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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第三章 地の魔物

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手のひらの上

 突然のことで体が追い付かず、オースは数メートル離れた所にまで投げ飛ばされる。


「んぎゃぁっ!?」


 衝撃を全身に味わい、思わず悲鳴を上げる。


「受け身も取れないのか。それでも、勇者の兄か。まるで、使い物にならんな」


 無様に倒れ伏すオースに近付き、蔑みの視線で見下ろす。恰幅の良い男性から発せられるオーラに、思わず身震いをしてしまう。

 けれど、理不尽ばかり浴びせてくる男性に負けたくはないと虚勢を張る。


「てめぇ……急に現れて、人をぶん投げて文句を言うとは何様のつもりだ」


 痛みに耐えながら、オースは彼を睨みつける。けれど、それを気にする様子もなく、嘲笑を浮かべて言った。


「我が名は、リー=リュウホウ。軍師を務めている。貴様は、いずれ我が駒となる。気になって様子を見に来てみれば、こんなにも貧弱そうな輩だとは。がっかりだ。使おうにも、使えないではないか」


 暴力に加え、罵倒まで浴びせられ、強い不快感を覚える。見も知らぬ他人に、出会い頭にここまでされる理由がわからなかった。


「んだよ……何の話をしてんだよ。俺に何を求めてんだよ」

「おや、テウメから話を聞いていないのか。あぁ、あの女は言葉が足りぬからな。だから、いつもいつもトラブルになる」

「テウメ……さっきのあの女はそういう名前なのか」


 聞き覚えのない名前だったが、その口ぶりと内容から恐らく先ほどまで会話をしていた白髪の女性だと察して尋ねた。

 すると、リュウホウは哀れみと呆れの混じった表情を浮かべて答えた。


「名前すら教えて貰えなかったのか。その程度の信用ということだ。弱者には、自ら名乗る価値もない――そういうことだ」


 テウメの話を聞く余裕も時間もなかっただけ。見た目は明らかに年上で、それなりに経験を積んでいるように見える。何故、こんな小さなことで煽ってくるのか不思議でならなかった。

 

「はぁ!? 何理論――」

「黙れ。口答えをするな。貴様には、何かを述べる権利はない。弱者に言葉など必要ない!」


 不満を漏らそうとした刹那、彼は容赦なくオースを蹴り上げた。ボールのように高く飛んで、地面に落下する。受け身を取る間もなく、強く背中を打ってしまう。鈍い音が、自身の内面から響いた。


「がぁっ!?」

「我は、しっかりと予備動作を見せたぞ。が、貴様はそれに気付けず、無様にも蹴り上げられた。死に損ないは、駒にすらなれないということか?」


 そう言って、彼はオースを踏みつけにする。図体のでかい男性に踏まれるなど、2度も叩きつけられた体には到底耐えられるようなものではない。


「いってぇなぁ!? 軍師だかなんだか、知らねぇが不意打ち決めてイキってんじゃねぇよ!」


 逃れようと、その足を掴む。が、どれだけ力を加えてもそこに生えてる木の如くずっしりとして動かない。ならばと、自身の体を動かそうとするが、杭を打たれているかの如く動かなかった。


「まだわからぬようだな!」


 オースの姿は、実に哀れに映った。同時に情けないとも。このままでは使い物にならぬと、もう一度踏みつけた。


「がはっ!?」


 踏み下ろされた足は、ちょうどオースのみぞおちにはまり、口から血が飛び出した。


「……がっかりだ。足りない頭では、考えることもできぬだろう」


 彼は鼻で笑い、足を下ろす。そして、背を向けて歩き始める。肩まであるドレッドヘアーが悠々と揺れていた。


「てめぇぇぇぇっ!」


 オースはこれほどまでにコケにされて、大人しく食い下がるような者ではなかった。まだ、プライドがあった。勝てぬ相手だと恐怖しても、立ち向かえる意欲がまだあった。激痛に襲われながらも立ち上がり、彼に殴りかかった。


「どうしようもない奴だな」


 だが、それを彼は平然と受け止める。


「なっ……なん……で」


 一体何が起こったのか、理解できなかった。少なくとも、殴りかかった時にはまだ背を向けていたはずだ。

 ところが、拳が彼に触れようとした時には、オースを真っ直ぐに見据えていた。


「死に損ないの役立たず。学もなければ、能もない。駒にすらなれぬ、哀れな選ばれなかった方。そんな貴様の行動の予測など容易いわ」


 そして、彼の拳がオースの顎を完璧に捉えた。圧倒的な力の差。それを、身に染みて感じた瞬間であった。


「おぇっ! げほっ、げほっ……」


 オースは、がくりと膝を折る。顎を殴られた衝撃は凄まじく、意識が朦朧としていた。音が遠くに聞こえ、視界がぐるぐると回る。

 

「ふん……はぁ」


 そんな姿を見て、リュウホウは小さく息を吐いて姿を眩ませた。


(死ぬ……死ぬ、無理、無理だ……)


 一体、骨が何本折れたのか、出血量がどれくらいなのか、想像することすらおぞましかった。このまま死んでしまうのかと思いながら、震えていると――。


「――あぁ! なんということでしょう! 誰が、貴方にこんな惨たらしいことを……」


 聞き覚えのある声がした。芝居がかった喋りで、実にわざとらしい。まるで、遠くから話しかけられているようであったが、テウメは目前にいた。


「くそジジィ……リーなんとか」


 憎たらしい彼の顔と名前も、ぼんやりとしか思い出せない。声を発するのもやっとだった。


「リー=リュウホウ軍師ですわ。彼は、とても気難しい方。自身の期待にそぐわなかったから、貴方をこんなにも痛めつけたのでしょう。あぁ、ごめんなさい。私がもっと警戒しておくべきでしたわ……」


 目に涙を溜めながら、オースに抱き着こうとしたが、慌てて防ぐ。


「抱き着こうとしてくんじゃねぇ。頭がぐわんぐわんして、気持ち悪いんだよ。なんか……体もさっきよりむず痒いし……」


 その言葉を聞いて、彼女は少し寂しそうな表情を浮かべた。


「痛めつけられたことで、損傷した部分の自己修復を始めているのでしょう。素晴らしい成果ですわ、本当に特別な問題はなさそうです」


 が、語り始めると一転、興奮気味になる。オースの体をまじまじと見つめながら、成果を確かめていた。

 その視線が、気に食わなかった。自分が、物みたいに扱われているようだったからだ。


「あぁ、そうか……良かった良かった。医者いらずで、本当に……はは」


 確かに、気が付けば痛みは小さくなっているし、彼女の声も普通に聞こえる。けれど、それは人間ならばありえないこと。何一つとして喜べなかった。

 

「悲しまないで、これは希望への第1歩ですわ。変化を恐れる気持ちはわかります。けれど、貴方は変化しなければなりません。新たな常識も、いずれは当たり前の常識になります。心が追い付くまでの辛抱ですわ」


 彼女の言葉は、オースには響かなかった。自身と境遇が違う者に言われても、説得力がない。それに、これ以上の変化を受け入れていくことが恐ろしかった。


「……もう放っておいてくれ。1人にしてくれ」


 オースは膝を抱きかかえて、それだけ呟いた。


(これは中々……困ったものですね。やはり、私の元子供が村を焼き、村人を殺し、自分すら殺そうとしたという印象があるから良くないのかもしれません。このままでは……時間がかかってしまいますわ。魔王様を、これ以上焦らすのは本望ではありません。別の策を考えなければ……)


 肝心のオースがこの状態では、どう訴えかけても拒絶されるだけ。固く閉ざされた扉を開くのには時間がかかる。のんびりしている余裕はないと判断し、一旦この場を引くことにした。


「そういう時もありますよね。えぇ、では失礼しますね。あ、ここのテーブルに、食事を置いておきますから自由に食べて下さいね。食事という行為で、是非気を紛らわせて下さい」


 彼女はパンとシチューを置いて、思考を巡らせながら部屋を後にした。

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