絶望の食卓
数時間後、強制的に村の男性達は集められた。理由は単純だ。無謀にも飛び出していったオースを連れ戻すためだ。両親の懇願により、村長が決めた。
「はぁ……」
「あいつ、馬鹿じゃないのか? 昨日、ぶっ倒れてただろ。そんな状態でよくもまぁ……」
「嫌だなぁ。1人のために、俺達は仕事を放り出さなきゃならんってさ」
「仕方ないだろ。こっちは数で勝負しねぇとさ、いざって時にどうにもなんねぇんだから」
皆が参加を促される中で、自分だけが行かないという選択をしたら、陰で何を言われるか――そんな不安があった。村という小さな社会で生きているが故。この状況では、同調するしかなかった。
「まぁまぁ、そんな大きな声で文句を言うなよ。あっちにヴァリアンテらがいんだから」
「おぉ、ほんとだ」
見つめる先には、ぺこぺこと頭を下げる両親の姿があった。
「すみません。すみません……本当にすみません」
「皆さんに、お手数をおかけしてしまい……僕もちゃんと戦います。お力になれるかどうか不安ですが……」
普段だったら、父は留守番担当だ。けれど、これはオースの命にも関わる問題だ。意を決し、猟銃を握り締めて、討伐隊に加わった。
「気にすることはない。まぁ、後でオースはしっかりと叱ること。できるよな?」
村長は、ちらりと父の顔を見て言った。
「は、はい……」
だが、彼はあまり自信がなさそうに頷く。
いつの頃からか、オースに叱られたり怒られたりすることが当たり前になった。父としての威厳も誇りも、悲しいくらいに失っていた。
「本当にすみません。すみません……あの時、オースが怖かったんです。追いかけていける雰囲気じゃなかったんです。あの子を引き留めるべきだったのは、私達なのに……」
そして、それは母も同じだった。
いつの頃からか、オースが近くいるのにも関わらず遠くに感じるようになっていた。弟のルースに比べて手がかからず、1人で成長していった。自分なんていらないのではないか、と感じるほどに。
だから、今回のことには強い戸惑いがあった。
「過ぎたことを後悔しても仕方がない。今、親としてできることは帰る場所を用意しておくことと、連れ戻すことだ。さあ、行くぞ!」
いまいちぴりっとしない両親を強く諭し、全員の先頭に立って堂々と宣言した。
「あぁ……お願いします!」
母は、すがるように深く頭を下げた。
「必ず帰ってくる。オースと共に」
村長はそう言い残し、森の中へと歩んでいく。その後ろを歩く父は、そんな妻に言葉をかけようとした。
だが、皆が見ている手前、羞恥が上回り、ただついていくことしかできなかった。
「頑張って下さいね、貴方……皆様」
彼らの姿が見えなくなる頃、彼女はようやく顔を上げて、小さな声でそう励ました。
***
出立から、どれだけの時間が過ぎただろうか。どれだけ探しても、見つかるのは小さな魔物だけ。徐々に薄暗くなっていく空に、不安ばかり募らせていた。
ほとんどの者は元々意欲も関心もなかったので、惰性で歩き回っているだけという状況だったが。
「どこに行ってしまったんだ……オース」
小さな魔物相手に苦戦する父は、すっかり疲れ果ててへなへなと座り込む。滅多にやらないことで、心身共に限界が訪れていた。
「まさか、ここまで見つからないとは。大丈夫か?」
すると、心配した村長が話しかけてきた。彼が不慣れであることは周知の事実だ。
「すみません……」
1人だけ座っているのは良くないと立ち上がろうとする。それを、村長が制した。
「無理はするな。何のために大勢で来たと思っている?」
「でも……」
「村長、大量の魔物が!」
対話の時間を、魔物達は与えてはくれない。村長は高齢だが、かつては傭兵として高名だった。その腕は、そう簡単には廃れることはなかった。それ故、村人にとても頼りにされていた。
「わかった! 魔物を倒したら、1度村に戻ろう。もしかしたら、家に帰っている可能性もある」
「はい……」
それだけ言い残し、大量の魔物が現れたという場所に突進していった。
(あぁ、僕もあれくらいの行動力と自信があれば……オースにだって堂々と向き合えた……かもしれない)
思ってはみたものの、そんな姿は自分でも想像することができなかった。
(オースは強い子だ。何ともない。大丈夫。魔物に負けたりなんかしない。これが、どうか全部笑いごとになりますように……)
そんな父の願いは、残念ながら天に通じることはなかった。
「あー、結局見つからなかったな」
「どこに行ったんだか」
「あいつ、どこまで馬鹿なんだ?」
「まぁまぁ、若気の至りって奴さ。この村に足りないもんだよ。ハハハ――」
魔物退治が一段落し、彼らは1度村に戻り、各々休憩していた。ある者は酒を嗜み、ある者は昼寝をと――少し前まで魔物と戦っていたとは思えないほど、ゆったりとした時間がが流れていた。彼らの間では、オースならどうにかなるという思いがあった。ここまでするのは大げさで馬鹿馬鹿しいとも感じていた。
一方、夫婦と村長は必死で次の討伐に向けての準備をしていた。特に夫婦は何も貢献できなかった分、裏方的作業で貢献しようとしていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」
そんな最中、遠くから男性の絶叫が聞こえた。そのただならぬ声に、和やかな場が静まり返る。
「なんだ!? 魔物か!?」
「さっきの叫び声……行ってみよう!」
それを聞いて何人かの者が武器を持ち、足早に声の聞こえた方向へと走り出す。
そして、彼らが辿り着くと、叫び声の本人が開けっ放しになったドアの前で尻餅をついていた。
「どうしたんだ! 魔物でも出たのか?」
「……血が、血で……なんで……」
錯乱状態の男性は、家の中を指を差す。その指先を辿ると、衝撃的な光景が視界に入った。
「「うわぁぁぁっ!?」」
家の中は酷く荒らされ、至る所に血が飛び散り、男性の息子が1人、中央の椅子に座った状態で血を流していた。ぴくりとも動かず、遠目から見ても生気を感じ取れなかった。
「くっ……!」
そんな中、一人が勇気を出して家の中に入っていく。一歩一歩進む度、血の臭いが強くなる。
それでも、何とか堪えながら、ついに部屋の中央で動かない息子の元へと辿り着く。
「お、おい……大丈夫――」
顔を覗き込み、彼の肩に触れた瞬間――力の抜けた人形のように床に倒れ込んだ。
「ひぃぃっ! だ、駄目だ。やっぱり、こいつはもう……もう死んでる!」
首元が思いっきり抉られ、そこから主に出血しているようだった。そして、家の外から見守っていた別の男性があることに気が付く。
「そ、そういえば……お前の娘と奥さんはどこに? 畑には誰もいなかったよな……」
この家は、4人家族だ。息子の他に、娘と妻がいる。ところが、何故かこの場には彼女らはいなかった。
「今日は、家にずっといるって……言って……一緒にご飯を食う約束して……あぁ、ああああっ!」
夫は、それを最後に言葉を発せなくなった。血まみれになった家、まだほんのりと温かい料理、残酷な殺され方をされた息子、どこに行ったのかわからない妻と娘。絶望するのには、十分過ぎるくらいの材料が揃っていた。




