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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第三章 地の魔物

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魔王軍の証

「は~疲れたぁ……」


 初任務から1週間、オースは戦いに駆り出される日々が続いていた。しかしながら、オースは現状、戦闘面ではまるで無能。故に、遠くから眺めているだけ。しかも、レイはいない。フォローすることが役割であるのに、フォローする相手がいなくてはどうにもならない。

 オースが役立てるのは、戦闘終了後の後片付けくらい。幸いにも、あれ以降、生き残りと出くわすようなことはなかった。


『ぎゃぁぁぁっ!』


 何かしていても、何もしていなくても、殺した兵士の断末魔が聞こえる。さらに、何もしていないと映像が鮮明に蘇る。罪悪感と絶望が、心を抉る。


「くそっ……」


 耳を塞ごうと、目を瞑ろうと、消えてはくれない。そのトラウマ達は、全て頭の中で起こっているのだから。


『あ……ぁ……ア、ンナ……』


 兵士が最期に言った女性の名前。彼の妻か恋人か、娘か孫か、妹か姉か。名前しか知らぬその人は、彼がもう2度と帰ってこないことすら知らないかもしれない。時が経てば経つほど、犯した罪の重さに吐き気が強くなる。


「俺は、魔王の配下で……ううぅ、俺は魔物なんだ」


 レイとテウメから言われた言葉を声に出して、自身の行為を正当化することで少しだけ落ち着くような気がした。


「当然のことだ。やらない方がおかしい。あいつは運が悪かった。俺は何も悪くねぇ。俺が正しいんだ……」

「――そう正しいんですよ、貴方が。だから、そんな隅っこで落ち込まないで下さい」

「わあああああっ!?」


 背後から響いた声に、オースは驚き叫ぶ。素早く振り返ると、そこにはきょとんとした表情で佇むテウメがいた。


「あらあら。そんなに驚かなくても」

「背後に知らねぇ間に、人が立ってたら驚くわ! いつからそこにいやがった!」


 心臓が、大きな音を立てているのがわかる。


「安心して下さい。あいつは運が悪かった……からですよ」

「いつも思ってたけど、急に現れるのマジでやめろ! ドアをつけろ、そしてノックして入ってこい。俺のプライベート空間を保障しろ!」


 途中からだったとしても、恥ずかしいことに変わりない。独り言は、独り言だから許されるのだ。誰かに聞かれることを想定されているものではない。奥底から、体が熱くなっていくのを感じる。


「そう言われましても……と、私は意味もなくここに来た訳ではないのですよ? 大切な要件を伝えに来たのです。貴方の今後に関わる大切なことです」

「あぁ?」


 困ったように笑うテウメは、背後から白い塊を取り出す。よく見ると、それは包帯の塊だった。


「それは……包帯? なんで、包帯をそんな大量に持ってんだ」

「これを、貴方に巻いてもらうためです」

「は? そんなにいらねぇよ。左目に巻く奴なら、全然間に合ってるし」


 左目用の包帯は、常に清潔さを保っている。どういう訳かはわからないが、替えなくても不快感がなく、蒸れることもない。もはや、一心同体で装着感はない。魔物の細胞の何かしらの作用なのだろうと、オースは感じていた。


「顔全体に巻くんですよ。だから、この量にも意味があります」

「なんで!? 意味わからねぇんだけど。怪我とかしてねぇし、つか怪我も異常なくらいすぐに治るから必要ねぇし」


 包帯には慣れていたが、好んでいる訳ではない。問題があるのは一部分。それを、簡単に受け入れることはできなかった。


「怪我どうこうじゃありません。顔と頭を隠すためです。貴方が任務に就くということは、必然的に姿を晒す機会が増えます。生き残りを滅することができれば、何1つ問題はありません。ですが、万が一ということがあります。私達でも太刀打ちできないような相手に、貴方の姿を見られるようなことがあれば……それは、魔王様の計画を狂わせることにも繋がります」


 苛立つオースに対して、テウメは冷静に理由を説明する。彼女が冷静であれるのは、先ほど魔王に会ったばかりだったから。その余韻で、オースに対して寛容であれたのだ。結果、熱くなりかけていたオースの心も自然と落ち着く。


「俺の顔が誰かに見られたら、まずいのか?」

「えぇ、まずその髪色……赤髪は特徴的過ぎます」

「え? そうなの? 確かに、周りでは俺とあいつしかいなかったかな……親父もおふくろも、茶髪だったし……でも、それが何なんだ? そんな変なことか?」


 オースは、全てを燃やし尽くさんとする炎のような赤髪。ルースは、優しい炎のような赤髪。その色を珍しがられることはあったが、それで疑惑の眼差しを向けられたことはない。髪の色は遺伝しない――それが、この世界の常識だ。両親が茶髪でも、子供が珍しい赤髪であることに誰も違和感を覚えたりしないのだ。


「現時点で、この世界に存在するそれほどまでの赤髪を持つのは貴方達だけ。そのことを、人間達が把握しているかはわかりませんが……何にせよ、赤髪という特徴で勘付かれてしまう可能性があります」

「髪のことは納得してやるが、顔まで隠すのはなんでだよ。ミイラ男じゃん。だっせぇ」


 顔まで包帯で巻いた自身の姿を想像し、絶望する。流石のオースでもわかった。それが、不格好であることくらい。


「貴方の弟のことを知っている人に、貴方の顔が見られたらどうなるか……想像つきませんか?」


 そう問いかけられ、オースは思考を巡らせる。


(昔から、あいつのことを知ってるなんて奴は……もうほんの僅かしかいねぇ。でも、あいつを勇者として招き入れた奴らなら……あの騎士とか、うろちょろしてそうだ)


 村に訪れた飄々とした金髪の騎士。本気で、オースを殺そうとした男。顔を見ているのは、あの騎士と率いていた兵士達。顔を見られるようなことがあれば、すぐにオースだと気付くかもしれない。


「予期せぬ情報の流通だけは避けたいのです。ここぞ、という時に明かしてこその絶望。弟さんも、それはそれは絶望することでしょう。絶望は大きければ大きいほどいい。見たいでしょう? 彼の絶望を」

「はっ、それしか見たくねぇ。それを見るために、俺は生きる道を……魔物の道を選んだんだ。包帯で隠せば、本当にバレねぇんだな?」


 堕ちる所まで堕ちた。もう人の道には戻れない。望むのは、勝利。傷付けられた分だけ、ルースを痛め付けなければ気が済まない。それを成してこその勝利だ。


「えぇ。包帯を外れないようにして下されば」

「ふん、じゃあ、やってやる。一応言っておくが、魔王のためじゃねぇ。俺のためだ」

「ご協力感謝致します。存在は明らかにしたいのですが、それが勇者の双子の兄だとは明かしたくないのですよ」


 彼女は適当に流し、話を続ける。あくまで自分のためだというスタンスを取りたいことは、もうよくわかっている。いちいち、気にしていられなかった。


「よし、じゃあくれ」


 オースは手を差し出し、包帯を渡すように促す。


「できます?」

「できる。子供じゃねぇんだから。っと、まずはこっちを外して……」


 ふんと鼻を鳴らして、オースは左目の包帯を外す。露になったのは、ただれたままの皮膚。腐敗も化膿もせず、ただその当時のままに残っている。


「そうですか、ではどうぞ」


 そう言って、包帯を手渡す。受け取ったオースは、自信満々に包帯を巻こうとするが――。


「ん? んん? あ、これじゃあ髪の毛見えるか? あれ?」


 ちぐはぐになり、ちらりちらりと肌色と赤髪が覗く。その様子を見て、テウメはくすりと笑う。少しだけ母性がくすぐられてしまった。


「もぅ……私がやります」

「お、おう……」


 流石に、自分ではどうにもできないと悟ったオース。目を逸らしながら頷いた。


「えぇっと、こっちをこうやって……」

「き、きつい……」


 不格好になってしまった包帯を解き、彼女は上から丁寧に巻いていく。


「我慢して下さい。弟の絶望を見たいのなら、これくらいなんてことないでしょう」

「うわっ! 何も見えねぇ!」


 視界を塞がれ、何も見えなくなって、オースは思わず声を上げてしまう。


「両目を塞ぎましたからね。大丈夫です、後で穴を開けます。それと、鼻と口の部分にも」

「それは良かった……」


(まさか、この状態で働けって言われるのかと思ったぜ……流石に、そこまでの鬼畜ではなかったか……)


「なので、それまでは少し辛抱して下さいね」

「へ?」

「ちょ、もう少し優しく……しでくうぇ!」


 彼女は、一気に素早く顔の下半分に包帯を巻いていく。きつく巻き付けられ、オースは足をじたばたとさせる。


「緩かったら、すぐに解けてしまうでしょう? 大丈夫、慣れますよ」

「う~うぅ……」


 会話も呼吸もできず、視界も塞がれ、オースはただ苦しかった。


「じゃあ、楽にしてあげますね」


(なんて物騒な言い方だ)


 この窒息感から、解放されるのだと安堵感を抱いたのも一瞬。


(待てよ、包帯に穴を開けるってどんな風にやるんだ? おっかねぇやり方だったらどうしよう……見えねぇから、余計に怖えっ!)


 刃物で、皮膚ごと斬りつけられてしまうのではないか、そんな最悪な想像が脳裏を過る。


「はい、できました」

「お? おぉ……どんな感じだ?」


 が、そんな心配をよそに一切の痛みもなく、視界は開け、呼吸も自由にできるようになった。


「どんな感じ? THEミイラ男って感じですよ」

「鏡を……」


 自分の様子を見なければ、落ち着かない。不格好であったとしても、それを自分自身が知らないのはただただダサいと思ったからだ。


「あぁ、まだまだありますよ。じゃん、これを着て下さい」


 そう言って、彼女が出したのは重厚感のあるコートだった。黒を基調に、背面には紫で不思議な紋章がでかでかと刺繍されている。お世辞にも、センスがいいとは言えなかった。


「何? そのクソダサコートみたいなのは」

「まぁ、失礼な。一応、魔王軍の証のようなものです。昔は、私もリュウホウさんも身に着けていたんです」


(そういや、リュウホウは着てなかった……あれ? レイは? レイも……もうそのレベルに達して? いやいや、まさか。俺と同じ後から支給? それとも、あくまで魔物として扱われて……)


 戦いでの出来事を思い返し、レイもそのコートを着ていなかったことに気付く。が、それを尋ねる間もなく、彼女は語る。


「丈夫なので、そんじょそこらの人間の力ではどうにもなりませんが。それに、1対1でないとコートへの攻撃は一切通さないシステムを搭載しているので……まぁ、これはもう相手方はご存じなのですがね。これを、斬り刻んでくれるほどの相手と出会えたらいいですね」


 彼女は、誇らしげに説明する。一見、ただの布に見えて、かなり技巧の凝らしてある煩雑なものらしい。


「なんで、わざわざアピールすんの」

「魔王軍がやったって証明が必要ですからね。無名の間は、これがいい具合に働いてくれるんです。名を上げれば、その包帯だけで認識してもらえるでしょう」

「ふん、悪くはない」


 まるで、成長の証。コートを斬り刻まれたら、1人前になるのだとオースは解釈した。1対1で、強い相手と戦ったということ。雑魚と戯れるのとでは、訳が違う。価値のあることだ。青年心がくすぐられ、何となくいいような気がしてきていた。

 オースはコートを受け取って、身に着けた。分厚い生地でできているのか、かなり重たかった。


「どうだ?」

「あぁ、鏡を出します」


 襟がやたら長いせいで、顔の下半分は隠れている。


「……良くもねぇがな」

「そうですか? あ、フードを被って下さい」

「えぇ?」


 渋々、オースはフードを被る。随分と深く、視界が細い線になるくらいだったが――。


「うおっ!? なにこれ、すげぇ!」


 なんと、フードの向こう側の世界が鮮明に映し出された。これならば、被っていても問題はなさそうだ。


「襟が長いし、フードもあるので、顔はほとんど隠れているのでいいですね。次からは、これでお仕事頑張って下さいね。それでは、よいプライベート空間を」


 彼女は満足げに頷くと、そう言い残して姿を消した。


「馬鹿にしやがって……ちょっと薄れかけてたのに、あ゛ぁ゛! もう!」


 恥ずかしい独り言を聞かれてしまったことを思い出す。オースは、フードをさらに深く被って、うずくまるのだった。

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