絶望の果て
その後――家の横で、娘が事切れているのが確認された。しかし、妻だけはどこを探しても見つからなかった。
先ほどまで、村に流れていた穏やかな雰囲気が嘘のよう。絶望だけが、この場を完全に支配していた。
「どうして……」
その家族が住んでいたのは、村の外れ。村の集落から離れていて、人目につきにくい位置にあったことが、今の今まで襲撃に気付かれなかった原因だと思われた。
「なんで、俺の所なんだ……」
地面を静かに殴りながら、ぽつりぽつりと漏らす言葉が、村人達の心を抉る。
「俺達が何したって言うんだ……」
そして――。
「討伐隊にさえ参加させられなければ……」
悲しみという感情の中で、徐々に怒りが顔を出す。もしもの可能性が、見えてしまったから。
「俺が、3人を連れ出すことくらいできたかもしれねぇ……」
手に負えない敵よりも、身近にいる存在を敵として見なす方が楽だったのだ。
「オースが身勝手なことをしなけりゃ……こんなことにはならなかっただろうがっ!」
彼は力強く、地面を殴った。静まり返る場に、鈍い音が響き渡る。
「あいつは、勝手に飛び出していったんだろう!? なら、全部自己責任だろうが! 全部、全部、全部っ!」
「やめろ、それ以上責めても――」
「うるさいっ! あんたに何がわかるんだ!」
村長がたしなめようとしたが、どんな情けも優しさも、今の彼には蔑みにしか聞こえない。
「あの……」
その様子を見て、母は声をかけようとする。すると、母の肩に手を置いて、父は首を振った。家族を永遠に失った痛みは、この場にいる誰も受けとめきることはできない。
それに、彼にとってヴァリアンテ家は諸悪の根源。どんな言葉をかけても、火に油を注ぐことになるだろう。
「俺が何をしたっ! もう……! もう、放っておいてくれ……1人にしてくれ……」
怒りを爆発させたら、次は虚無感に襲われた。子供達があんな状況で、妻が1人生き残っているとは思えなかった。愛する家族を失った以上、もう生きている意味と価値がわからなくなった。
「残念だが、それはできない。襲撃があった以上、1人で留まるのは危険だ。それに、ここは……村の中でも1番人目につかない。私にも責任がある。ちゃんと、お前の家族をちゃんと弔いたい。そのために、お前がいなければ意味がない」
人が亡くなったということは、選択を誤ってしまったという証明。
それでも、自身に与えられた役割は選択から逃がしてはくれない。取り返しのつかない過ちと向かい合い、再び選ぶしかなかった。
「くっ……う、ぅう……」
ついに、彼の目から涙が零れ落ちる。
「奥さんだって、どこかに逃げているかもしれないだろう。希望を捨てるな。絶望に囚われるな。前を向くのをやめたら終わりだ」
「他人事だと思って……」
村長のその言葉は、全て綺麗事にしか聞こえなかった。こんな状況で、妻が生きているはずがないと察していた。
「なんとでも言えばいい。いくらでも聞く。だから……従ってくれ。立てるか?」
村長が手を差し出すと、彼は視線を向け、しばし考えた後に舌打ちをした。
「ちっ……別に、1人で立てる」
素直に受け止められなかった彼は、その手を振り払い、ふらふらと立ち上がる。
「彼を頼む。私の家に」
村長がそう言うと、2人の男性が出てきた。
「はっ、別に俺は何ともねぇんだから……なんせ、俺だけが無傷なんだからよ……」
それを見て、彼は鼻で笑う。そして、おぼつかない足取りで1歩ずつ村長の家のある方向へと歩き始めた。そんな彼を支えようと、男性らが肩を持った。
「必要ねぇって」
だが、それもまた受け止めることが出来ず、仕方なく彼の後ろをついていった。
その様子を確認した後、村長はその場に留まる村人達に向かって言った。
「本日は、討伐及びオース捜索を中止とする。村の安全確保のためだ。理解してもらいたい」
多くの者は、納得した様子で頷いた。だが、当然ながらオースの両親にはその発言を受け止めることはできなかった。
「で、では、僕だけで……!」
「無謀だ。それは認められない。安全と状況が確認されるまでは、村から出ることは認めない。迂闊に出たら、魔物に出くわす。まだ、村で大勢で行動した方が威嚇にもなるだろう」
「そんな……では、オースは?」
母は、恐る恐るといった様子で尋ねた。村長は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて答える。
「それなりに武器は持っている。それに、オースはそれなりに筋がいい。信じるしかない」
「あぁ……あぁ! うぅ……」
ヴァリアンテ家にとって、それは絶望的な決定だった。思わず泣き崩れる母に、父はそっと寄り添う。
その姿を見て、村長は心を突き刺されるような気持ちになった。それでも、白か黒、はっきりつけなければならなかった。
「男達は息子の遺体を綺麗にするのと、遺体の搬入を頼みたい。そして、女達は娘の遺体と家を綺麗にしてやって欲しい。それと、今日は全員集会所と私の家で過ごすように」
そして、ヴァリアンテ夫妻以外の村人達は指示された役割に沿って動き始める。
「遺体は家の中に置いた方がいいか?」
「いや、中は臭いが充満していてきつい。だから、外に布を敷いてそこでやろう」
「わかった」
まずは男性達が、遺体を外に並べた。改めて、日の光の下で見る2人の姿は、あまりにも惨たらしかった。えぐられた皮膚、剥きだしになった骨、血に染まる衣服。誰1人として、直視できるようなものではなかった。
「吐きそうだよ……うぅ」
「あぁ……どうか、報われますように」
「綺麗にしてあげなきゃね」
「まだ人生これからだって言うのに……」
「こんなご時世で、これからもくそもねぇよ……でも、こんな死に方はねぇよ……」
それぞれ吐き気を堪えながら、せめてもの弔いをと2人の遺体を丁寧に拭き上げていく。そうしていると、これは現実なのだと思い知らされていく。
ぴくりとも動かぬまぶた、冷え切った体。過去と、あるはずだった未来が脳裏によぎる。
「お姉ちゃんの方は、とっても歌が上手だったわねぇ」
「弟の方は、ギターが好きだったよなぁ。ハハ……いつか、わしにも教えてくれって約束したばっかりだったのに。こんなことになるなんてなぁ」
「たまに、2人で練習してるんだって奥さんも言ってたわ……」
必死で綺麗にしていた彼らの腕が止まる。涙が溢れて、それどころではなくなってしまったのだ。
こんな形での別れは、予想していなかった。きっと、自分達は大丈夫――根拠はないがそんな慢心があったから。
けれども、例外などないと知った。これまでが、奇跡だった。村があるから、仲間がいるからという妄言は魔王には通用しない。散らしてしまえば、最初からなかったのと同義なのだから。
「どうして……争いの場ではないのに、争いの場と同じような思いを皆がしなければならない? 私に、もっと村長としての力量があれば、こんなことには……」
村人達の様子を見て、村長はぼそりと呟いた。それは、誰にも届かずに彼の心の中で重く留まり続ける。
平和で穏やかな暮らしを村全体で実現するために、村長という役割を引き受けたというのに、あまりにも苦しい現実だった。




