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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第三章 地の魔物
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罪を背負い

 それから十数分後、オースはレイを背負い、要塞へと辿り着いた。要塞の周りには、既に魔物が大集結していた。この気味の悪い光景は、人間側の敗北を意味していた。

 オース達がその集団の後ろにつくと、その集まりが真っ二つに割れた。そこから、澄まし顔のリュウホウが現れる。


「遅かったようだが……随分と生臭いものだ」


 真っ赤に染まったオースを見て、彼は嘲笑を浮かべた。


「うるさい」


 振り下ろした剣の重みが、飛び散った血の臭いが、つんざくような絶叫が忘れられない。


(殺した……俺が、何も知らねぇ人間を……)


 ここまでの道のりは、あやふやだ。行かなければならないという使命感だけで辿り着いた。それだけ、虐殺行為に手を染めたショックが大きかった。


「ごめんね。あんな風に言ってしまって。でも、全てオースのためだったんだよ。あのままだったら、君は酷い目に遭っていた。なんせ、リュウホウ殿は厳しいから……」


 その言葉を聞いて、リュウホウは不快感を滲ませる。


「酷い目? 不敬だぞ、言葉を慎め。戒めだ。治療できる程度で止めているのだから甘いものだ。本当なら、斬り刻んでやっても――」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ!」


 突然、オースは叫び、レイを乱暴に落とす。


「わっ!?」


 叩きつけられた彼は、痛みに顔を歪める。


「あ、あぁ……あぁ」


 斬り刻んでやっても――その言葉が、自身の殺生の瞬間を完全に呼び覚ます。


『くそがあああああっ!』

『ぎゃぁぁぁっ!』


 首元を狙って勢いよく振り下ろした剣は、兵士の首元に食い込む。血が噴き出し、予期せぬ激痛に襲われた彼は絶叫して悶える。苦しむ姿に、オースは動揺した。


『死ねっ!』

『がっ!?』

『死ねよっ!』

『あ゛あ゛っ!』


 理不尽な暴力への恐怖から、血まみれの兵士が痛みに悶える姿への恐怖に変わっていた。

 だから、何度も何度も剣を振り下ろし続けた。彼が、血の塊に成り果てるまで。けれども、彼はまだ生きていた。生きようと血の海の中、もがいていた。あまりにも見るに堪えない有り様だった。


『う、うぅ……』

『はぁ……はぁ……』


 オースは、肩で息をしながら兵士を見据える。もう、時間の問題だった。彼は、普通の人間だ。ただ、意地と生命力が強かっただけ。


『あ……ぁ……ア、ンナ……』


 力なくそう言葉を漏らし、最後の力を振り絞るように遠くに向かって手を伸ばすと、ついに動かなくなった。

 もしも、出会ったのがオース達でなかったなら、兵士という職に就いていなければ――あらゆる因果が結びついて、惨たらしい死をもたらされることなどなかったのに。


「女の名前……」

「あぁ?」


 兵士の最期の言葉を思い返し、ぽつりとオースは言った。それに対し、リュウホウは顔をしかめる。


「女の名前を言った」

「何の話をしている?」

 

 リュウホウから見れば、全てにおいて脈絡がないのだから当然だ。

 

「殲滅させた相手のことだよ!」

「あぁ……そんなことか」


 彼は、小さく鼻で笑い飛ばす。


「そんなこと……!?」

「当然のことだ。命令は絶対。敵は、根絶やしにしなければならない。敵が敵である限り」


 オースを睨みつけ、威圧感を浴びせてくる。


「でも……!」


 それでも屈せずに、意見しようとした。が、彼は食い気味に言葉を被せてきた。


「口答えをするな。でも、もしかしたら、だけど……命令においてそんな言葉は不要。黙って従い続けろ。それが気に食わないのなら、命令する立場になればいい。自身で判断させて頂けるほどの信頼を勝ち取ればいい。まぁ……とてもではないが、今の貴様には到底不可能だろう。全てにおいて、中途半端なんだよ。貴様は」


 そして、彼はオースを蹴り飛ばそうと足を振り上げる。反応が間に合わず、真正面から受け止めるしかないと、目を瞑って覚悟を決めた時だ。レイの冷静な声が、その足を止めさせた。


「リュウホウ殿、あまりオースを責めないで頂きたい。全てにおいて、この私に責任があるのです。結局、彼に頼ってしまった。彼に、背負わせ過ぎてしまった。私は、この口しか動かせない状態です。彼が、手を血に染めるには早過ぎたことは真実です。彼の心の負担は計り知れません。どうか、ご容赦を」


 見ると、レイは顔だけを必死に上げて、何とも哀れな姿で懇願していた。


「甘ったるいことを……」


 リュウホウは、不快感を滲ませる。

 

「何にせよ、彼は命令を遂行しました。罰を与える必要はないかと。それより、ただちにご自身の出された命令に基づいた行動をすべきでは?」


 指摘するようなその言い方に、オースは思わず身震いしてしまう。


「はっ……何もできぬ輩が小賢しい」

 

 だが、リュウホウはそう不満を漏らすだけで、彼に対して罰を浴びせるようなことはなかった。


(なんで、レイは……リュウホウと普通に言い合いができるんだ? 怖くないのか? どうして、リュウホウもリュウホウで引き下がる?)


 オースであれば、容赦なく攻撃を浴びせられていただろう。先ほど、意見しただけで蹴られそうになったばかりだ。


「全隊、これより作戦の実行を。兵士は1匹も生かすな。もし、一般人がいるのなら、捕縛し我の前に連れて参れ」


 1つ咳払いをした後、集う魔物達にリュウホウは命じた。


「何をするつもりだ?」


 人間は、皆殺しにするつもりなのだとばかり思っていた。この戦いの場に、どれほどの一般人がいるのかは不明だが、その意図を聞きたかった。


「ここは要塞。敵にとっての要。どうやら、今回は騎士はいなかったようだが……後ほど、異変に気付いてやってくるだろう。その時、生き残りがいれば情報が洩れてしまうだろう。兵士には、それなりの戦う力がある。一般人に、恐れるほどの力はない。命乞いをするのなら、我らは命を奪ったりはしない」


(……騎士か)


 ルースを迎えに来た男のことを思い出す。脅しで、殺されそうな気迫があった。飄々としていたが、奥底にある信念のようなものも感じた。本能的に叶わぬことを理解してしまうほどだった。

 

「武器は、こちらが回収する。人間達の利になりそうな素材も同様だ。武器があれば、それを再度活用するだろう。食料や武器の素材があれば、敵の延命にも繋がる。少しでも抵抗する気を奪うため。これは、必須だ」


 魔王軍側は、別に食料にも武器の素材にも困っていない。ただ、人間側を疲弊させたいだけ。降伏しやすい環境を生み出すためであった。


「俺もそれをしねぇといけねぇのか?」

「何を言っている? 当然だ。貴様の体は、血にまみれているだけ。作業する上で、何も困らない。この男のようになっていたのであれば、話は別だがな」


 リュウホウは、地面に倒れ伏すレイを指差して言った。


(だよなぁ……あぁ)


 許されないとわかっていても、聞きたかった。今すぐにでも帰って、現実を忘れたい気分だった。ずっと、虐殺の感覚が体に残っている。


「ハハハ……」


 指差されたレイは、困ったように笑った。それを見て、リュウホウはさらに表情を険しくする。


「笑っている場合か。何も面白くない。笑えるようなことなど一つもなかった。後で、その腐った根性を叩きのめす」

「おっかないですねぇ……」

「ふん。無様に地面に倒れ伏されていても迷惑だ。消えろ」


 リュウホウがそう言うと、レイのいる地面に黒い穴が現れる。まるで、沼のよう。それは、空間の歪み。魔王達の拠点に繋がっている。

 レイは、その歪みの沼にゆっくりと落ちていく。そして、穏やかな笑みを浮かべながら言った。


「じゃあね、オース。頑張って――」

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