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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第三章 地の魔物

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悪夢の始まり

 リュウホウに勝利を収めた後、緊張感から解放されたオースは壁にもたれかかったまま、気が付いたら眠ってしまっていた。そして、いつしかの記憶を夢で見た。


 幼い頃、オース達は森の中で半日近く彷徨ったことがある。

 家族で山菜狩りに出かけた日のこと。きっかけは、オースがお化けがいるとからかった。怖がりのルースは、恐怖のあまり一目散に逃げ出した。流石に放っておくのはまずいと考えて後を追った結果、迷子になった。


『うぅ……ひっく……』

『大丈夫、ちゃんと帰れるから』

『ひぇぇ! 今、変な音が聞こえたよぉ!』

『フクロウか何かの鳴き声だろ。変なこと言うなよ』


 ルースは、泣き続けていた。体中の水分が、なくなってしまうのではないかと思うくらいだった。些細な音にも、過敏に反応して怯えていた。


『兄さん……怖いです。夜は真っ暗で怖いです……』

『夜なんだから当たり前だろ! うじうじうるさい!』


 どれだけ励ましても泣き喚く。オースは、つい声を荒げてしまった。我に返った時には遅かった。彼は、より大きな声で泣き始めてしまったのだ。


『うわぁぁぁんっ!』

『もう!』


 ルースの泣き声は、夜の恐ろしさを引き立てた。同じ景色ばかりが続くし、木の奥が深淵に見える。このままでは、オース自身も泣いてしまいそうだった。

 だから、彼の手を握り締めて、有無を言わさずに走り出した。


『ほえっ!?』


 彼は間抜けな声を出しながらも、そのまま引っ張られていく。溢れて止まらなかった涙も衝撃で、一瞬で引っ込んだようだった。


『俺の手、温かいだろ!』

『は、はい……』

『だから、もう怖くない! ルースは一人ぼっちじゃない! 俺が守ってやる!』

『兄さん……』


 振り返らず、オースは言った。本当は、オース自身が安心したかった。誰でもいいから、温もりを感じたかった。不安を拭いたかった。

 自分まで泣いてしまったら、彼はもっと喚くだろう。それは、非常に厄介。故に、オースは耐えていた。耐えるために、温もりが必要だった。1人ではないという安心感が欲しかった。


『次泣いたら、ルースは置いてく!』

『嫌……嫌です!』

『じゃあ、泣くな!』


 強がりだった。弱い自分は見せたくない。本当に、そんなことをするつもりはなかった。


『ごめんなさい……』


 そんな兄の心中に気付くことはなく、ルースは弱々しい声で言った。


 どれほど、森の中を彷徨っただろうか。幼かった2人には、それはそれは長く感じられた。村の人間に見つけてもらった時、心が軽くなった気がした。


『嗚呼、無事で本当に……』

『ごめん、ごめんね。心細かったよね』


 両親は、それぞれ2人を優しく抱き締めた。闇の恐怖と不安感、そして、責任感から解放されたオースは自然と泣きそうになった。けれど、ふと村人達の会話が耳に入る。


『それにしても、珍しいな。ルースが泣いていないなんて』

『きっと、オースがいたからね。あの子は、しっかりしているもの』

『双子だけど、まるで違うよな。やっぱり、兄と弟の差ってこういう所なのかね? 見てみろよ、オースの凛々しい顔! ルースは、今にも泣きそうだがな!』


 村人達に悪気はなかった。普段の様子を見て、ただ感心していただけ。それが、オースの心を傷付けることも知らずに。


『う、うぅ……怖かったです。とっても怖かったです。でも、兄さんが手を握ってくれて……とってもかっこ良かったんです!』


 そんな中、母の腕の中でルースは甘えながら、そう言った。頼りがいのある兄の背中見て、心の奥底から尊敬していた。


『まぁ、そうでしたの?』

『オース、凄いじゃないか。流石は、お兄さんだな!』


 両親は、無垢な笑顔を浮かべてオースを褒めた。


『え? お、おう……』


 動揺した。賞賛されるのは、幼い頃から好きだった。だが、この時に求めていたのはそんな言葉じゃなかった。喜べなかった。誇れなかった。虚しかった。


『ルースを守ってくれるなんて、頼りになるお兄さんですね。たくましくなったのですね……嬉しい限りです』


 母は、そう言って頭を撫でた。ルースは、泣き虫でか弱い。一人ぼっちだったら、どうなっていたかわからない。そういう意味での感謝の言葉だったのだが、それがオースの価値観を決定づけてしまった。


『と、当然だ! 兄は、弟より強くなくちゃいけねぇし!? 守ってやらないといけねぇんだ!』


 オースは笑って、父の腕から離れる。そして、力強く胸を叩いた。全部全部、誤魔化した。泣きたい気持ちも、怖い気持ちも笑顔の裏に隠した。負けず嫌いで、強がりだった性格が仇になった。

 誰も気付いてなどくれなかった。長く過ごした村人達も、一緒に生まれたルースも、実の両親でさえも。

 

 兄は、弟を守らなければならない。

 兄は、頼りがいがなければならない。

 兄は、たくましくなければならない。


 そのためには、強くならなければならない。それが、自分に求められているものなのだと、兄というものなのだと――。


***


「――ス? オース!」


 ぼんやりとする意識の中、自分を起こしたのはレイだと認識する。


「んん? あぁ……寝てたわ」


 すっきりとしない目覚めだった。見た夢も、起こされ方も最悪だった。


「うなされていたようだけど、大丈夫かい?」


 あの経験は、オースにとってトラウマのようなものだ。忘れたくとも、忘れられない。自分の中で、何かが狂い始めた日だ。

 そもそも、元々の原因はオースにあることを誰も知らない。素晴らしい兄だと称えられるだけ。悪戯をされたルースも、そのことを当時から1度も言っていない。綺麗な出来事しか覚えていなかったのだろう。自分を守ってくれた勇敢な兄だと、今も思い続けているのだろう。


「馴染みのある悪夢を見ただけだ。別になんともねぇ。つか、何? 俺は、もうレイに用はないんだけど」


 オースは鼻で小さく笑い、行き場のない苛立ちをレイにぶつける。


「ごめん、起こしてしまって。けれど、これは――命令なんだ。行くよ」

「うわっ!?」


 申し訳なさそうに、レイは言った。そして、オースの手を握る。その瞬間、景色がぐにゃりと歪み、ふわりと体が浮く感覚を覚えた。

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