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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第三章 地の魔物

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違う価値観

 不気味な空間にある玉座で、ふんぞり返る影。その影は、近付く気配を察して意気揚々とした様子で声を発する。


「おお、来たか。テウメよ」


 優雅に現れる、この場には似つかわしくない白き女性。彼女の名は、テウメ。

 テウメは、魔王軍副官として忠実に仕事をこなす。その内の仕事の1つが、オースを魔王軍にスカウトすることだった。


「遅くなりました」


 彼女は、頭を下げる。


「それで、状況は改善したか?」


 そう言葉をかけられて、彼女は頭を上げて微笑む。


「ええ、少し手間取りましたが……アレは無事に引き込めましたわ」


 彼女は、仕事の進捗を報告する。

 1度は部下の失態で全てが無駄になりかけたが、咄嗟に駆けつけた彼女の判断は正しかったと言える。

 本当は、部下を信じていたかった。自分が生み出した子供なら、やり遂げられると見守っていたかった。全て裏切られた気持ちだった。


「そうか。怪我の状態は?」

「一時は黒焦げで、瀕死の状態でしたが……魔物の細胞を移植した結果、ほとんどが再生しました。じき、意識も戻るでしょう」


 しかしながら、彼女は大人だ。失意を、笑顔で隠しながら報告した。


「それはそれは、実に喜ばしいことだ」


 魔王は、声を弾ませる。過程はどうあれ、結果が望み通りになったのだから満足だった。上手くいけば、何よりも強大な武器になるであろうから。


「ですが……1つ問題が」

「なんだ?」


 が、その言葉に晴れやかだった魔王の気持ちは僅かに曇る。


「顔の左半分だけが、治りが遅いのです」

「その程度のことか……それは、不思議な話だな。アレ特有のものか?」


 問題と言われれば、最悪の事態が脳裏をよぎる。しかし、想定よりも遥かに易しいことで、魔王はほっと胸を撫で下ろす。


「いくつかの被検体でも検証を重ねて参りましが、アレのように融合が上手くいった試しがないもので……現時点では、説明できかねます。申し訳ございません」


 炎に焼かれ、黒焦げになった人間の処置も初めて。成功するか否か、それすらも明らかにならぬままに魔物の細胞を移植した。

 拒絶反応が出れば、人間という生き物はすぐ死に至る。魔物の細胞は何者も拒まない。しかし、人間はあまりにも繊細。異物と認識すれば、すぐさま攻撃をし始める。攻撃を受ければ、魔物細胞の免疫機能が反応してしまう。そうなると、圧倒的な力を前に人間の細胞は朽ちてしまう。


「なるほど……つまり、もっと被検体が必要であるということか」


 たった1度の成功例では、心もとない。根拠を導き出せるくらいの結果が必要だった。


「えぇ。どこから調達致しましょうか」


 彼女がそう尋ねると、魔王は聞くまでもないと言うように鼻で笑う。


「ふっ、そんなもの……わしらに歯向かう者達から奪えばよかろう。好きにして構わん」

「御意」


 わからぬなら、わからせるまで――それが魔王のモットー。魔王軍側も、最初は対談を申し込む。ところが、いつも交渉は決裂する。下ることを恐れ、拒絶する。抗わず、大人しく従えば失う必要もないことを理解する者には中々出会えない。

 この世界でも、魔王に頭を垂れたのは片手に収まる程度。空しいが、それが実情。わからせる前に、大抵は死んでしまう。理解力の乏しさに、魔王は首を傾げるしかなかった。


「それにしても、実に愉快じゃな。勇者の片割れが、我が物となろうとは」


 魔王の言葉に、彼女はくすりと笑う。


「あらあら、これは魔王様が望んだことではありませんか? 魔王様が望まなければ、私達もアレの存在を知る由もありませんでした」


 彼女らは、あくまで下された命令を守るために忠実に動いたまで。勇者がいる村のこと、勇者が対であること、その情報を教えたのは魔王だった。


「この世界群の管理者は、必ず勇者を用意しておる。そして、万が一に備え、勇者は対だ」

「いわゆるスペアですか?」


 沢山の世界が、互いに存在を知らぬまま存在している。基本的には関わり合うことも、繋がることもない。用意された方法以外で、例外が発生せぬように世界の管理を任されている者達がいる。いわゆる神であり、この世界では天と呼ばれる存在だ。

 しかしながら、管理者としての自覚がない者が多く、ほとんどは放置されている状態。その中で、この世界の管理者は違っていた。そのため、法則に気付くまでは魔王も手間取っていた。


「その通りだ。別の世界群での侵略行為を受けて、この世界群の管理者は勇者を防衛システムとして置いたのだ。だが、1つしかないとなると不安だったのであろう」


 この世界群に侵攻してから、毎回毎回祭り上げられている勇者という存在。それなりの強さはあるものの、魔王軍がまた新たな世界に侵攻しているということはそういうことだ。


「あぁ……そういえば、これまでも倒したと思ったらまた似た顔の勇者が湧き出てきたことが何度かありましたね。最初の勇者よりも大したことなくって、すぐに倒してしまいましたので忘れておりましたわ。これって意味あるのでしょうか?」


 これまでの出来事を思い出し、彼女は鼻で笑う。世界を守るという強い意思で、真っ直ぐに立ち向かってきた勇者。しかし、元々は無力な者。魔そのものである魔王軍を前に、花のように散った。

 そして、再び侵攻をしていると、似た顔が挑んでくることがあった。触れば崩れるような弱さで、言われるまでは思い出すこともできなかった。


「まぁ、勇者として鍛え上げられた存在と比べれば、歯ごたえがないのは当然と言える。しかし、それでも可能性の種は完全に消し去っておきたい。少しでもタイムロスを防げるのならば。あちらとしては、時間稼ぎが目的であろうからな」

「なんと愚かな……まだ何か足掻いているのですね」


 魔王に、余計な手間をかけさせている天に彼女は強い憤りを覚えた。

 そんな彼女をたしなめるように、魔王は笑みを浮かべる。先手を打っているのは、魔王側。後手に回っているのは、あちら側。優勢である現状が、余裕を与えていたのだ。


「まぁ、奴もいずれは絶望する。愉快であろう? 自分の用意した物が、盾突くなど」


 そんな魔王の姿を見て、彼女は朗らかな気持ちになる。


「えぇ……これからのことを思うだけで、ゾクゾクしてきちゃいますわ」


 まさか、己の用意したシステムを悪用されるなどとは世界の管理者は思ってもいないだろう。その失意と絶望を味わった時、一体どんな表情を浮かべるのだろうかと――彼女は想像して興奮していた。


「あぁ、実に。アレは、まだまだ未熟な種。今のままでは、戦力にもならぬ。無能をただ置いておくようなことはあってはならぬ。勇者の兄としての破壊力、更なる絶望を与えられるように……テウメ、頼んだぞ」


 現状では、肩書にしかオースには価値がない。オース自身の価値は、ほとんどない状態だ。まずは、それを高めていくしかなかった。

 彼女に新たに与えられた仕事は、オースの育成。彼女の表面的な優しさは、男性の心をいいように操るであろう。それが、魔王の判断であった。


「えぇ、お任せを」


 彼女は、手を胸に当てて頭を下げた。魔王から信頼を得ている――それを決して裏切らぬよう、その期待を上回れるようにと使命感に静かに燃え頷いた。

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