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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第三章 地の魔物

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私を見て

 その日から、レイとの特訓が始まった。特訓の日々は、何かを得られるようで得られない――一進一退の繰り返しだった。


「凄い! 前会った時よりも、私の拳を受け止められるようになっているじゃないか!」

「うるせぇ!」


 あのリュウホウに認められたというだけあって、彼も中々の強さだった。華奢な体からは想像もできないほどの強い力で、蹴りやパンチを披露する。リュウホウには遠く及ばないけれど、今のオースには敵う相手ではなかった。


「しかし、これではまだまだ……リュウホウ殿に触れることすら叶わないよ」


 オースの背後に回り、右手を掴んで捻り上げる。そして、挑発するように耳元で囁いた。


「そんなこと、この俺が1番わかってんだ! うぅぅっ!」


 明らかに自分が劣っている。それが目に見えて、悔しくてたまらない。どうにかしたいと足掻いても、どうにもできなくてもどかしい。


「焦っちゃ駄目だ。急いては事を仕損じるよ。大事なことに気付けなくなる。動きをよく見るんだ、動きを。まずは、観察だよ」


 何とかして脱出しようと暴れるオースに対し、彼は諭すように言った。わかっているからこそ腹が立ち、思わず声を荒げる。


「あぁ!? 偉そうに説教か!? 話し相手辞めるぞ!」

「それは勘弁だ! 仕方ない、今日はこれまでにしておこう」


 彼は、慌ててオースから手を離す。この脅し文句が、この鍛錬の終了の合図だった。


「はぁ……」


 無力さを痛感するのは何度目か。オースは、ぐったりとその場に座り込む。


「ため息をつかないで。オースは、確かに成長しているよ。また、次に会える時に頑張ろう」

「実感湧かねぇっうの……」

「顔が暗いよ。も~、じゃあ、私がオースを今日こそ笑顔にしてみせよう」


 鍛錬が終わった後は、決まって駄弁る。大体、落ち込むオースを励ますためにレイが話を切り出す。それ故、オースはだいぶ彼について詳しくなっていた。

 オースと同じ神聖ランプト王国出身で、貴族の出だということ。好きな料理はトマトの乗ったトーストで、嫌いな料理は、ラム肉を使った料理全般であること。運動よりも勉強の方が得意で、夢中になれば寝るのも忘れること――他にも色々聞いた。どれを聞いても、笑顔にはなれなかったが、プロフィール部分はかなり頭に入っていた。


 そして、この時間がオースにとって唯一自分を出せる時だった。彼とは、立場的な意味で対等だと感じられたから。

 その時間が終わる時、彼は忽然と姿を消す。テウメに呼ばれて強制的に戻されるらしい。その後、決まって現れるのは――リュウホウ。


「――呑気に楽しそうなことだなっ!」

「がっ!?」


 リュウホウの拳が、みぞおちを的確に捉える。


「いつまで経っても成長しない! どこまでも仕方のない奴めが!」


 次から次へと浴びせられる拳に、オースは顔を歪める。


「くっ!」


(駄目だ。全然余裕がない。また、このままで終わるのか……)


 現れたことと、攻撃を受けていることだけはわかる。けれど、対処する方法が見えなかった。そんな自分に腹が立って、許せない。

 いつもの如く、目を逸らし視界に入れないことでその不快感から逃れようとした時だ。ふと、脳裏にレイの言葉がよぎる。


『動きをよく見るんだ、動きを。まずは、観察だよ』


(動きをよく見る……観察か。そういえば、こいつの動きを観察なんてしたことなかった。いや、する余裕がなかったんだ。動きなんてほとんど見れなかった)


 最初の頃は、反撃することに必死だった。見えてもいないのに、立ち向かおうとしていた。やがて、心が折れて、サンドバックに徹し、時間が過ぎるのを待ち続けるようになった。どうせ、無理だと諦めて見ることすらしなくなった。目を逸らすことで、現実から逃れようとしたのだ。


(見ることに集中すれば……俺にも、勝機があるかもしれねぇ)


「また今日も這いつくばっておしまいか?」


 敵を知らずして、勝利を収めることは到底不可能。オースは、1つ覚悟を決めた。


(これで何もわからなかったら、文句言ってやる)


 そんなことなど露知らず、彼は不満げな表情で見下ろす。


「本当につまらぬ男だな」


 そして、何度も何度も踏みつけにする。普段であれば、絶対に見ないようにしていた。あまりにも屈辱的で、耐えがたい光景だから。


(耐えろ。耐えろ……絶対に目を逸らすな。あいつを見続けろ)


 足が踏み下ろされる瞬間は、反射的に目を閉じてしまいそうになる。その度、オースは歯を食いしばって、目をかっ開く。


「それでも兄か? だから、貴様は選ばれなかったのではないか!?」

「っ!」


 地面に這いつくばるオースを掴み上げ、無理矢理立たせる。そして、背後に立つと、右手を掴んで捻った。


「情けない兄めが」


 耳元で煽り、さらに屈辱感を味合わせてきた。その1連の流れをきっかけに、オースはあることに気が付く。

 

(あれ、この動き……似てる。いや、似ている所じゃない。まんまじゃねぇか!?)


 そう、レイが先ほど見せた動きと一致していることに。どちらも「見て」いたから気付けた。どちらか一方を見逃していては、この答えには辿り着けなかった。


「知っているか? 貴様の弟は、公式に勇者として発表された。それにひきかえ、貴様はこんな所で何をしているんだかなっ!」


 双子の兄弟でありながら、ここまで差がついているということを、彼は伝えた。いつものオースであれば、その事実にショックを受け、落ち込み深く傷付いたことだろう。

 しかし、見て思案することに集中するオースの耳に、彼の言葉は届いていなかった。


(そうか、動きをよく見ろってはこういうことか。できる限り、同じ動きをするから、ついていけるようにって……こいつの癖を覚えろってことだったんだな。くそ、なんかむかついてきた。直接言えよ、めんど)


 ありがたさを感じる一方、はっきりと言葉で語らぬレイに苛立ちも覚えた。まどろっこしいやり方は、あまり好まない。

 もし、動きを真似ているということに気が付かなかったら、ただ時間がかかるだけ。いつかは、自然と体が動きを覚えていたかもしれないが、明らかに非効率的であった。


「兄として、この醜態はどうするつもりだ!?」

「はぁ、はぁ……」


 理不尽な暴力を、一方的に浴び続けるオースの体は既に限界を迎えていた。傷は癒えるが、それが間に合わぬくらいの力と速度で害される。痛みも蓄積して消えない。


(ヤバイ。頭がぼーっとしてきた。駄目だ、ちゃんと全部見るんだ。目を慣らせ!)


 朦朧とする意識の中でも、オースは見ることをやめない。強く、より強く自分を保ち続ける。

 

「どこまで、この我をがっかりさせれば気が済むのだろうな?」


 ようやく、攻撃の手がやんだ。それで、オースの集中状態は途切れた。精神的な疲労感が、どっと襲う。


「大人しくなれば、それで済むと思わぬことだな。役立てるようになるまで、我はずっとここに来るからな」


 それだけ言い残すと、オースから手を離した。支えを失い、その場に勢いよく倒れ込む。床に叩きつけられた痛みは、既にある痛みと比べればなんてことはなく、今後について考える余裕があるほどであった。


(ずっと、ここに……か。それだけ、俺が予習と復習ができるってことだな。完璧に覚えてやるさ。レイみたいに、動きを再現できるようになるくらいまで!)

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