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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第三章 地の魔物

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嘘八百

「とてとてぇ~!」


 入浴後、とてとてちゃんはフワフワになった体で辺りを走り回った。


「うふふ……いいですよね。私も、初めてお風呂に入った時は、その感覚に感動したものですよ。癖になっちゃいますよね」


 それを微笑ましく見守りながら、テウメは自身の尾を心地良さそうに撫でた。


(さて、体も清められたことですし……魔王様に会いに行きましょう)


「とてとてちゃん、貴方も一緒に――」


 「貴方も一緒に行きますか?」と問いかけようとした時、空間にオースが戻ってくる気配を感じ取った。


「とてぇ?」


(思ったより早い帰宅ですね。いや……長湯し過ぎたのかもしれません。どうしましょうか。魔王様には、今すぐにでもお会いしたいけれど、報告できることはなるべく多くしたいし……)


「はぁ……」

「とてて?」


 突然、ため息をついた彼女に、とてとてちゃんは不思議そうに首を傾げた。


「ごめんなさい。急用ができてしまいましたわ」

「とてぇ?」


 「急用?」と、とてとてちゃんは聞き返す。


「人に会う用事です。アレと貴方との対面は、もう少し先に取っておきたいので。それに、とてとてちゃんが嫌な気持ちになってしまったら私も悲しいですから。いいですか?」

「とてとてぇ?」


 「嫌な気持ち?」と、同じように聞き返す。


「とてとてちゃんが想像もできないくらい悪い子なんです。貴方の後に会うとなると、何となく億劫で……」

「とととと!?」


 テウメの口から出たネガティブな言葉に、とてとてちゃんは目を丸くして叫ぶ。


「うふふ、大丈夫ですよ。こう見えても、副官ですからね」

「とてぇ?」

「要するに、強い人ってことですよ。少なくとも、億劫なアレよりは強いので」


 副官という単語を、とてとてちゃんはまだ知らなかった。なら、と彼女は言葉を噛み砕いて伝える。


「とてぇ……」


 強くて美しい人なのは、よく知っている。けれども、心配でならなかった。だから、そっと彼女に寄り添った。


「優しい子ですね。では、そろそろ行ってきますね」

「とてとてと……」


(何ともまぁ、タイミングの悪いこと。もう少しお仕事をしてくれても良かったのに)


 何の滞りもなく進んでしまったのか、もう使い物にならないと強制送還されてしまったのか、どちらにしても最悪のタイミングだった。趣味と仕事、優先すべきものは明らかだからだ。


(あぁ、駄目。ネガティブに考えても仕方ありません。ポジティブにいかないと。気が滅入る一方です)


「とてとてっ!」


 辛そうに立ち上がる彼女に、とてとてちゃんは「頑張れ!」と言った。彼女は、とてとてちゃんの頭を優しく撫でる。


(あぁ、ますます会わせたくありませんよ……)


 鬱々とした気持ちを抱えながらも、彼女は1歩を踏み出す。すると、空間が切り開かれ、また別の空間が現れる。その空間は、無という言葉がよく似合う。彼女らが今いる空間は豪華そのもので、あまりにも対照的であった。


(また会いましょう)


 手を振りながら、空間の切れ目を封じる。その時に見えた、とてとてちゃんの心配そうな顔は、とても愛らしく映った。


「ふぅ」


 彼女は、息を吐いて振り返る。そこには、空間の端でうずくまるオースがいた。


(随分と落ち込んでいるようですね)


「お疲れ様です、初仕事はどうでしたか?」


 呼びかけても、オースから反応はない。しかし、彼女にはわかる。傷心し、人と話す気分ではないから、言葉を返さなかったということが。


「あら、無視ですか?」


 それでも、彼は応じない。


(面倒ですね。時間の無駄でしかありません。こうなったら、少々きつく言っても仕方ないですね。許容範囲でしょう)


 のんびりと、彼が話し出すのを待っている余裕はない。本当なら、もうとっくに魔王との時間を過ごしていたはずなのに。苛立ちを何とか噛み殺しながら、彼女は問う。


「ちゃんとお話をしましょう? お話ができるんですから。それとも、お話ができなくなるくらい怖気づいてしまったんですか? そんなに弱々しくなってしまったんですか?」

「お話、お話うっせぇなぁ! 空気読めねぇのかよ!」


 見事なまでに策に引っかかり、彼は顔を上げる。


(何故、私が空気を読んであげなければならないのでしょう? 本当、図々しい)


 1つ1つの発言が、彼女を苛立たせる。それでも、必死に笑顔を繕って接する。あくまで、私は優しさの権化なのだと。


「ごめんなさい。でも、これくらい言わないと……貴方は、私を無視し続けるでしょう? 本心ではありませんから」

「ちっ……で、何?」


 敵意むき出しの声色に視線、すっかり溝は深くなっているみたいだった。


(もはや、この姿では距離感は縮められそうにもありませんね。縮めたくもありませんが。レイになれば、すぐにコレは馴れ馴れしく偉そうに絡んできますからね。もう問題点ではありません)


「初仕事はどうだったのか……と聞いているのですが」

「最悪だよ」


 それを聞き、彼の仕事の成果を確認する。魔物達の戦績は、自動で彼女の作った記憶領域に保存されていく。あれ以降、人間とは遭遇せずにただお片付けをしていただけみたいだ。


(……直接、手にかけたのはたった1人じゃないですか。結局、あの後生き残りと遭遇することはなかったようですし。この程度で引きずるなんて、先が思いやられるのなんの)


 たった1回で、これほどまでに落ち込める理由がわからなかった。魔物としては、魔王の力になれたのだから喜ぶべきなのに。


「なるほど。ですが、仕事内容としては及第点かと思いますよ」

「うっせぇな。もういいだろ、話したんだから。どっか行けよ」


 できる限りの優しさで褒めてあげたというのに、この返し。それでも、彼女は何とか笑顔を崩さずにいた。


「いえいえ、まだ聞かなければならないことがあります」

「あぁ?」

「貴方は一体何に対して、気を病んでおられるのかと」

「……は?」

「人を1人殺めたことに対して、ですか? それとも、何も知らずに殺された兵士さんに対してですか?」


 その問いかけに対し、明らかに動揺する表情を見せた。


「それを知って、何になる?」

「意味合いが違いますからね。自分に対してか、相手に対してかで。それを知ってどうかなるというと、私自身にはそんなにかもしれませんね」


 血にまみれた己が哀れなのか、血の塊になった兵士が哀れなのか――興味があった。心を持って生まれた生物の自然な思考回路、それを彼女は学びたかった。それもまた、彼女にとって必要な仕事の1つだった。

 決して、誰にも悟られてはいけない。そう、魔王にも――いや、特別な思いを抱くからこそ知られたくない仕事だ。


(……心について理解を深めることができます。そして、魔王様とより深い関わりができるようになるはずです)


「じゃあ、なんで……」

「自分自身で訳も分からず落ち込んでいても、仕方がないでしょう。原因が明らかにならなければ、解決もできませんからね」


 適当に、それっぽいことを言って誤魔化す。彼女は、たったの1度もオースを思った行動をしたことはない。思考の頂きには、いつだって魔王がいるのだから。


(訳も分からず落ち込まれて、長期間使い物にならないなんてお話になりませんからね)


「何もかもにも気に食わねぇ。思い出すだけで、吐き気と苛立ちと絶望が鮮明になる」

「つまり、両方ですか」


 明言しないのなら、と彼女が代わりに言う。


「なんか、その言い方気に食わねぇなぁ」


 不快感を滲ませたが、訂正するつもりはなかった。彼の心の中を知ることができたので、もう用済みだった。

 それでも、一応教えてもらったお礼にと1つアドバイスを残すことにした。


「私から1つ言うとするなら……いつまで、人道に乗っ取るおつもりですかってことくらいでしょうか」

「何?」


 口角は上げたまま、彼を冷たく見据える。


「貴方は、もうとっくに人ではありません。生まれ変わり、貴方は魔王様の配下となった。つまり、魔物。魔王様のために、従順に働くことだけが定め。抵抗する人や脅威となりうる人は徹底的に排除する。それが、魔の道ですよ。わかりますね? その道は、人道とは異なりますよ。頑張って下さい」


 励ましのつもりで、彼を撫でようとした。


「触んな!」


 しかし、直前で手を叩かれてしまう。


「あらあら……」


 僅かに痛みの残る手を、もう片方の手で押さえながら、彼女は苦笑を浮かべる。


(露骨ですねぇ。今すぐに効果はなくとも、いずれ……さ、もう行きましょう。現状と、今後への対策は何となく掴めましたし。早く魔王様にお会いしたいです)


 やるべきことは成したと、彼女は再び空間を切り開く。狭間に立ち去ろうとしたが、彼に腕を掴まれてしまう。


「聞くだけ聞いて、煽るだけ煽って満足ってかよ。そういえば、俺もお前に聞きたいことがあったんだよ」

「あら、何でしょう?」


 阻まれた苛立ちを抑えながら、彼女は振り返る。

 

「レイは……あいつは、大丈夫なのか」

「あら、お友達思いですね」


 滑稽な質問に、思わず嘲笑を浮かべてしまいそうになる。


(彼なら、今、ここにおりますよ。見てご覧なさい、元気にしているでしょう?)


「えぇ、貴方のお陰で。寝言でも、貴方への感謝と敬意を述べておりましたわ。治療には時間がかかりますが、問題はありません。貴方が心配していたと、彼が目覚めた時には是非――」

「言うな! つか、別に心配した訳じゃねぇし。俺が、あれだけ苦労したのに死なれたりしたら堪らねぇからな」


 並べられた嘘八百に、彼は照れ隠しをしながらも、どこか安堵した様子であった。


「うふふ……そうですか。その気持ちはわかりますよ。私だって、苦労した相手にそう簡単に死なれたりしたら堪りません。ですから……頑張って下さいね」


 彼女は共感しながら、空間の狭間に吸い込まれていった。

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