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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第四章 ようこそこレから魔物ノ世界
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誰かノお陰でここにアる

(戻ってきた……それに、なんか凄くすっきりしてる)


 実に、不思議な感覚だった。心の傷がきれいさっぱりなくなった訳でも、なかったことになった訳でもない。けれども、戻ってきた瞬間に、鬱屈とした気持ちが落ち着いていることに気が付いた。


(これも、魔王様のお陰なのか? よくわからんが……よくわからんと言えば、この空間もよくわからんな)


 一応周囲を見渡すも、魔王のいた空間の気配は微塵もなかった。よくわからない不思議な物や、見慣れぬ家具が並んでいる。しばらく眺めていると、木の棚にある置物が目に入った。


(四角の上に丸が乗っかっている。丸には顔が描かれてるのか? なんというか、随分と独特な絵柄だな……ちょっと不気味だな。でも、すべすべしてて気持ちいいな。これは、一体何なんだ?)


 その置物を撫でまわしていると、背後から尋常でないほどの殺意を感じ取った。


「……っ!?」

「あらあら、人の物を勝手に触ってはいけませんよ。親御さんに言われたことはないのでしょうか?」

「テ、テウメかよ……驚かせんな」


 恐る恐る振り返ると、悪魔のような形相で真後ろに佇んでいた。


「さ、早くそれを元の位置に戻してください」

「わ、わかってるよ。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」


 困惑しながらも、オースはその置物を元の位置に戻した。


「まず、ごめんなさいでしょう? これからは、ちゃんと守ってくださいね」


 彼女は腕を組み、オースを睨みつける。


(なんで、こんなに怒ってるんだ? 置物を勝手に触ったにしては、怒り過ぎじゃね?)


 そう、彼女はすこぶる機嫌が悪かった。あの時、あの瞬間、魔王にとって特別だったのはオースだった。わかっている、オースが計画の要で重要であることは。

 けれど、これまで魔王と1対1で対面できるのは彼女だけだった。あのリュウホウですら、できないこと。それが、彼女にとって誇りだった。それなのに、関わりすらなかったオースがその扱いを受けた。オースが許せなかった。つまり、嫉妬していた。


「返事は?」

「お、おう」

「おう? 貴方の返事は、『おう』なんですか? こういった時には、『はい』と丁寧に返すものです。まさかとは思いますが、魔王様にもそんな無礼な言葉遣いをしていませんよね? そんな軽く、友達に会うノリで会話をしていませんよね?」

「え~っと……」


 まっすぐこちらを見つめてくる彼女の眼力に耐えられなり、オースはすっと目線を逸らす。


(そう言われてもなぁ、丁寧な言葉遣いとかよくわからんし。魔王様も何も言ってなかったんだし、別に良くね?)


 レイトヴィーネ村は、小さなコミュニティーだ。知らない顔なんていないし、全員が家族のようなもの。勿論、母やルースのように丁寧な言葉遣いの者もいた。けれど、彼らは誰に対してもそうで、それがデフォルト。

 外に行くことも、外から人が来ることも少ない。弁える必要性を学ぶことも、促されることもなかった。指摘されるまで、意識すらしたことがなかった。これまでの生で、身に着ける必要のなかったものだから。


「あ~、もう! 私があの場にいれば、貴方の無礼を見逃さずに済んだのにっ! 魔王様……どうして……」

「別に、魔王様は怒ってなかったぜ? すげぇ楽しそうに話してくれた……いででで!」


 彼女は、オースの両頬を躊躇いなく引っ張る。


「そーーーーういう問題じゃないんです! リュウホウさんや私と話すのとは訳が違うんです! 尊び、敬う! 魔王様は、貴方のお友達じゃないですから!」

「わあったがら、あなせよ」


 じんわりと広がっていく痛み。この状態では、まともに話すこともできない。


「いいえ! 貴方は何もわかっていません! あぁ、こんなことでは外の世界になんて行かせられませんっ!」

「あぁ!?」

「まずは、しっかりと魔王様について私が指導を――」

「何をしている?」


 空間の歪みから、突如として隣にリュウホウが姿を現す。表情には、呆れが浮かぶ。それを確認し、彼女はリュウホウを睨みつける。


「なんですか?」

「その言葉、そっくりそのまま返す。この状況はなんだ? 我は、そこの駒の様子を見に来ただけだ。そうしたら、奇々怪々な状態がそこにあってな。尋ねずにはおられまい」


 そう言って、オースを指差す。


「駄目です! この子は、渡しません。今から、彼には魔王様とは何たるかを説くのですから!」


 むっとした表情を浮かべて、彼女はオースを抱き寄せる。瞬間、あの安心感に包まれる。そして、頬に痛みだけが残った。


「それはそれは素晴らしい。だが、主への忠誠心は勝手に芽生えるものだと思うがな。植えつけても無意味だ」

「人聞きの悪いことを言わないで下さい! 出会っただけで、魔王様の素晴らしさなどあっという間に芽生えるのです! ねぇ、そうでしょう!?」


 すると、今度はオースの肩を持って、必死の剣幕で激しく揺らしながら問いかける。


「そりゃ、まぁ、そうだが! 強いってのも肌に感じたし、思った以上に優しかった! それになんか、リラックスできた! あれは、魔王様が魔王様足る所以なんだろう! 凄いのはわかるから、揺らすのはやめてくれ!」


 ぐわんぐわんと揺れる視界の中、感じたことを伝えた。


「えぇ、そうでしょうそうでしょう。あぁ、それくらいはわかる子になって良かったですわ」


 そして、再度オースを抱き寄せた。


「所詮は、成り下がりの魔物か……」


 彼は、ぼそりと呟いた。その嫌味は、オース達の耳にもしっかりと届いた。


「成り下がり……?」


(ふざけるな。そんな訳がないだろう。俺は成り下がってなんかねぇ。これから、成り上がるんだ。これから、強くなるだけなんだ)


 ただ、思うだけ。それを言うことはできない。喉までは出かかっている。けれど、拳を握り締め、寸前で自制する。下手に歯向かえば、どんな目に遭うか――散々経験してきたのだから。


「今の彼は、完璧な魔物です。もう中途半端な体ではありませんよ。包帯でわからないかもしれませんが、もう火傷も綺麗さっぱりです!」


 なんてことを言うのかと、彼女は怒りを滲ませる。が、その発言は聞き捨てならないものだった。


「……ん? 今、なんつった?」

「完璧な魔物で、火傷も綺麗さっぱり! と申しましたが……」

「そういうことは――」


 彼女の肩を持って、引き剥がす。そして、まっすぐに目を見つめて言った。


「先に言ってくれよ」


 テウメは、オースにとって重要なことを伝えない傾向がある。魔物になってしまうことも、駒として使われることも、コートの危険性も、全て後から知った。


「後回しにして、困るようなことでもないと思いますが。他のことならまだしも」

「そうだな。でも、顔ってのはナーバスになるもんだ。なんつーか、すぐに言って欲しかった。包帯を常時巻いてるから、どうせ見えてねぇし大したことじゃねぇだろって思うのはわかるよ。だが、これは大事なことだ。折角のイケメンが、すっかり元に戻ったってことだしな」

「……そうですね!」


 彼女は、満面の笑みを浮かべて肯定した。否定するのは、彼女の役割ではないからだ。それと、心底どうでも良かったからだ。適当に、笑顔で肯定すれば満足するだろうと思ったのだ。


「はぁ、それくらいの冗談が言えるのなら問題はないな。友を失い、使い物にならないほど傷心しているのではないかと思ったが、全然だな。普通に立って、呑気に会話もしている。それとも、あれか? お前にとって、あの捨て駒は友でも何でも――」

「そんな風に言うなっ! あいつは、レイは……俺のダチだ。苦しくない訳がない、辛くない訳がない。でも、普通に立っていられるのは魔王様とテウメのお陰だ。助けてくれた、あいつのお陰だ。あいつは死んで、俺が生きてて、ここに立ってる。だから、あいつの死は無駄にはしない。させない。捨て駒って言い方、訂正しろ!」


(あぁ、俺は馬鹿だ)


 自制のために握りしめていた拳は感情に乗せて、リュウホウに向かっていた。駄目だとわかっているのに、痛い目に遭うのは明らかなのに、敵わないのは知っているのに。


「ふん。まだまだだな」


 リュウホウは、小さく笑った。そして、空しくも拳は受け止められ、直後、意識を失った。

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