重なる姿
それからも、しばらくリュウホウに殴られ、蹴られ、罵られる日々が続いた。時折、テウメが愛情を注ごうと部屋を訪れるが、受け入れることはできなかった。味方かのように振舞ってくるが、所詮はリョウホウや蝶女と同じ穴の貉。はっきりとしない部分もあり、身を委ね過ぎることを本能的に恐れていた。
(いつまで、俺は……)
出ることも許されず、朝も夜もないこの場所では、もはやその2人しか刺激がない。けれども、その刺激を楽しむ余裕も元気も、心身共にボロボロになったオースにはなかった。
(ずっとこのままなのか……)
果てぬ絶望にオースが打ちひしがれていると、何者かが歩み寄ってくる気配を感じ取った。
(誰だ……暴力野郎か? 白髪女か……?)
顔を上げると、そこにはそのどちらでもない男性が1人佇んでいた。オースと目が合うと、儚げな笑みを浮かべる。
「誰だ、てめぇは……」
「私の名前は、レイナル。君は?」
白髪に、端正な顔立ちと華奢な体。どこか漂う高貴な雰囲気。テウメに似た雰囲気に、自然とオースは身構える。
(白い髪……あの女と同じ)
急に現れて、友好的な態度もさらなる不信感を煽った。
「急に現れた奴なんか信用できるかよ。どうせ、てめぇもあいつらの仲間なんだろ。俺を痛めつけにきたのか? それとも、観察でもしにきたか?」
サンドバックのように殴られるか、研究材料として観察される日々。気が付けば、卑屈になっていた。疎んでいた弟のように。
「違うよ。私は……友を求めていた。ようやく念願叶い、君のいる部屋へと通された」
明らかな敵意を向けられても、彼は穏やかな笑みを崩さない。そして、事情を説明する。
「どういうことだ?」
何らかの権限を持たされている人物の発言ではないように感じ取れ、オースは聞き返した。
すると、彼は座り込んで、オースの目をじっと見ながら語り始める。
「私は、魔王軍に命乞いをした結果、捕らえられ……長い間、幽閉されていた。時の流れもない場所で、ただ暴力を受ける日々。私は、そんな状況を分かち合える友が欲しいと思った。そして、優しく接してくれるテウメ殿に願った。すると、ここに通されたのだ。まさか、驚いた。人間の仲間が、他にもいたなんて……」
「お前も、人間なのか!? 俺と同じ?」
彼の口から発せられた「人間」という単語。それに、オースは過敏に反応し、容姿を確認をまじまじと確認する。
(確かに変な耳も尻尾も生えてないし、無駄にでかくもない……俺と同い年くらいか?)
「その通りだ。証明のしようがないが、信じて欲しい。そして、一方的なこととは思うが、どうか友になってくれないか」
次々と衝撃的なことを伝えられる最中、彼は小さな願いも告げた。その反動が大きく、オースは困惑してしまう。
「え……いや……」
その反応を見た彼は、口をへの字に曲げて眉尻を下げる。
「駄目だろうか。私は、君の友になる資格はないのだろうか……」
そんなあからさまに落ち込まれると、流石のオースでも罪悪感を覚える。ただ、素直に応じるのも気恥ずかしい。
(資格ねぇ……)
少し思案し、下手に出てくる彼を試すつもりで言った。
「……話し相手くらいからなら、なってやってもいい」
「本当かい!? 嬉しいな!」
普通であれば、癪に障るような言い方だろう。けれども、彼はそれを一切気にしないどころか、両手を叩いて喜びを露わにした。
「話し相手から、だからな」
本来なら、癪に障るであろう部分を繰り返す。だが、それでも彼は不快感を滲ませない。
「あぁ!」
オースの手を取って、満面の笑みを浮かる。何故だか、触られても嫌な気持ちにはならなかった。
「な、なんだよ」
「……ふふ、嬉しくて。つい、ね。折角だから、いっぱい話そう。迎えが来るまでは」
彼は隣に移動して、さらに距離を詰めてくる。拒絶感はないけれど、少し引いてしまう。さらに、試しとはいえ一度尊大な態度を取った手前、フレンドリーには接しにくかった。
「話すって何を? 別に、俺はお前と話したいことなんて今は何も……」
「まずは、君の名前が知りたい。名前を知らないことには、何も始まらないから」
(名前? そんなことを、最初に聞きたがるなんて変な奴だな。こういうタイプは、づけづけくるもんじゃねぇのか?)
そんな偏見を抱きつつも、名前くらいならと無愛想に答える。
「オース=ヴァリアンテ」
「いい名前だね。なんと呼ばれていたの?」
「オース。周りには、そう呼ばれていた」
「いいね、私もそう呼ばせてもらおう」
「勝手にしろ」
すると、彼は突然沈黙し、何やら気恥ずかしそうに口をもごもごとさせる。
(早く言えよ。めんどくせぇ……)
「なんだよ?」
オースが急かすと、彼は決心した様子で口を開く。
「……それと、私の名前を呼んで欲しい。私は、レイと周りから呼ばれていた」
(それだけ? あだ名で呼んでくれってだけ?)
「……図々しい奴だな。まぁ、どうしてもというのなら、呼んでやってもいいが」
「どうしても、さ!」
「……レイ」
ため息交じりに、その名を呼んだ。すると、レイは息を弾ませ、興奮気味に言った。
「あぁ! そうやって名前を呼んでもらえたの、いつぶりだろう!」
「名前呼ばれたくらいで興奮するなよ、気持ち悪い」
「あはは、ごめんごめん」
(変な奴だな。でも、同性同族である分、少し落ち着く。ここにも長くいる感じだし、仲良くしておいて損はねぇかもしれねぇ)
レイに押され気味であったが、ふとオースは本来の自分を取り戻す。
ベールに隠され、その向こうは薄っすらとしか見えないからあの2人が恐ろしく思えるのだろう。だから、そのベールを動かす風が必要だった。恐らく、それは目の前にいるレイ。少なくとも、オースが知らないことを知っているはずだと探ってみることにした。
「お前……レイは、ここで何をしている? 俺は、今の所ずっと閉じ込められっぱなしだ。外に出せと訴えても、あの男は聞く耳も持たず殴るから諦めた。仕方なく、飯を持ってくる女に言っても、できないの一点張り。なのに、レイはなんで出ることを許されたんだ」
話をうんうんと頷きながら聞いていた彼は、真っ直ぐに目を見据えて言った。
「リュウホウ殿とは、真摯に向き合うことを決めた。彼は、私の実力を測っているようだったからね。鍛錬をする気持ちで、立ち向かった。すると、ちょうど今日、私の動きが彼の予測に反したらしくてね。ようやく、一方的な暴力の日々が終わった訳さ。それに伴い、テウメ殿が私の願いを叶えてくれたんだよ」
その目には1点の曇りもなく、嘘ではないのだとオースは感じ取った。
しかしながら、リュウホウの強さは圧倒的。これまで農民として暮らしていたオースには、到底敵わぬ敵だった。
「立ち向かって、予測に反する? そんなん、俺には……」
「気持ちで負けたら駄目だよ、オース。自由を掴み取ろう。そうだ! 友……話し相手として、手伝おう!」
彼は指を鳴らし、勢いよく立ち上がる。
「は?」
そして、彼は手を差し出す。
「手合わせをしよう。リュウホウ殿とは比べ物にはならないと思うけれど、何もしないよりはマシさ!」
(何もしない……そうだ。俺は、そんな奴じゃなかっただろ。村の奴らとは違ったんだ。俺は、行動を起こす!)
「……っ!?」
意を決し手を取ろうとした瞬間、何故だかテウメとレイの姿が重なって見えた。オースは、思わず硬直してしまう。
「どうしたんだい? 怖くなった?」
「な訳ねぇだろ!」
髪色が同じだから、恐怖を刻み込まれた脳が勝手に幻覚を見せたのだろうと思い、オースは今度こそ彼の手を強く握り締めた。




