友として
予習、復習を繰り返しながら、オースは動きを確かに掴んでいた。レイも、その成長を喜んでいた。
(今回こそは、今回こそは……こいつを超える!)
2人は少し離れた位置で、相対する。
「いいね、オースの瞳がいつになく燃えている! 自信と絶対に勝つという意思! こちらまで燃えるようだ!」
オースの瞳は、全てを焼き尽くす炎のように赤い。その炎が燃えている様を見たのは、レイは初めてだった。
「今まで世話になったな。この関係性も終いだっ! さあ、来い!」
彼は目をぱちくりとさせ、ゆっくりとオースの言葉を飲み込んだ。
「……あぁ!」
そして、嬉しそうに大きく頷き、右足で強く床を踏みきった。
(わかる。最初は、俺を吹き飛ばそうとする。先制攻撃で痛めつけ、俺の体の自由を奪うためだ)
レイから得た情報は、確かな知識として身についていた。それを生かし、オースは予測して構えた。
「あぶねっ!」
思わず、本音が漏れる。
かわしきれず、頬を僅かに拳が掠めたのだ。わかっていたはずなのに、見えているのに――その理解に、体はすがりつくことで精一杯であった。
「フフ……」
「何を笑ってやがる!」
彼は微笑みを浮かべながら、再度殴りかかろうとする。これは、リュウホウの攻撃パターンの1つだ。必ず、最初はダウンさせたがる。相手が倒れなければ、何度でも繰り返す。
つまり、倒れさえしなければ、攻撃が単調になるのだ。勝率も上がる。
「雛を見守る親鳥の気分でね」
最初の頃と比べれば、その成長は著しい。レイにとっては、見ているだけでも至福であった。達成感を胸に、燃え盛る炎を余裕感たっぷりに見守っていた。
「キモいっ!」
対照的に、オースは焦っていた。拳を受け止め、時には流す。この絶え間ない攻撃の隙を突いて、主導権を握らなければならないからだ。
(あいつは、基本的に接近戦だ。だから、距離を詰めたがる。また俺に近付いてくるはず。そこで、今度は俺が――)
「オースは、どこまで羽ばたける?」
「四の五の抜かすな!」
長引かせれば、不利になることは間違いない。オースは叫び、より意識を集中させる。
(攻撃する!)
そして、絶え間なく繰り出される攻撃の合間を縫って、レイの頬を2発殴った。
「がはっ!?」
骨を殴った感覚が伝わる。殴ったのは自分なのに、とてつもなく痛い。けれど、それを掻き消すほどの喜びがあった。
(やった……!)
やっと、届いたのだ。追いつきたいと思う相手に、自分の拳が。
「たくましくなった……たくましくなったね」
無論、それを彼も喜んだ。成長を噛みしめ、今にも涙を流しそうであった。
「はぁ、はぁ……疲れたぁ~!」
達成感と同じくらいの疲労感に襲われる。肩で呼吸をしながら、その場に力なくオースは座り込んだ。
「私は……嬉しいよ!」
彼にとって、受けた痛みこそ証。いずれ、この証が消えてしまうことが惜しかった。本当はよく頑張ったねと抱き締めてあげたいくらいだったが、拒絶される未来は目に見えていた。そのため、何とか堪えて声をかける程度にとどめた。
(でも、これは所詮、模擬練習みたいなもんだ。あいつと戦う時、俺はちゃんと冷静に判断できるだろうか)
もしかしたら、こういう時に限って、予期せぬ動きをしてくるかもしれない。
そうなれば、まだ未熟なオースには対応しきれないだろう。基本を学んでいる訳ではないし、学んだことを応用する技量もないからだ。そう思うと、恐ろしくなった。
(2度、レイの頬を殴っただけで……終わってもいいのか? 本当に大丈夫なのか? あの巨漢に……勝てるのか?)
自分の中で、士気が下がっていくのを感じた。不安でしかなかった。
「凄い剣幕だったから、鳥肌が立ったよ」
「その肌ごと、剥いでやっても良かったかもな」
恐怖を見透かされないよう、虚勢を張る。本来、オースは弱い所を見せるのを良しとはしない。これ以上、曝け出すのは耐えがたい苦痛だった。信頼を寄せる相手であれば、あるほどに。
「おやおや、それはそれは……毛皮のコートにされちゃうな」
「は?」
オースは、顔をしかめる。彼は、同じ人間だ。毛皮要素は、皆無に等しい。
すると、彼ははっとした表情を浮かべて言った。
「っと、物の例えさ。そんなに真面目に捉えないでくれ。それにしても、本当に凄かった。もう、リュウホウ殿に勝てる機会を手に入れたと言っても、過言ではないだろう」
「当たり前だ。俺は、ずっと前から強かった」
(……今まで、俺はあいつに触れることすら叶わなかった。殴られるままに殴られ、蹴られるままに蹴られ、暴言を浴び続けたのに?)
本心を言えなかった。共にいた時間が長いからこそ、恥ずかしい。本当は不安に押し潰されて、消えてしまいそうなくらいなのに。
「彼の動きを模倣した、この私に勝てた。もはや、負ける理由が見当たらないね」
(お前が見たことのない動きをしてくることだってあるかもしれないだろ。1つでも、あいつの攻撃を食らったら俺は……)
何故、彼がそんなに自信に満ちているのか不思議でならなかった。圧倒した訳ではない。ただ、頬を2発殴った程度。たった、それだけで合格だと背を押されても、踏みとどまってしまう。
(なんで、こんなに怖いんだ。これくらいでへこたれるのは、俺じゃねぇ……俺じゃねぇ)
目標は達成したというのに、こんな所で足踏みをしてしまっている自分に不甲斐なさを感じる。これでは、まるで弟ルースのようである。
「……気のせいかな? オースの炎が、次第に弱々しくなっているように見える」
隠しているつもりであったが、彼に見抜かれてしまった。オースの変化に鈍くなったり、鋭くなったり、忙しい男である。
「そんなこと……ねぇよ」
とりあえず、否定をしてみたものの、流石に通用しなかった。彼は、にこやかな笑顔を浮かべ口を開く。
「植え付けられた恐怖は、そう簡単に取れるものじゃない。オースが、味わった苦しみだけ深いものだろう。よくわかるよ。だけど、乗り越えなければならない時はあるんだ。大丈夫、オースはもう1人じゃない。共に乗り越えよう」
1人ではない――そう言われ、心が少し軽くなるような感覚を覚えた。
故郷もない、家族や仲間は死に、唯一の肉親である弟は手の届かない所に行ってしまった。1人でどうにかしていくしかないと思っていた。そんな中で、そう言葉をかけられて素直に嬉しかったのだ。
「駄目だと思ったら、私との日々を思い出すといい!」
ひっそりと喜んでいると、彼は自信たっぷりに胸を叩いた。その姿に、オースは唖然とした。そして、自分が恥ずかしくなった。
「……よくもまぁ、恥ずかしげもなく平然とそんなことを言えるな」
「え? 具体的に、どの辺が恥ずかしいんだい?」
その突っ込みに対し、彼は不思議そうに首を傾げた。
「自分と過ごした日々が特別だと、自分から言ったことだよ!」
「ううん? 当然じゃないか、友となった私達の積み重ねた日々が特別でないはずがないだろう」
「友?」
オースが顔をしかめると、彼は今までにないほどに高笑いをして言った。
「ハハハ! オースが言ったんじゃないか。今日もこの関係で終いだと! 話し相手は卒業して、友になるってことだろう! だから、友として応援している! オースの勝利を!」
そういうつもりで言ったのではなかったが、そう解釈されてしまったみたいだった。
(まぁ……別にいいか。こいつの力は、確かに大きい。友達になって、俺に害はないだろう)
オースは困惑したものの、苦笑いをしながら頷いた。訂正するのも面倒だった。それに、彼と過ごす時間は存外悪いものでなかったからだ。
「ったく……わかったよ。応援されてやる、ダチとして」
「あぁ! ありがとう!」
そして、ついに我慢しきれなくなったのか、迷いなくオースに抱き着いた。
「もう、やめろって! ベタベタすんな! あぁ、もう!」
そう反抗するオースであったが、どこか表情は明るいのであった。
――そして、その時は訪れる。




