駒ノ使イ道
「気絶しちゃったじゃないですか、可哀想に。多分、2日3日は目覚めないでしょうねぇ」
真後ろに倒れたオースを見ながら、テウメは笑みを浮かべる。
「そう思うなら、止めれば良かっただろう。しかし、貴様は見過ごした。あいつの攻撃も、我の反撃も。貴様なら、どちらの拳も止めるくらい何ともなかったはずだ。なのに、どちらも止めなかった」
「あらあら、私を買い被り過ぎですよ。彼の行動はまさかでしたし、リュウホウさんの拳は私には重過ぎて、とてもとても」
「見え透いた嘘だな」
(いいから、さっさとどっかに行ってくださいよ。もう、肝心のコレは気絶しちゃって様子を見れないんですから)
彼が、ふらっと自室に現れたことが気に食わなかった。そのため、オースの反抗を利用した。だが、肝心の彼は立ち去る気配を見せない。それどころか、じっとテウメを睨んでいる。そして、口を開く。
「あぁ、そうだ。思い出した。貴様に頼みがあったのだ。いい機会だ。この場で言わせてもらおう」
「……え? 何ですか?」
「実は、人型の魔物を1体作って欲しいのだ。聡ければ聡いほど良い。無機質ではなくて、感情豊富な魔物。とりあえず、1体欲しい」
(何かと思えば……)
「ごめんなさい、無理です」
(どうして、貴方なんかのために作ってあげないといけないのでしょう。時間は有限。そんなことに時間を割いている暇があるくらいなら、魔王様のお傍に!)
「何故だ?」
「副官ですので、それなりに忙しいんですよ。雑務もありますし」
「そうか、それは残念だ」
彼は、小さく息を吐く。
「人型の物なら、既にいくらかいるでしょう? わざわざ、新しく作る意味がわかりません。新しい物を作るのには、時間と費用と材料がそれなりに必要なんですよ。まぁ、リュウホウさんは作った経験がないので仕方ありませんが」
普通の魔物なら量産するのに苦はない。ただ作るだけで、魔物の本能で動く。ただ、人型となると話は別。人型は、普通の魔物細胞では生成できない。なるべく人間に近付けるために、特別な工程を必要とする。そこに知性を加えるとなると、さらにその作業工程は増加する。
「我は、魔王様から与えられた『意に従い、邪魔者を排除せよ』という唯一の使命をこなすために必要なことであったのだが……そうか、貴様の忠義はその程度だったということか。がっかりだ。しかし、仕方のないことだ。確かに、貴様の仕事量を大幅に増加させてしまう事実がある。貴様も命令をこなさねばならないしな。貴様のことは、これでもそれなりには評価していた。どんなに無茶なことでも、命令のためならやり遂げられる実力の持ち主だと思っていた。まさか、私情で断るはずもあるまいし……諦めよう。この話は忘れてくれ。長々と悪かったな」
彼は、早口で述べる。口を挟む間もないほどだ。その勢いと一方的な決めつけに、彼女は呆然としていた。ようやく途切れたかと思えば、彼は背を向けて、生じさせた歪な空間の中に消えていこうとする。
「ちょっと! 聞き捨てならないことを連ねて、こっちの話も聞こうとしないで帰るとはどういう了見ですか!?」
我に返り、苛立ちを滲ませながら引き留めた。彼は、一瞬だけ笑みを浮かべて振り返る。彼女の目に入る時には、いつもの仏頂面であったが。
「やりたくないのだろう? そうなると、話をこれ以上しても無駄ではないか。貴様は、我にこの空間にいて欲しくなく、我もまたこの空間にはいたくない。足を止める理由がどこにあろうか」
「魔王様への忠誠心を侮辱されるのは心外ですわ。全くの見当違い。説明が足りないんです。私は、貴方が駒を欲しがっているだけかと思ったのです」
「ふん、駒は3つも必要ない。今、魔王様より与えられている物で十分だ。我は、駒の餌を求めているだけのことだ」
「駒の餌……?」
「あぁ」
(餌って、使い捨てるつもりでは? それなのに、性能を求めてくるなんて。まったく、何を考えているのでしょうかね)
なくなること確定で、良質な物を作らなければならない彼女の気持ちは実に空虚なものだった。魔物は、仮にも魔王の力が宿っている。ほのかに、魔王の香りがする。どんなに遠くにいても、会えなくても、魔物を通じて魔王を感じることも多々あった。そのお陰で、どんなに出来が悪くても愛着を抱けた。それなのに、これから作る子は死ぬために生まれるのだ。言いつけを守らない悪い子でもないのに。これまで築いてきたものを蔑ろにされている気分だった。
(他の子のために死ぬことが、その子の役割だと割り切ってやるしかなさそうですね。でも、その子が役割を全うするまでの間、私は愛してあげなくては……)
彼女が、学んできた母親像。そして、副官としての役割。時に、後者を優先しなければならないことがある。心を痛めながらも、覚悟を決める。
「まぁ、魔王様のご命令もあったとはいえ、最初の作戦では力も借りましたしね。いいでしょう、ご要望の魔物を作って差し上げます」
「楽しみにしている」
「ただ、一つお願いが」
「何?」
彼は、怪訝な表情を浮かべる。
「そんな顔をしないで下さいよ。あくまで、作業を円滑に進めるためにお願いしたいだけです」
「はぁ……なんだ?」
「魔物の元となる要素が欲しいんです。いくつかデータが必要なので、複数体。0から1を生み出すのって大変です。しかし、いくらかのデータを参考に人格などを構築すれば……面倒な作業は省略できます。より早く、貴方の手元にお届けできるかと。面倒なら、構いません。それなりに時間はかかってしまいますけどね」
「ふむ……」
残念ながら、魔物細胞からは自然発生的に人格や会話できるほどの知能は生み出せない。だから、書いてあげなければならない。どんな性格で、どんな感情を持っているか、もっと人に近付けるなら趣味嗜好まで事細かに。そして、現在持ち合わせる技術では1個体から約10個の情報くらいしか取り出せない。実に、手間のかかる作業だった。
(リュウホウさん、貴方にはわからないかもしれません。考えることも、聡くなるにも、結局人間でいう所の心がなければ意味がないんですよ。何もない所では、自然発生的に生まれたりなんてしないんですよ。学んでも学びきれないほど膨大なデータ。それを生まれつき持っている人には、このもどかしさは理解できないでしょうねぇ)
少し考えた後、彼は口を開く。
「……そこで、寝転がっている馬鹿を使えばいい。まだ戦闘では有効度が低いが、これから駒はなるべく使っていきたい。となると、だ。こういう時に使えばいいだろう?」
「ご自分でやりたくないんですね?」
「上司というのは、部下の成長のために仕事を譲るものだ。我にも、プロモーションという仕事があるのでな」
「あの国ですか……」
(聞こえがいいように言っているだけでは? まぁ、プロモーションも大事なのは確かですが。文句を言っても、面倒臭くなるだけでしょうし堪えましょう)
この世界では、あまりに悪名が轟き過ぎた。そのため、絶対悪という風潮で反発がより激しくなっている。
そこで、魔王に従えばこんなにも平穏な暮らしを取り戻せることをアピールすることにしたのだ。その国は、島にあるため伝聞には不安はある。それでも、何もしないよりかはいい。国という単位で、初めて魔王側に下ったのだから利用しないのは勿体ない。
「新しい子は、もしかしてその国で活用するつもりで?」
「大体そうだな」
「そうですか。それで、新しい子を作るために必要な素材についてなんですが、できれば母親を持ってきて下さい。それも無理なら、女性でいいです」
「……何故?」
「こだわりです、これくらいいいでしょう?」
彼女は、満面の笑みを浮かべて答える。
「何でもいいが、仮に性別が違ったとて、文句は言うなよ。馬鹿が馬鹿することだけは避けなければならん」
「だから、貴方がやってくれればいいのに……」
(ろくでもない男性が連れてこられたりしたら、全然、私のことに生かせないじゃないですか)
彼女は、小さな声で呟く。
「何か言ったか?」
「いいえ、大したことは言っていませんので。それではお願いしますね」
「あぁ、あいつが目覚めたら我の元に来るように伝えてくれ」




