見事に無視されてしまった。
(んだよ……ちょっとした冗談みたいなもんじゃんか。なんで、俺がこんなに怒られなきゃいけねぇんだ。俺だって……!)
言われて嫌な気持ちになったのは、オースだって同じ。一方的にやられたままなのは気に食わない。ならば、と散らばった破片に目線を落とし、拾い集める。同じように投げ返すつもりだったのだ。
ところが、手一杯に収まった破片を見て、刹那的に蘇る。バラバラになった友が、自身の手の中に収まっているという絶望的な光景が――。
「はぁ、はぁ……」
オースは、崩れ落ちる。
(ヤバい、なんだこれ。呼吸できてんのに、息が苦しいっ……!)
その様子を見て、テウメが慌てて駆け寄ってくる。
「どうしましたか!? 大丈夫ですか!?」
そう言いながら、彼女は優しく背中を撫でた。
「あ、あぁ……」
(なんでだ……?)
彼女に撫でられていると、何故だか少しずつ苦しさが紛れていく。
(ムカついてた相手にさすってもらって、なんで落ち着いてんだよ……情けねぇ)
羞恥心と安心感のどちらもあった。けれど、それを拒否することはどうしてもできなくて、別の苦しさを覚える。説明のつかない葛藤、意識がはっきりとしているからこそ感じた。
「一体、どうして……」
彼女は突然の体調の悪化に困惑するが、散らばった破片を見て察する。
「もしかして、これで連想しちゃったりなんかしましたか? 彼のこと……」
「なんでかな……意味わかんねぇ……」
「そうでしたか、ごめんなさい。苦しかったですね。私も悪かったです。愛おしい子に、あろうことか物を投げるなんて。頭に血が上ってしまいました。怪我は……」
そう言って、彼女はオースの手のひらを確認する。が、そこに傷らしきものは1つもない。
「あったとしても……治っちまうよ。切り傷くらいなら、すぐにな」
「まだ気になりますか?」
「いや、もう別に……俺は魔物だし、折角もらった体を悪く言ったりなんかしねぇ」
その言葉を聞いて、彼女は微笑む。
「そうですか、それは喜ばしいことです」
「はぁ……大丈夫だ。もう、いい。それより、あれだ」
近くに置いていた水晶を指差す。元々、仕事の話をするつもりだったのだ。彼女が煽りさえしなければ、文句を言ってから始めるつもりだった。息苦しさが、オースに冷静さを取り戻させた。
「水晶……昔作った探索用の道具ですね。なるほど、やっぱり使うんですね。う~ん、でも……」
彼女は、少し困ったような表情を浮かべる。
「何かある訳?」
「質が悪いというか、根気がいるというか……まぁ、お試しに使ってみましょう。そうすれば、わかるはずです」
彼女は水晶を取って、オースに渡す。
「おぉ……? わかった」
(えっと、これを持って念じるんだよな。えっと、サリーサン帝国で、魔王軍の名を穢す奴はどこにいる?)
瞬間、水晶から映像が映し出される。
「おっ、見え――」
『うわーん! 違うもん、私じゃないもーん! 魔物のせいなんだもんー!』
「あ?」
映るのは、泣き喚く少女と怒鳴るふくよかな女性。想像とは、まるで違うものが見えて困惑する。
『また、そうやって魔物のせいにして! 何でもかんでも魔物のせいにすればいいってもんじゃないんだからね!』
『母さんだって、魔物のせいで肌の調子が悪いとか雪が酷いとか言ってるもん!』
『それは、人様に迷惑をかけるようなことじゃないからね! あんたは、人様の歯をおふざけで折ってるんだからね!』
『だって、それは――』
『だってだってじゃないの! どんな理由があっても、人を傷付けたことに変わりはないんだよ!』
「なんだ、これは……」
(多分、きっと俺の念じ方が悪かっただけだ。サリーサン帝国で、悪事を魔物のせいにする凶悪犯はどこにいる!)
気を取り直し、もう1度念じる。すると、映像が切り替わる。今度こそ、と願って映し出されたものを見ると――。
『聞いてくれよ、今日も負けちまった!』
『おぉ、おぉ、そりゃどう考えても魔物のせいじゃな!』
『だよな~! 魔物が、俺の運気を奪っちまってるんだよなぁ。ガハハハ――』
初老の男性とガラの悪そうな男性が、顔を真っ赤にしながら酒を飲んで豪快に笑っている様子を見て、オースは念じるのをやめた。
「……どうなってんだ? これが質が悪くて根気がいるって言った理由か?」
ちらりと睨むと、彼女は困ったように笑う。
「そうなんですよぉ、片っ端から拾ってしまうんですよねぇ。それから、魔王様に仇名す人達は凶悪犯認定なんですよね」
死にかけの人間を蘇らせたり、やたら高機能なコートは作ったりしておきながら、水晶の程度はあまりにも低い。それに、呆れと驚きを隠しきれなかった。
「俺らのせいにしてる奴を探さねぇといけねぇのに、こんなんじゃ駄目だろ。もう、いっそ普通に悪いことしてる奴を探して、俺らのせいにしてる体にすればいいだろ。この調子だと、どこかで誰かが俺らのせいになってるだろ」
「駄目です。世間的に広まっていなければ、粛清しても意味がありません。無意味などあってはならない。わかりますね? 根気です」
彼女は、強い口調で根気を持つように訴えた。
「根気って……あ、じゃあ! 捕まってねぇ有名な奴とかは?」
「多分、それだと魔物のせいにはなっていないと思うので……」
「じゃあ、魔物のせいになっていたり、魔物のせいにしていたりする有名な奴で探せば良くね?」
「じゃあ、それでやってみて下さい」
(サリーサン帝国で、魔物のせいになっている事件や魔物のせいにしていたりする有名な奴!)
『探索不可』
しかし、表示されたのはその文字だった。
「はぁ!?」
「詳細な探索は、不可能なんです。なんせ、膨大な情報量の中から調べなければならないので……ざっくりとした条件でしかできないんですよ。範囲指定と1つの条件が限度です。そもそも、範囲が広いので今回は無理でしょう。母数が小さければ、いくつかいけるんですけどねぇ。なので、諦めて下さい。根気です」
そう言って、再び根気を持つように強く訴えた。そして、オースの頭を優しく撫でる。恥ずかしいやら嬉しいやら、すぐに払いのけることはできなかった。
「はぁ……わかったよ。とりあえず、やるよ」
「はい、その調子です。デビューなので、見守っておいてあげますね」
彼女は、にこにこと笑う。
「……勝手にしてろ。つか、いい加減手をどけろ。集中できねぇ」
照れ隠しで文句を言う。
「うふふ。ごめんなさい」
彼女の手が離れた瞬間、寂しさを覚えたが、同時に高揚感は消えて集中することができた。
(サリーサン帝国の魔物のせいにしてる奴!)
(サリーサン帝国で悪さをする魔物のせいにしてる奴!)
(魔物のせいにしてるサリーサン帝国の奴!)
ところが、どれだけ念じても水晶は望む結果を示さなかった。




