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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第一章 選ばれた者と選ばれなかった者

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選ばれた者

 時は遡ること、1週間前――。


「俺の村に手を出すんじゃねぇ!」

「ぎゃぉっ!?」


 オースの蹴りが、飛びかかってきた魔物の急所を正確に捉えた。魔物は悲鳴を上げて地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。その死体を肩に担ぎ上げ、小さく鼻で笑った。


「ったく、魔物もしつこいねぇ。これも、魔王様のご命令かよ」


 数年前、この世界に突如として現れた魔王。宣戦布告もなく、ただ無数の魔物を各地へと放った。その勢いは凄まじく、多くの国が次々と滅びた。

 そして今、その脅威は神聖ランプト王国へと迫っている。王都では抗戦が続いているが、滅びは時間の問題と囁かれていた。


「に、兄さん。も、もう倒しましたか?」


 震えながら草むらに身を潜めていたルースが、恐る恐る顔を出した。


「俺の蹴りで瞬殺よ」

「ありがとうございます、兄さんが来てくれなかったら……僕……」

「ったく、いつまで経っても帰ってこねぇから、まさかと思ってな。双子の繋がりって奴か? 何となく分かったんだ。で、どうしてわざわざ村の外なんかに出た?」


 気の弱いルースが一人で外に出るなど、よほどの理由がなければありえない。

 兵士も自警団も、城下の防衛で手一杯。辺境の村は、何が起きても自分たちで守るしかなかった。それを理解しているはずのルースが、危険を承知で外に出た理由が知りたかった。


「小さい女の子の泣き声がしたんです。でも……」


 ルースは俯き、服の裾をぎゅっと握りしめた。


(こいつにしては珍しい。見捨てずに様子を見に行くなんて。逃げる専門のくせに)


  逃げ足だけは速い弟だった。昔、鬼ごっこをすれば、鬼役だと誰も捕まえられないが、子供役だと誰にも捕まらない。そんな厄介な能力があった。


(だが、今回は残念な結果に終わったみたいだな)


「ば~か、それはさっきの魔物だ。子供の泣き声を出して、おびき寄せるんだ。ま、お前にしては頑張ったってことで怒ったりしねぇよ」


 魔物の中には、人の声を使って誘い込む厄介な種もいる。オースは肩をすくめながら、少しだけ笑った。


「魔物……」


 ルースは、どこか納得出来ていない様子だった。いつもであれば、すぐに受け入れるというのに。


「俺が兄貴だったことを誇りに思えば、それでいい」


 弱くて、情けなくて、惨めで哀れな弟。オースにとってルースは、守る対象であり、同時に自分の価値を映す鏡のような存在だった。


(こいつを連れ帰れば、また俺の評判が上がる。いずれは評判が評判を呼んで、誰か俺を連れ出してくれる)


 この閉じられた辺境から抜け出し、名を上げたい。それが、オースが抱く唯一の願いだった。


「よっしゃ、じゃあ帰るか」


 彼背を向けて、意気揚々と一歩踏み出したその時――。


「あの、兄さん。その……魔物の声だったとしても、一応、調べてみてくれませんか?」

「は?」


 思いもよらぬ言葉に、オースの足が止まった。


「見たんです。女の子が……森の奥に消えて行くのを」


 ルースは真剣な眼差しで、遠くを見つめている。その視線の先に、少女の姿が一瞬見えた――そう信じているようだった。だが、オースにはその思い込みめいた様子が気に入らなかった。


「ビビり過ぎて、幻でも見たんじゃねぇの? 今時、小さい子供が1人で森にいるなんて自殺行為だ」


 昼も夜も、魔物が徘徊する世界だ。こんな辺境、大人でも外を出歩くのは危険すぎる。


「でも……! 本当に、僕は……」


 目に涙を滲ませながら、彼は食い下がる。


「何? 俺の言うことが信じられねぇってのか?」

「そういう訳じゃ……」

「見た気がするとか、一応とか、そんな曖昧な話で俺に調べてくれとか馬鹿言うな。ほら、行くぞ」


 そう言って、オースは彼の腕を掴んだ。


「お袋が、シチューを作って待ってる。お前が帰ってこないって泣きながら。涙が隠し味になる前に帰るぞ! 走れ!」


 母は、夕方から泣き続けていた。父も、不安げに何度も言葉をかけていた。どうしよう、どうすれば――そんな声が途切れ途切れに漏れる中、オースは黙って立ち上がり、外へ飛び出したのだった。


「へっ!? 兄さんの足は速過ぎて、僕はつか――」

「疲れたら、たらふく食べられるだろ! 逃げ足使えよ」

「あっ、あぁ!?」


 のんびり歩いて帰れば、余計な心配をかける。オースはルースの手を引き、容赦なく走り出した


「はぁ、はぁ……もうペコペコだから大丈夫ですよ……」


 体力のないルースは、すぐに息が上がる。だが、足を止めても、引きずられてしまうのが分かっているため、必死に足を動かしていた。


「もうバテてんのか? 少しは体力つけてみろよ。いつまで、お家担当でいるつもりだ?」


 斧を持てば、バランスを失いあらゆる方面に切りかかるし、鍬を振り下ろせば、1回で腕が悲鳴を上げる。バケツで水の運搬をしようものなら、全てをこぼして無駄にする。じょうろでの水やりは、重さに耐えられず休憩ばかりして時間がかかり過ぎてしまう。故に、家庭での仕事に専念せざるを得なかった。

 その代わり、料理の腕は村一番。洗濯物を畳む速さも職人級。掃除も完璧で、家はいつも光っていた。


「家の仕事も……はぁ……結構ハードなんだよ……」

 

 まるで“仕事の大変さをわかってくれない夫”に訴える主婦のような顔で、ルースは反論した。


「はいはい、そうですかっと」


 オースは、笑って受け流した。家事の大変さを理解できる日は、まだ遠い。


***


「はぁ、はぁ……疲れました……」

 

 村の入り口が見えてきたころ、ルースは限界を迎えていた。だが、オースはスピードを緩めない。その時、異変に気づく。

 

(……なんだ? 兵士? 馬車?)


 村の入口には、見慣れぬ兵士たちと立派な馬車が停まっていた。近付くと、兵士たちはちらちらとこちらを見て、ひそひそと何かを囁く。


(もしかして、俺の噂が王都まで届いたとか? やっと報われる時が来たんじゃねぇの!?)


 心の中で、オースはこっそりガッツポーズをした。家の前には人だかり。期待は確信に変わる。


「帰ってきたよ!」


 その声は、家の前に集まっていた近所の女性の口から響いた。そして、同時に、母が泣きながら飛び出してきた。そして、オースにしがみつく。


「どうしましょう、どうしたらいいの! あぁ……」

「どうしたらって、そりゃ――」


 言いかけた瞬間、人だかりの中から1人の男性が進み出た。金髪を揺らし、豪奢な鎧を纏った風格ある騎士。その顔立ちは整っているが、どこか鼻につく。


(なんだ、きのこに触覚生やしたみたいな髪型しやがって。カッコつけか?)


 辺境で、年を重ねた者達ばかりに囲まれるオースには理解しがたい髪型であった。


「王の命により参った! ルース=ヴァリエンテ! 我らと共に来てもらおう!」

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