選ばれなかった者
家族は、騎士を自宅へと招き入れ詳しい事情について説明を受けた。
「――という訳なんだよね。わかったかい?」
魔王は、恐らく世界の外からやってきた存在であろうこと。
魔物は、人とこの世界を滅するための自立型の兵器であろうこと。
ルースは、天の力をもって戦える唯一の存在――勇者であること。
天は、摩訶不思議な存在で、その全てを知る者はいないこと。古くから、国ではどうすることもできなくなった時に祈り、助けを乞うべしという言い伝えがあり、それに従い王が祈り続けていたということ――。
「信じられません、このようなことが起こるだなんて」
母は、ハンカチで涙を拭いながら言葉を漏らす。
「俺も信じられねぇよ。なんで、こいつが……」
話を聞けば聞くほど、選ばれなかった事実を突きつけられる。
「どうしたらいいんだ……」
父は、頭を抱えて机に突っ伏す。
「……どうしたらいいんでしょう? 僕は、戦いとは無縁な人間です。何かの間違いでは?」
「も~信じないねぇ? まぁ、あの神秘さを肌で感じたことがないから無理もないか……」
彼は、肩ひじをついて困ったように笑う。自己肯定感があまりに低いものだから、どんな言葉も跳ね返る。それが、オースの苛立ちを加速させた。
(なんで? 何を根拠にこいつが選ばれんだよ。その神秘さ溢れる存在に、俺を会わせろ。貧弱野郎を選んだ根拠を吐かせてやる)
どれだけ偉大な存在かを説かれても、実際に見たことのないものには敬意は抱けない。自身を選ばなかったことへの疑問と怒りばかりが大きくなっていくだけ。直接問いたださなければ、気が済まない。
「なぁ、こいつだけじゃなくて……俺も連れてってくれよ」
人にものを頼む時は、上目遣いで目を潤ませると良いと知っている。オースは、自分の顔が他人より優れていると思い込んでいた。村の中ではそこそこチヤホヤされ、自信があったのだ。
「え? なんで? 無理だよ」
ところが、彼には通じなかった。それに戸惑いつつも、それっぽい理由をつけて食い下がる。
「こ、こいつ1人だと心配だろ。だって、1人で村の外にすら出られない奴なんだぜ?」
「城に行くまでの道のりは、兵士達が守ってくれるから大丈夫! それに、我も魔物掃除をしておくからさ」
「っ……」
理由を全て奪われて、何も言えなくなったオースは唇を噛みしめる。
「彼を大事に思う気持ちはわかる。だけど、これだけは譲れないんだ。大丈夫、全て終われば彼はここに戻ってこられる。ごめんね。それまで、君がこの村を守っていて」
そんなオースの様子は、傍から見れば弟を思う兄の姿のようだったらしい。弟を危険な目に遭わせたくないと、何とかしようと足掻いている――と。
「……もういい」
オースは、強く机を叩いて立ち上がる。
(これ以上、ここで話を聞いていたら気が狂っちまう。こいつの必要性ばかり語られて、俺はいらねぇってすぐ切り捨てられて。この村で誰よりも頑張ってきたのは、この俺なのに……!)
そして、逃げるように玄関に走っていく。その姿を見て、はっとした表情を彼は浮かべる。
「オース! 待ちなさい、ちゃんとお話は聞かないと……!」
「すみませんすみません――」
母の咎める声と父の詫びる声を聞きながら、オースは家を後にする。
そして、家の隣にある井戸の陰でしゃがみ込んだ。
(俺は守り人じゃねぇんだぞ。なんで、あいつの帰る場所を俺が用意してやらねぇといけねぇんだよ。俺はあいつのために生きてねぇ。俺は、俺のために生きてるんだ!)
踏み台に踏まれる、そんな気分であった。プライドが高いオースにはあまりにも屈辱的で、耐えがたい苦痛。
しかし、それに思い悩む姿も見られたくない。だから、陰で1人悶々としていた。
「えっと……オースだったかな?」
すると、そんなオースに声をかけたのは両親ではなく、騎士だった。井戸の陰に隠れていたオースをすぐに見つけ、ちらりと顔だけ横から覗かせていた。
「なんだよ。話の途中だろ。俺はもう別に聞かなくていいって思ったから、外に出ただけだ。あいつらにはちゃんと話してやれよ。聞きたがってるし」
オースにとって、彼は不幸の運び手。顔を見るのも嫌だった。
だが、彼は嫌がらせのようにオースの隣に座り込む。
「だって、飛び出していったように見えたから。放ってはおけないさ。いくら、天が偉大であるとはいえ万人に理解を得られるようなことではない……ただ、家族には説明する義務があると気付いてね。君が怒ってるのか……それとも悔しいのか、そのどちらであろうとなかろうと、我には向き合う必要があるのさ」
どれだけ、ぶしつけな態度を取っただろう。それでも、彼は気を悪くせず、それどころか真っ直ぐな瞳でオースを見つめて優しく説明する。
「君達は双子、顔はそっくりでも雰囲気はまるで違う。正直、驚いた。勇者に選ばれた者の風格は、彼になかったからね。言い方はあれだけれど、現時点で君の方が優れているのではないかと思ってしまう。それでも、天は彼を選んだ。それだけの意味、価値があるはずさ。そして、選ばれなかった我らにも同じようにそれが言える。あるべき場所で、あるように。脆弱な我らには、計り知れぬ何かがあるのだろう。それを否定することも覆すことも、我らには不可能なんだ」
(俺は、勇者になる価値と意味がないから選ばれなかった……)
しかし、真っ直ぐな彼の言葉は、嫉妬に狂うオースには歪んで伝わってしまった。
「神聖騎士として、悔しい。力不足なのだと、改めて突きつけられた気分だったよ。でもね、仕方がない。できることをやっていくしかないんだ。幸い、多くの魔物は特別な力はなくても倒すことができる。少しでも、脅威を取り除くことが……できることだと思っているからね」
そこまで話を聞いて、オースは我に返る。
(もしかして、俺……心配されてる? 心配をかけるなんて……そんなの弱者のされることだ!)
そこで、オースはわざとらしく前髪を掻き上げて笑みを浮かべる。これ以上、悟られまいと。ただ寂しがっているだけだとアピールするために。
「ハハハ、なんかお前勘違いしてねぇ? 俺が弟に嫉妬の炎燃やしてるとか思ってね? な訳ねーじゃん! 俺は、俺は……ただずっといるもんだと思ってた奴が、ぶっ飛んだ理由でいなくなるのが寂しかっただけだ。お前がどうこうとか知らん。どうでもいいね」
恐らく、見抜かれているであろうことを前面に否定する。オースは、人に心配されるのが嫌だったから。否定するためならば、どんな嘘だってつく。自分の価値を守るために。
「ありゃ、そうだった? 我の思い過ごし? 結構、わかるようになってきたと思ってるんだけど…………」
「あー、それそれ思い過ごし思い過ごし。じゃー、俺は野菜の収穫でもしてくるかねぇ。騎士? さんよ、あいつらを安心させてくれるよう頼むわ」
誤魔化しが上手くいったとはいえ、彼の顔を見るのが不快であることに変わりはない。オースは立ち上がり、そそくさと畑の方向へと向かっていく。余裕たっぷりに手をひらひらさせながら。
「そりゃ勿論だけども……」
(若者心も秋の空だねぇ。おじさんにはわからないや)
暗がりの中、歩く度に肩にこすれる赤髪が、揺らめく炎のように彼には見えた。その炎が消えてなくなるまで、困った笑みを浮かべて見送るのだった。




