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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第一章 選ばれた者と選ばれなかった者

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家族の思い

「え、僕?」


 間抜けな声で、ルースが応じる。


「国が、世界がどのような状態にあるかは理解しているよね。魔王を打ち倒す力を我々は求めていたんだ。そのため、王は毎日寝る間を惜しんで天に祈られていた。そして、今朝、ついに通じたんだよ」


 金髪の男性は両手を広げ、天を見上げて笑みを浮かべながら言った。

 だが、理解を超えた話に、オース達は顔を見合わせる。


「天頼み? そんなんで魔王に対抗しようとしてんのか、うちの王様は」


 オースが思わず不満を漏らす。あるかないかもわからない不確かな存在に尽力する──今の情勢を考えれば、滑稽に思えたのだ。


「不敬だぞ?」


 金髪の男性は笑みを崩さず、いつの間にかオースの首元に剣を向けていた。


「っ……!?」


 その一瞬で、場は凍り付いた。剣を横に振れば、オースの人生はそこで終わるのだから。


「と、本来ならば斬り捨てる所なんだけど……当代は心優しきお方。そういうことを嫌われる。警告で済ませてあげる」


 剣をゆっくり鞘に収め、男性はそう言った。死を目前に感じ、オースの心臓は縮こまるように震えた。それと同時に、男の覚悟が本気であることも理解した。


「話を戻そう。天はこう告げられた。あの巨悪に対抗する力は、この世にただひとりの者にのみ宿ると。そして、その者こそ――ルース=ヴァリアンテであると。これは王命にして天命――無論、共に来てくれるよね?」


 彼は再び天を仰ぎ、両手を広げ語った。


「――なんて一方的に言って、ルースを連れ去ろうとするのですよ!? そんなこと、許せるはずがありません。そうでしょう!?」


 その時、号泣していた母がついに堪えきれず声を荒げる。


「ハッ、馬鹿げてる。こんななよなよ野郎が、天の力で魔王をどうこう出来るはずねぇだろ」

「そうです……僕は弱いです。魔物ですら怖いのに、魔王だなんて……」


 ルースは俯き、ぎゅっと服の裾を掴む。


「勘違いじゃね? 例えば、この俺とか」

「それはないよ」


 即答した騎士の笑顔が、すっと消える。その真剣な眼差しに、オースは言葉を失った。


「天は絶対だ。我らのように、脆弱な存在とは違う。それでも信じぬというのなら、実際にその身で確かめたらいいさ」


 冗談半分のつもりで言った言葉に真剣な返答が返り、オースは顔を赤らめた。

 

「と、いう訳で行くよ!」


 彼がルースの隣に歩み寄ったその瞬間、父が人ごみをかき分けて飛び出してきた。足は小鹿のように震えている。


「ま、待ってくれ! 急にそんなことを言われても、こちらにも心の準備というものが!」


 父は、声を振り絞るように言った。


「えぇ?」


 彼は、少し鬱陶しそうに父を見た。


「う、そ、その……貴方には家族は……」


 直視され、ますます体が震え始める。その姿は、いつも以上に小さく映った。


「いるよ?」


 その堂々とした返しが、余計に父の小ささを際立たせる。父は、いつも情けない。頼りになるのは、畑仕事の時だけだ。


「急に役目があるからと愛する者を連れ去られる、僕ら家族の気持ち……わ、わかりませんか」


(親父が文句を……しかも、こんな強そうな奴に。めちゃくちゃ震えてるけど)


「て、天は脆弱ではないと、王は心優しき方だと貴方は仰った。ならば、こんなこと……許すはずがありません」

 

 父は、騎士の言葉を借りるようにして問いかけた。どうやら、彼が冷静に説明を始めたあたりから、話を聞いていたらしい。あるいは、それ以前からそこにいたのかもしれない。

 けれど、小鹿のように震えていた様子を思えば――踏ん切りがつくまで、ずっと迷っていたのだろう。


「はぁ……」


 思わぬ反撃に、彼は困ったように頭を掻いた。


「これが名誉なことだったとしても! 世界を救うのだとしても! 僕は……納得できないっ!」


 父の大きな声に、周囲はざわついた。オースもまた驚いていた。


「う~ん……」


 父の言葉が届いたのか、彼は首を傾げて考える素振りを見せた。


「何を馬鹿げたことを! 貴様らの事情など――」


 しかし、近くにいた兵士の1人が耐えきれず声を荒げると、彼は右手を出してそれを制した。


「待って。わかった。仕方ない……特別だよ。今すぐ連れて行くことはしない。特別に、1週間だけ待ってあげる。ごめんけど、連れて行くこと自体は変わらないから。余裕がないんだ、本当に」


 自分の知らないところで事が決まり、家族が急にいなくなる──想像すれば誰でも反発する。母は何度も頭を下げ、父はへなへなと崩れ落ちた。


「あ、ありがとうございます。猶予があるだけで……それだけでも……」

「あぁ、どうかこれがどうか何かの間違いであってくれ……」


(何も変わっていないのに。ルースが選ばれたことも変わらないのに。なのに、なんで……感謝するんだ。安心するんだ)


「はぁ~まったく、怒られちゃうなぁ……」


 そう言いながらも、彼はそんな2人を微笑ましそうに見つめる。


「お待ち下さい! 本当によろしいのですか!」


 信じられないといった様子で、兵士は声を上げる。


「連れてこいとは言われたけど、すぐにとは言われてないしね。ま、我が怒られるだけさ。で、その間なんだけど……村に一部の兵を常駐させる。我は、村周辺をお掃除しとくからね。そうだな……1週間、1週間だ。待てるのは、それだけ。これが、限界だ。1週間後、馬車のお迎えが来るから……絶対に乗ってね」


 この1週間を無駄にしないつもりらしい。警備の手が回っていないことは、彼らも把握していた。馬車をすぐ城に向かわせるためにも、魔物退治は必要だ。


「しかし……」

「責任は我にありと……隊に伝えといて」


 軽い提案ではなかった。天の力を宿す者──勇者を早急に王のもとへ送る責務を、彼は真剣に受け止めている。それでも、家族の思いを尊重してくれたのだ。


「……承知しました」


 納得はしきれていない様子であったが、上司である彼の命令には逆らえない。兵士は、足早に隊が待機する場所へと向かった。


「さて……お掃除の前に、事情をしっかり説明しとく。時間もたっぷりあることだしね。これも、お迎え係の我の責任。ちょっとお家にお邪魔していい?」

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