家族の思い
「え、僕?」
間抜けな声で、ルースが応じる。
「国が、世界がどのような状態にあるかは理解しているよね。魔王を打ち倒す力を我々は求めていたんだ。その為、王は毎日寝る間を惜しんで天に祈られていた。そして、今朝、ついに通じたんだよ」
金髪の男性は両手を広げ、天を見上げて笑みを浮かべながら言った。
だが、理解を超えた話に、オースや集まっていた者達の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
「天に頼ってんのか? そんなんで魔王に対抗しようとしてんのか、うちの王様は」
オースの口から思わず不満が漏れる。あるかないかもわからない不確定な存在を信じ、それに尽力するなど現在の情勢を鑑みるとあまりにも滑稽に思えたのだ。
「不敬だぞっ?」
すると、彼は笑みを崩さぬままオースの首元にいつの間にか剣を向けていた。
「っ……!?」
その一瞬の出来事に、全員が凍りつく。このまま剣を横に持っていけば、オースの哀れな一生が終わるのだから。
「と、本来ならば斬り捨てる所なんだけど……当代は心優しきお方。このようなことは嫌悪されるんだよね。警告で済ませてあげるさ」
顔を強張らせるオースをそう諭すと、剣をゆっくりと鞘に収めた。死を目前に感じ、心臓が縮こまるかのような恐怖をオースは覚えた。そして、同時に本気であると理解した。
「話を元に戻そうか。天はこう仰ったのさ。あの巨悪に対抗する力は、我のみが有すると。そして、その力を宿し揮えるのはこの世界にたった1人だけ。その人物の名が、ルース=ヴァリアンテであると。そんなすっごい人が、ここレイトヴィーネ村にいると聞き、我らが参上した次第ってね」
そして、再び天を仰ぎ、両手を広げ語った。
「――なんて一方的に言って、ルースを連れ去ろうとするのですよ!? そんなこと許せるはずがありません。そうでしょう!?」
だが、ついに我慢ならなくなったのか号泣していた母が激高する。
「ハッ、馬鹿げてる。こんななよなよ野郎が、天の力で魔王をどうこう出来る訳ねぇだろ」
彼の本気は理解できても、ルースが選ばれる理由が理解できなかった。自分の力では何もできないような奴が、逃げてばかりの奴が立ち向かっていけるはずがないと感じたからだ。
「そうです……僕は弱いです。魔物ですら怖いのに、魔王だなんて……」
彼は俯き、ぎゅっと服の裾を掴む。本当は兄のようになりたい。近くにあって、遠くにある兄の背中をただ羨ましく見つめることしかできないことが情けない。変われない自分が、弱さしか見つけられない自分が嫌いだ。悔しいという思いを、1人飲み込むしかないことが恥ずかしくて仕方がなかった。
「勘違いじゃね? 例えば、この俺とか」
「それはないよ」
即答だった。しかも、浮かべていた笑顔が一瞬で消えた。
「天は絶対だ。我らのように、脆弱な存在ではないということさ。それでも信じぬというのなら、実際にその身で体感すれば分かることだと思うよ?」
本気半分、冗談半分のつもりだったのに、真剣に答えられてオースはかなり恥ずかしさを覚えた。
「と、いう訳で行くよ!」
そして、彼がルースの隣に歩み寄った瞬間だった。
「ま、待ってくれ! 急にそんなことを言われても、こちらにも心の準備というものが!」
人ごみを掻き分け、父が姿を現した。声に張りはあったが、足は生まれたての小鹿のように震えている。
「えぇ?」
彼は、少し鬱陶しそうに父の方を向いた。
「う、そ、その……貴方には家族は……」
直視され、ますます体が震え始める。その姿は、いつも以上に小さく映った。
「いるよ?」
彼があまりにも堂々としているものだから、余計に差が目立つ。
父が父らしくしている所など、オースは見たことがない。いつもめそめそするか、にこにこしているかのどちらか。頼りになるのは、畑仕事をしている時くらいだろう。
「急に役目があるからと愛する者を連れられていく、僕ら家族の気持ち……わ、わかりませんか」
(親父が文句を……しかも、こんな強そうな奴に。めちゃくちゃ震えてるけど)
「て、天は脆弱ではないと、王は心優しき方だと貴方は仰った。ならば、こんなこと……許すはずがありません」
父は、彼の言った言葉を使って問うた。オースが冷静に説明された辺りから、話は聞いていたらしい。
もしかしたら、それ以前からいたのかもしれないが、小鹿のように震えていたことを思うと踏ん切りがつかなかった可能性が高い。
「はぁ……」
思わぬ反撃に、彼は困ったように頭を掻いた。
「これが名誉なことだったとしても! 世界を救うのだとしても! 僕は……納得できないっ!」
父の大きな声に、周囲はざわついた。オースもまた驚いていた。
「う~ん……」
その強い言葉がどうにか届いたのか、彼は首を捻って考える姿を見せた。
「何を馬鹿げたことを! 貴様らの事情など――」
すると、しびれを切らした様子で近くで話を聞いていた1人の兵士が声を荒げた。が、それを彼が右手を出して制する。
「待って。わかった。仕方ない……特別だよ。今、連れて行くことはしない。特別に、1週間だけ待ってあげる。ごめんけど、連れて行くことは変わらないから。余裕がないんだ、本当に」
自分の知らない間に決まったことがきっかけで、家族が急にいなくなる。そのことを、彼自身に置き換えて考えたのかもしれない。
「あ、ありがとうございます。猶予があるだけで……それだけでも……」
「あぁ、どうかこれがどうか何かの間違いであってくれ……」
母は何度も頭を下げ、父はへなへなと崩れ落ちた。
(何も変わっていないのに。ルースが選ばれたことも変わらないのに。なんで……感謝するんだ。安心すんだ)
「はぁ~まったく、怒られちゃうなぁ……」
そう言いながらも、彼はそんな2人を微笑ましそうに見つめる。
「お待ち下さい! 本当によろしいのですか!」
信じられないといった様子で、兵士は声を上げる。
「連れてこいとは言われたけど、すぐとは言われてないしね。ま、我が怒られるならいいもんでしょ。で、その間なんだけど……一部の兵士をこの村に常駐させておく。それで、1週間後、我が手配した馬車を呼ぶ。それで、絶対に城に向かわせて。その間、村周辺をお掃除しとく」
この1週間、無駄にはできない。この辺りに、警備の手が行き届いていないことは把握していた。魔物退治は必要だった。馬車をすぐに城に向かわせるためにも、村を消滅させないためにも。
「しかし……」
「責任は、我にありと……隊に伝えといて」
生半可な気持ちでした提案ではない。言われていないとはいえ、天の力を宿せる者――勇者を早急に王の元に連れて行くことに越したことはない。
それでも、家族の思いを優先したのは――彼にも大切な愛すべき家族がいたからだ。
「……承知しました」
納得はしきれていない様子であったが、上司である彼の命令には逆らえない。兵士は、足早に隊が待機する場所へと向かった。
「さて……お掃除の前に、事情をしっかり説明しとく。時間もたっぷりあることだしね。これも、お迎え係の我の責任。ちょっとお家にお邪魔していい?」