水晶かラ見えタ場所
「――で、データ集め? ってのを、俺にしろって?」
3日間程度眠り続けていたオースは、新たな仕事の内容を聞いて肩を落とす。目覚めるや否や、リュウホウに会いに行けと言われて萎えていた所にこれだ。落ち込まずにはいられない。
「そう説明したばかりだが。ここまで伝えておいて、しないでいいとなるはずもないだろう」
(ちょっとした会話の返しだろ。いちいちうっざいわ~)
オースは、不満をぐっと堪える。
「はいはい、そうだな。じゃあ、適当に人間持ってくればいいんだな?」
「待て」
目前には、開かれた空間の歪がある。テウメが用意してくれたもの。オースはその歪に飛び込もうとするも、彼は引き留めた。
「残念ながら、テウメから様々な要望があってな。連れてきやすそうな人間を持ってくるだけでは、どう文句をつけられるかわからんぞ」
「……なんだよ」
「連れてくるなら、母親が良いそうだ。それが無理なら、女。どうやら、こだわりらしい。その要望は、念頭に置いておけ。絶対順守しろという口ぶりではなかったが、何を考えているかわからん」
そう呆れ気味に言うと、小さく息をついた。
「……まぁ、頑張るか。よし、じゃあ――」
「待て、まだ話は終わっていない。そもそも、立ち去って良いと許可を出してはおらんぞ」
再度、彼は引き留める。
「まだ、何か?」
「適当に女を持ってこられても困る。魔王軍は、手当たり次第に女をさらう卑劣な輩というイメージがつきかねん」
(何を今更……もう、色々と手遅れだ)
世間一般的に見て、魔王軍は悪だと思われている。野蛮で卑劣で、横暴。辺境に住んでいたオースでさえ、そう感じていた。今更、そんなことを気にした所で誰も気付かない。
「これでは、魔王様の考案された『プロモーション大作戦』に支障が出る」
「え? ぷろ、ぷろも……」
聞き慣れぬ言葉に、オースは戸惑う。
「『プロモーション大作戦』だ。2度も言わせるな。簡単に言うと、魔王様の素晴らしさを宣伝するのだ。しかし、だ。色々と障害があってな。その内の1つが、悪事を魔王軍のせいにするという人間達の風潮。何かあれば、魔王様のせいだと騒ぎ立てる。本来あるはずの捜査能力を放棄し、簡単に物事を片付け、反抗するように扇動している。正直言って、これが邪魔でな」
その言葉で、オースは察する。魔王軍側に不利になる相手を使えば、色々と好都合に回り始めるはずだ。
「さらうのは、悪事を働く人間……ってことか? そいつがいなくなれば、元凶が消えるってことだしな。しかも、それを解決したのが魔王軍だってわかったら、もう大混乱確定だな」
混乱する人間達を想像し、思わず笑ってしまう。
「話が珍しく早いことだ。だが、魔王軍が解決したどうこうは、こちらから明らかにするつもりはない」
「なんで? 手っ取り早いじゃねぇか。魔王様すげーってなんだろ」
混乱の次に生まれるのは、賞賛。手のひらを返す未来しか見えない。元々の値が低かった分、その反動はでかいだろう。それを利用しない意味がわからなかった。
「新たに生じた混乱が、魔王軍への新たなる偏見へと繋げられる可能性がある。自然と察されるのは仕方ないが、あくまで内密に。貴様の仕事は、基盤作りだ」
(なるほど、全然わからんが……これ以上、追及したら、また殴られるかもしれねぇしな。ここは、もう何も言わねぇ方がいいや。俺は、ただ従えばいいんだし)
「わかった。こっそりやれってことね。でも、この姿だったら……」
魔王から貰った肉体については、他の者には秘密だと念を押された。ここで、仕事として露骨に活用するにはリスクがある。つまり、この姿で出歩かなければならないということだ。しかし、このコートは魔王軍アピールが過ぎるし、包帯は異質。悪目立ちして、対象に近付く前にオース自身が狙われる可能性の方が高かった。
「コートは脱いじゃ駄目なのか?」
「駄目だな。そのコートを切り裂かれるまでは、己の存在を、魔王軍として示し続けなければならない決まりだ。誰であっても例外はない」
(無茶苦茶だし、不便だなぁ。でも、こいつもテウメもそうやってきたんだよな。それを、俺ができないって言ったら……こいつはともかく、魔王様を失望させることになるかもしれない。それは……良くない、多分)
「修行の一環だと思うことだ。その縛りがあることで、自然と隠密行動を身に着けられるだろう。未熟者であるお前にはちょうどいい」
「そりゃどうも。でも、最初から未熟者がコソコソできる未来が見えねぇんだけど?」
知能のない魔物相手ならともかく、人間相手となると自信が持てなかった。先日、己の至らなさが原因で唯一無二の友人を失ったばかり。しかも、悪人が相手だ。己の手を汚す人間が、自らに迫る危機に疎いはずがない。
「それならば、問題はない。これが有用だ。あの女狐に感謝することだ」
そう言うと、彼は水晶を取り出した。
「なんだ、それ?」
「まぁ見ていろ」
それに手をかざすと――まっすぐに伸びた光が、空間に映像を映し出した。
『おかーさん! ミーちゃんは、いつおねーちゃんになるの~?』
『この子が、お母さんのお腹から出てきた日よ。もう少しだけ待ってね。楽しみねぇ』
そこには、見慣れぬ町の喧噪があった。立ち並ぶ店が明かりを灯し始め、行きかう人々は家路を急いでいるようだった。
「外……」
「ここは、サリーサン帝国だ。貴様の祖国からは、少し距離のある場所だ」
サリーラン帝国――ここ10数年で大国へと成長した。女帝が君臨し、確かな手腕を振るう。広大な面積と入り組んだ土地、加えて寒い気候が一般的な魔物の性能を下げる。そのため、本格的な侵攻は行われていない。故に、国民達の危機感は薄く、軍事への圧倒的な信頼感からこのように国民達が平穏な様子で暮らしている。
「あぁ、だから何となく雰囲気が違うのか。なんか、暑そうな服着てるし。あれ? でも、なんで俺……こいつらの言葉がわかったんだ? 親父が、この辺りでランプト語を使うのは俺の国だけって……ん? 今、俺は何語を喋ってる? そもそも――」
「貴様には、ありとあらゆる言語がインプットされた。自然と使い分け、自然と聞き取れる。我々の求める人型魔物の理想形を、貴様は実現している」
「じゃあ、お前も……」
「我は違う。ただ、種族的に言語取得能力が高くてな。新たな言語を覚えるのに、数日とかからんだけだ」
彼は、即座に否定した。
「あっ、そう……」
(にしても、そんな便利な体になってるとは……気付かなかったぜ)
「話を戻す。これを使えば、大体の地域を覗き込める」
「大体の場所? できねぇ所もあるのか?」
「神聖ランプト帝国は、靄がかかりほとんどはっきりとは見えない。王の力が弱まった時だけ、靄が晴れる。だから、祖国の様子を観察したいのなら諦めることだ」
(王の力か、そんなもので守っていたつもりかよ。靄をかけて見えなくしただけで、満足してんのか? 馬鹿げてる。そんなことをするくらいだったら、もっと確実な方法で――)
助けもほぼなく、ただ滅びの時を延ばすだけの日々を思い出し、オースは強い苛立ちを覚える。一体、いくつの村が滅び、どれだけの人が亡くなり――あんな惨たらしい死に方をする羽目になったのか。
(って、魔物の俺がこんなに怒って何になる。過去のことだ。もうどうでもいい。むしろ、チャンスだって思わねぇと)
過去を振り払い、拳を握り締めた。自身は魔物――その認識は、もうオースに染みついていた。恥ずべきことではなくなっていた。
「外の世界を知れるのは嬉しいが、まさか全然知らん所に行かされるとは」
「神聖騎士の脅威のない所で、足掻くことだ。一定の情報収集と確認を終えたら、現地に赴く。その時、初めて敵と戦うことになる。あくまで、慣れの期間としての水晶だ。勝手がわかるようになったら、2段階目は水晶なしで情報調達。3段階目で、水晶がほぼ機能せず、神聖騎士のいる祖国での情報調達と厄介者の処理だ」
「じゃあ、ますますこのコートを着る意味がわからんのだが。未熟者には早くない?」
このコートがあることで、魔王軍だと明らかになると言っても過言ではない。攻撃は守られるかもしれないが、恐怖は拭えない。最初はともかく、2段階目以降はコートの状態で動き回らなければならない。隠密行動は、そんな短期間で身に着けられるではない気がした。そう懸念を示すと、彼は言った。
「何を言っている? そのコートには、未熟者を手助けする機能が詰め込まれている。未熟者が、現地で生まれたての小鹿になってしまったら困るからな」
「手助けする機能? フードを被っても、視界がはっきり見えるなしか思ったことなかったんだけど……」
「……あぁ」
彼は、ため息混じりにそう言葉を漏らす。そして、眉間のしわをさらに深くして、頭に手を置いた。
「あの女狐め……自分でつけた機能だろう」
その呟きには、苛立ちがこもっていた。
「はぁ、フード内の右側。そこに、ボタンがある。押せ」
「中の右? んーっと……」
外から、フード内の様子を探る。すると、右手に冷たくて固い物が触れた。
(これか?)
それを押すと、ピピピと甲高い機械的な音が響いた。次の瞬間、視界に様々な文字が映し出される。リュウホウのプロフィールや所持している武器情報、この場の気温などとにかく沢山。
「はえー!? なんだ、これ!」
ただただ、そう声を上げざるを得なかった。
「それが、そのコートの機能。ただ、示すだけではない。戦闘になれば、相手の行動を予測することもできる。あくまで確率を算出し、1番高いものが表示されるだけだが、最初の内は役立つはずだ」
「とんでもねぇな、こりゃ」
(リスクを背負うだけの価値はあるってことだな……)
「はぁ……という訳で、まずはその帝国で悪さをする輩を探せ。水晶に念じれば、自動的に探索する。ただ、ざっくりとなんでな。目安程度にすることだ。どれにするかは、自分で判断しろ。じゃあ、我は行く」
彼は苛立ちを漂わせながら、その場から姿を消した。
「じゃあ、我は行く……ふん。うっぜ!」
わざとらしく彼の声色を真似て、文句を吐き出した。そうすると、鬱憤が少しだけ晴れた。
(俺も行くか)
そして、オースも歪の中に飛び込むのだった。




