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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第三章 地の魔物

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ただの魔物

 魔王軍の制服のようなものを貰って数日後。戦況眺めも終わり、後片付けと一か八かの生き残り捜索が始まろうとしていた。


「今日もいねぇのか……」


 集められた魔物達の中に、レイの姿は見当たらない。大怪我から、それなりに日数が経った。ただの人間とは違う。魔物の細胞を持ち、高度な治療が受けられるはず。戦い自体には参加できずとも、後片付けくらいならと、僅かながら期待していた。


(実は、もう死んでたりして……)


 音沙汰がなさ過ぎて、そんな可能性すら浮かんでいた。


(あいつがいねぇといねぇで……退屈なんだよな。この俺を心配させるとは、くそ野郎だ。1発ぶん殴りたいな)


 1人、オースは拳を握り締める。


「はぁ……」


(だから、さっさと姿見せろっての……あの空間でもどこにいるかわかんねぇし、ふらっと現れてくんねぇのかな)


「レイ……」

「呼んだ?」

「わっ!? レイ!?」


 懐かしい声に驚いて振り返ると、そこには何事もなかったかのように笑うレイがいた。だが、顔にはひび割れの痕が若干であるが残っていた。


「ひさしぶりだね。随分と見た目が変わっていたから、驚いたよ」


 顔は、フードと包帯でしっかりと隠されてしまっている。人型の魔物で、体格が似ている魔物も多くいる。それでも気付けたのは、コートを着ていたからだ。


「いつからそこに……」

「つい、さっきだよ。オースのことは、ずっとテウメ殿から聞いていたよ。心配してくれていたんだってね?」


 嬉しさを前面に、彼は距離を詰めて顔を覗き込む。


「は!? 別に心配とかそういうんじゃねぇし。わざわざ、痛い思いまでして助けてやったのに死なれたらウゼぇから! 自惚れんな、ばーか!」


 包帯の下で、オースは顔を真っ赤にして反論し、勢いよく平手打ちを食らわせた。


「ははっ! 優しい鞭だね」


 叩かれた頬を、彼は嬉しそうに撫でながら言う。


「ウザいっ!」


 痛みを喜ぶ彼に気味悪さと鬱陶しさを感じながら、目線を逸らした。


「ふふ……随分と不快させてしまったみたいだね。でも、君のお陰で……私は自身の形を保てた。短期間に何度も同じことを繰り返していたから、流石に今回はオースがいなかったらどうなるかわからなかったらしい。ちゃんと、君に感謝を伝えるようにと言われたよ。言われるまでもないけどね」

「なんで、お前はそう雑に扱われる?」


 痛々しい傷跡を、笑顔で撫でるレイ。魔物の細胞や魔王軍の技術を持ってしても、治しきれなくっている証拠であった。リュウホウと言い合える立場でありながら、過酷な現場に放り出されている。いなければいないで寂しいが、来れば来ると心配になった。


「なんでって、それは……いくらでも替えの利く存在だから、じゃないかな?」

「納得がいかねぇ」

「それは、一体全体どうしてかな?」

「お前は、あのリュウホウと平気で言い合いをしてた。俺だったら、半殺しにされる。なのに、お前は見逃されていた」


 オースの場合、口を挟んだだけで殴られてしまう。反論し、皮肉をぶつけるなど命がいくつあっても足りない。その行為を、見逃されるのは不思議でならなかった。

 

「なるほど……そういうことか」

「なんというか、扱いが一貫してねぇ。意味がわからねぇ」

「詳しいことは、彼に聞かなければわからない。う~ん……」


 彼は顎に指を当てて、しばらく考え込む。


「あ、そういえば……! 暴力を振るわれなくなったのは、君が彼に勝ってからだったような気がするよ。あれ以前は、口答えをしたら、いつでもどこでも容赦なかった。自分でも、気が付かなかった。よくよく考えてみれば、恐ろしいことをしたね」

「気付けよ。普通……」


 オースは、もう本能的に刻み込まれている。歯向かうことの無意味さ、打ち勝てぬ強さ、理不尽さ全て。彼にとっては、それほどの脅威ではないということなのかもしれないが。


「それくらい、あの時は必死だったんだよ。頑張った君を、否定して欲しくなかったからね」

「そりゃどうも……で、つまり、お前は、俺を強くしたみたいな実績が認められたってことか? なら、ますます思う。もっと大切にされるべきなんじゃないのか? 他人を育てるだけの能力があるってことだろ?」


 模倣能力、身体能力、それらは確かだった。褒め称えたい訳ではないが、それをみすみす手放すなどどうかしていると思った。


「リュウホウ殿が、サンドバックと思えなくなっただけさ。魔王様としては、所詮はただの魔物でしかない。私は、修理しきれなくなったら捨てる。せめて、捨て駒として有意義な死を……そんな所じゃないかな。コートを着られるということは、生命として認めて貰えているのと同義なんだよ」

「このコートが凄いのはわかるんだけど……そんなに価値あるものなの?」


 精巧に作られ、ただの布切れでないことは重々承知している。これを着ているだけで、強さの証になることも。


「大ありだよ。知っている? 君がどこまで聞いているのかはわからないが……今、魔王軍の中でそれを着ているのは君だけ。これまでも着用していたのは、リュウホウ殿とテウメ殿だけ。私の人間時代から有名だった。あのコートを着ている者に打ち勝てるのは、騎士達だけだとね。魔王様に認められているから、見かけたらすぐに逃げろと言われていたくらい。それくらいの価値と意義があるものだ」


 魔王軍が、世界を破壊するスピードは凄まじかった。その理由を説明するのに、2人の存在をなくしては語れない。人間達にとって、コートは絶望を意味していた。もし、遭遇してしまったら生きては戻れないと言われていた。

 オースは、そんなこと知らなかった。田舎にその話が流れ着く前に、人間達の繋がりが絶たれてしまったから。


「このコート強過ぎんか? えぇ……」


(俺に、これを着るだけの実力は……)


 着ているだけで、有象無象は逃げ失せる。着ているだけで、騎士達が命を狙う。有効性と危険性が伴うことは明らかであった。以前は、危険性のことを深く考えはしなかった。

 しかし、少し時間が経ち、改めて考えたことで、今の状態で1対1で戦った場合、コートを斬り刻まれるだけでは済まないことに気付いた。コートと共に、木っ端微塵になるのは明らかだった。


(ヤバくね? あれれ~? なんで、前は気付かなかったんだ~?)


 雰囲気に釣られ、盲目になってしまっていた。恐ろしさに、気付けていなかった。


「――ス? オース? どうしたの? 大丈夫かい?」

「あ、あぁ……」


 思考に囚われ、オースは硬直してしまっていた。呼びかけられなかったら、もうしばらく囚われ続けていただろう。


「う~ん、包帯でぐるぐる巻きだから、オースの顔が見えなくなって寂しいな。顔色も見えないから心配だ。でも、今はわかったよ。不安そうだなぁって」

「なんで、急に……勇者の兄としての利用価値? だが、それは最初からわかりきっていたことだろ。どうして、最初から渡されなかったんだ?」

「多分、それは……」

「それは?」


 彼の笑顔が消える。真剣な話が始まるのかと、オースは息を呑んだ。


「――衣装を、すぐに用意するのはだるいっしょう?」


 彼は、満面の笑みでそう答えた。渾身の一撃を食らわせたと言わんばかりの表情だ。しかし、その後――しばらくの沈黙が続いた。まるで、時が止まったかのようだった。


「あ、あれ?」


 オースからの反応がなかったことに、彼は戸惑った様子を見せる。


「……そういうのいい。あ~もう知らねぇ」


 あまりにもくだらない返しをされたせいで、話す気力が消え失せた。真面目な話をしていたのに、とオースは足早に彼の元を離れていく。


「待って! これは、君の不安を少しでも和らげようと言ってみただけで……」

「冗談のセンスを磨いて来い! こっちは、真剣に色々と考えてんだ! もう、1人でやってろ!」


 彼は慌てて、その後を追いかける。


「ごめん、ごめんって……オース! そんな寂しいこと言わないで! 一緒にいたいんだよ……」

「知らねぇわ!」


 騒がしく動き回る2人の姿を、冷めた表情でリュウホウは目で追う。何とも愚かしく思えた。あえての演出であること、茶番を知っている彼には実に滑稽だった。


「まったく……緊張感のない奴らだ。馬鹿共! これから、生き残りの殲滅と後片付けを行う。気を引き締めろ、何があるかわからないのだからな!」

「ちっ……」


 叱責され、オースは足を止める。


「頑張ろう、オース!」


 何とか追いついて、彼は声をかけた。しかし、オースは何も返さなかった。


「あはは……」


 無視された彼は、少し悲しそうに笑うのだった。

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