屈辱を晴らすための屈辱
魔王側に下ってから数週間、オースはようやく目を覚ました。経験したこともないだるさに襲われ、良い目覚めとは言い難かった。
「う……うぅ……」
「おはようございます。ようやくお目覚めですね。体に、どこか違和感を感じる部分はありませんか?」
違和感のある視界に、見覚えのある女性が現れる。
「全部……つか、俺は……」
「覚えていませんか? 貴方は、貴方の意思で魔王様の下に来たのです」
まだ寝ぼけ頭のオースに変わり、状況を軽く説明する。
「夢じゃなかったのか……」
(あいつが勇者に選ばれたことも、村が滅茶苦茶になったのも、俺が死にかけたのも……何もかもが現実)
すっと眠気が引いて、これまでの出来事を思い返す。あまりにも踏み躙られる日々が続き過ぎて、長い悪夢を見ていた気すらしていた。
「夢だったら良かったですか? だとしたら、私は悲しいですわ。折角の出会いであるというのに」
力を失ったように彼女の耳は垂れ下がり、表情が曇る。露骨に落ち込む彼女を横目に、ぽつりとオースは言葉を漏らす。
「全部夢だったら良かったよ。どうして、俺がこんな目に……?」
村の中では、誰よりも頑張ってきた自信があった。そんな自身に対して、あまりにもむごい仕打ち。他人に気遣う余裕もなく、天を恨む他なかった。
「大丈夫ですわ」
すると、彼女は突然オースを抱き締めた。
「やっ!? は、離せよっ!」
異性とこんな距離で接したことのないオースは驚いて、思わず突き飛ばす。
(びっくりした。なんで、こんなに心臓がバクバクする? 緊張してるのか? 馬鹿か? 俺は)
綺麗だとは思うが、正体は魔物。好意はなく、どうしてこんな反応をしてしまっているのかとオースは戸惑った。
「ごめんなさい、思わず……とっても悲しそうに見えたから」
拒絶された彼女は、しょんぼりとした様子を見せる。
(そんながっつり落ち込まれても、急に女に抱き着かれて平然と受け入れられる男なんていんのかよ。俺が悪いみたいな……俺、悪くないよな?)
「き、急に抱き着かれても困るんだよ。別に、そんなの俺は求めてない。そんなことより、俺はお前に色々と聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう……?」
オースは気になっていたことを伝え、話を逸らすことにした。これ以上、この話を続けていると何だか恥ずかしいし、自分が悪人のような気分になってしまうからだ。
「俺は、どうなってんだ。なんか、いつもより視界が狭く感じるんだが」
1番
目覚めた瞬間に、いつもと違うことに気が付いた。違和感を感じる部分は多々あったものの、1番強く感じたのは視界だった。
「あぁ、そのことですか。左目の方を触ってみて下さい」
そんなことかと彼女は笑顔を浮かべて、自身の左目を指差しながら答えた。オースは言われた通りに、左目に触れる。
すると、感じたのは肌の温もりではなく、布の繊維であった。
「んだ? これ、布? いや……包帯か? どういうことだよ。他の部分は何ともねぇじゃねぇか。なんで、ここだけ……どうなってんだよ」
オースの見える範囲の体の部位は、特別何もなく回復していた。炎に焼かれたとは思えないくらい、いつも通りの状態だった。
「正確なことは、わかりません」
彼女ならば、何か知っていると思った。だが、望む答えは得られずオースは不満を口にする。
「んだよ、使えねぇ。くそ、不便じゃねぇか」
オースの様子を見て、彼女は逡巡する。何の根拠もなく、不確かな己の考えを伝えることは正しいのかと悩んだからだ。
が、このままではオースは苛立ちを募らせ、後から事実を知る方がさらに不信感が高まることが予想された。それは、魔王の命令を遂行するのに支障をきたすと考えて口を開く。
「……ただ、可能性の1つとして言えることはあります。私は、あまりこういう考え方は好みではないのですが」
「あぁ?」
「人間としての部分が、最後に抵抗をしている……かも、と。前例がないもので、ふんわりとした言い方になりますが」
オースは、彼女の言葉に不快感を覚えて突っかかる。
「待てよ、もう俺が人間じゃねぇみたいな言い方するじゃねぇか。手も、足も……前と何にも変わってねぇぞ」
改めて、自身の体を確認する。だが、その姿は人間そのもの。変な羽が生えていたり、体がおかしくなっていたりということはない。
「えぇ、見た目の部分は特別変わっていませんよ。しかし、本来の貴方は黒焦げになりました。通常であれば、人間の回復力でここまで元通りになるのは不可能です。これが成せたのは、魔物の細胞を貴方に移植したから。要するに、貴方の体の9割は、魔物になっているんですよ。それが、人間と言えますか?」
苛立つオースを、彼女は冷静に諭す。人間のままであったなら、ここまで元通りになることは決してなかった。あくまで、魔物の細胞を取り込んだから元に戻っただけなのだと。つまり、今のオースは、人間の皮を纏った魔物だ。
その状態で、人間であることを主張するなど彼女から見れば滑稽にしか映らない。
「俺が、魔物?」
(あいつは勇者に選ばれたっていうのに、俺は……魔物になったのか?)
覆しようのない事実を示されたこともあって、否定することもできない。
ルースは、神聖なものに選ばれた。けれど、オースが選ばれたのは世界を滅する道具である魔物。天と地ほどの差が、ただただショックだった。
「生きたいと、私の手を取ったではありませんか。そのために、尽力した次第ですよ」
「くっ……」
その通りだった。死んだら、ルースに負けたままになってしまうのが嫌だった。その結果、屈辱を晴らすために屈辱を受けた。
『でも、ここで私たちの手を取れば……全て覆すことができますよ。魔王の配下として、勇者と戦い勝利する。それは、屈辱を晴らす結果に繋がると思いませんか? 弟にも天にも』
あの時、かけられた言葉達。それらは、全て都合の良い所だけを伝えていたのだ。こんなことになるなんて、知らなかった。
(世界破壊趣味のある奴の一味の言葉は裏だらけだ……)
「気分を害してしまったのなら謝ります。ですが、そう悲観的にならないで下さい。魔物の細胞を手に入れた今、貴方には無限の可能性があります。慣れていけば、大いなる力を手に入れられることでしょう。そう、天の力を操る勇者に打ち勝つほどに強くなれるでしょう」
オースが、失意と絶望に包まれているのがわかった。けれど、彼女はその気持ちを利用することを考えていた。どうすれば、オースが元気を取り戻すかはよく知っていたから。
そして、見事にそれは的中する。
「魔王ってのは、そんなにすげぇのか?」
勇者よりも強くなれるという言葉に釣られ、オースの声色が僅かに明るくなる。
その変化を、彼女は聞き逃さなかった。さらに、つけ込んでいく。
「魔は、生命がある限り増大していきます。魔王様が強くなれば、その影響を受ける私達も強くなります。いずれは、天すら凌ぐでしょう。未だかつて、そんな素晴らしい魔の力を使いこなした人間はおりません。前例に……第1人者になりたくはありませんか?」
魔を得ることのメリットしか、彼女は伝えなかった。しかし、オースは先ほど感じた憤りなど綺麗さっぱり忘れ去っていた。
思うように事を進めた彼女は、自身の耳を触って満足げに微笑んだ。
「俺は強く――」
「そんな未熟者には、魔王様の力は使いこなせん。どけ! 我が、見合うように鍛え直してやる!」
どこからともなく野太い声が響き渡ったかと思えば、今までやり取りしていたテウメの姿が跡形もなく消え去る。その代わり、現れたのは――図体のでかい男性だった。
「ふんっ!」
男性は、オースの首根っこを掴み、躊躇なく投げ飛ばした。




