再会
ついに、迎えた作戦決行の日。オースだけが何も知らない。いつものように、少し離れた位置から拠点を見守る。
「……う~ん? ん~?」
オースは、首を傾げる。
「どうしたの? 何かあった?」
隣にいたレイが、そう尋ねた。
「いや、何かひっそりしてんなぁって思ってよ」
オースは、拠点の様子を見つめながら言った。
「本当? 言われてみれば……そうだね。皆、寝てるのかな?」
暗がりの中、彼は目を凝らす。確かに、拠点はひっそりとしていた。奇妙な静けさがそこにあった。
「夜だけど……いや、夜だからこそ人がいるべきだろ。ここは、拠点だろ? 見張りの1人もいねぇってどういうことだ? 呑気に寝るとかどうなってんの? 今まで、こんなことはなかったぞ。おかしくね?」
人間は、夜に身を休める。しかし、全員が休めば不都合が生じる。だから、人間は活動時間を分ける。戦場においては、さらにそれが重要と言える。隙が死に繋がるからだ。怠るなど、戦い初心者のオースから見ても不可解だった。
「ははっ! オースが、そんなことを言うなんてびっくりだよ! 戦場を理解してきたんだね! 私は嬉しいよ!」
「あ? うっせぇな。どの立場で物を言ってんだよ」
「ふふ……ごめんね」
(あ~疲れるわ。いなかったらいなかったで寂しいが、いたらいたでウザいな。ちょうどいいバランスはどこにあるんだか)
「まるで、自分がわかってるみたいな――」
文句を言いきる前に、脳内でリュウホウの声が響き渡る。
『拠点に、敵の気配なし。したがって、運び出し作業を優先する。ただちに、拠点付近に集合せよ』
「マジかよ。そういうパターンもあんのかよ……」
これまでの流れが心身共に染みついており、オースは気分になれず肩を落とす。
「なるほどねぇ。見張りがいなかったのは、そもそも人がいなかったから、か。でも、う~ん……」
彼は、どこか納得しきれない様子で小首を傾げる。露骨に悩んでいますオーラを醸し出していた。
「なんだ?」
「使っている拠点ではなかったのかな? 人がいないというのは不思議だなぁ」
「じゃあ、使ってなかったんじゃね? つか、俺は行くぞ。ちんたらしてたら、どんな目に遭うか……」
「……うん、きっとそうだね。多分、大した物も残ってないさ。早く帰れるかもしれないよ」
「だったらいいけどな」
走っていくと、拠点から少し離れた場所に集まりができていた。木々に紛れて、まるで潜んでいるかのよう。いつもなら、堂々と正面に構えているのに。
違和感を抱きながらも辿り着くと、リュウホウが歩み寄ってきた。
「あぁ、来たか」
「付近って言ったじゃねぇか。なんで、ここ?」
「今回は、戦闘をしていないからな。万全の対策を取ったのだ。偵察用の魔物で確認はしたが、誰かが潜んでいるという可能性は捨てきれない。それに、付近は付近だろう。徒歩で、数分程度の位置だ」
(要するに、何もしてねぇから不安ってことね)
「こんなこと、いちいち説明させてくれるな。これまでで一体、何を見てきたのか」
「リュウホウ殿、オースは――」
「そんな戯言は興味ない。さっさと行け。我は、用がある。ここで、貴様らと話す時間も惜しい」
いつもの如く、レイはオースを庇おうとする。そして、リュウホウは苛立ちを見せながらも、手は出さずに話を進める。
「万が一、敵の存在があった場合、各々対処せよ。ただし、神聖騎士であった場合はただちに撤退せよ」
「撤退、最もですね。到底、敵う相手でもありませんし」
魔王軍の幹部レベルでも手を焼いてしまう。オース達が挑んだ所で、何にもならない。2人の役目は、あくまで片付け。戦うために、ここに来てはいないのだ。
「逃げることもできず、みすみすやられるとなれば……ふっ、貴様らの価値はその程度だったという証明だな。がっかりさせてくれるなよ」
リュウホウは嘲笑を浮かべ、生じさせた歪みの中に消えていった。それを確認した後、オースは怒りを爆発させる。
「んだよ、本当むかつくわ。あんだけ言っておいて、自分はちゃっかり退散ってね。嫌いだわ~」
「まぁまぁ、リュウホウ殿が忙しいのは確かだし。とりあえず、私達のやるべきことをやろう」
言われなくてもわかっていると睨みつけ、オースは拠点へと歩む。彼は困ったように笑いながら、その後を追いかける。さらに、魔物も追随する。異様な行軍だった。
「つーか、あいつはすぐやることなすこと文句言ってきてむかつくわ。どうせ、神聖騎士に会ったら、本当に逃げ帰って来たのかとか、傷1つ与えられなかったのかとかネチネチ言ってくるんだろうなぁ。あ~、もう想像するだけで腹が立つわ。こっちは、一生懸命やってるってのに」
「――危ないっ!」
レイの叫ぶ声が響いたかと思えば、次の瞬間、オースは地面に叩きつけられてしまった。そして、彼はオースを庇うようにして覆い被さっていた。
「これはこれは驚いた。この程度で仕留めきれるはずはないと思っていたのだけれど、そっちの君が反応を示すとは。そのコートはお飾りかなぁ?」
その声色で、オースは悟る。かつて、自身を本気で殺そうとしてきた金髪の男性だと。
「違う! 彼は正真正銘、このコートに相応しい人物だ!」
「ふ~ん、中身は男か。まぁ、どっちでもいいけどね。あぁ、そうだ自己紹介をしていなかったね」
彼は、襲い掛かる魔物を軽く剣で薙ぎ払いながら続ける。その顔には、笑顔が浮かんでいる。けれど、目は静かな怒りで燃えていた。そんな彼から視線を向けられ、レイは震えるほど凍えていた。
「神聖ランプト王国神聖騎士、オロ=トレント=ゲルラ。ちゃんと覚えていてね? 君達を地獄に落とす者の名だからさ!」
そう言い放つと、地面を踏みきる。
(死ぬ……?)
オロの気配が消えた。けれど、殺気だけはオースにもわかるほど伝わってくる。
(何も見えてねぇのに、空気が一瞬で変わった!? こんな俺にもわかるくらいだ。レイは、よっぽど……)
「行こう! 急いで!」
愕然とするオースを起こし、レイは手を引いて走り出す。周囲が見えるようになったオースは、その異様な光景に絶句する。音もなく、声もなく、集う魔物達が瞬殺されていく。オロの殺気だけが、その場に舞っている。見えずとも、猛威を振るう風のようだ。手も足も出ないとは、まさにこの状況であった。
しかし、それでも訳も分からず走るしかない。この場に留まっていたら、ただじゃ済まない。失われた死が、オロからもたらされるような気がした。
「どこに行くの? どうして急ぐの? 我は、そんなこと……許したつもりはないよ?」
その時、天から降臨するかの如く、彼が現れる。そして、繋がれた手ごと2人を引き裂いた。
「ぎゃあああっ! あ゛あ゛っ! う、腕が……腕がっ!」
オースはあまりの痛みに絶叫し、手を押さえてうずくまる。オロは、まず最初にオースに目を付けた。
「んん? まぁ、いいや。1対1になれば、そのシールドも無意味さ。我が剣の錆にしてあげよう」
一瞬、オロは何か引っかかりを覚えたが、気のせいだと雑念を振り払う。そして、何のためらいもなく、剣を振り下ろすのだった。




