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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第二章 運命の時
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行ってきますも言わないで

 地面の感触ではなく、温もりとベットのふわふわとした感触を感じながら、目を覚ます。


「う~ん……はっ!」


 視界では、両親が心配そうな顔でオースを見つめていた。


「あぁ、目覚めたのですね。おはようございます。随分とうなされていたから、心配していたんですよ」


 最初に声をかけたのは、母だった。


「お袋……?」


 記憶では、燃え盛る炎の中で母は号泣していた。だが、今、目の前にいる母は優しい笑顔を浮かべながら、オースの頬を撫でている。傷1つない。一体どういうことだろうと、非常に混乱する。


「覚えていないのかい? 昨日、畑作業中に急に倒れたんだよ」

「親父……」


 父も同じく無傷で、事情を説明する。だが、その説明はオースには届いていなかった。


(目も潰れてねぇし、肌も綺麗。それに、家もそのまま。何も起こってない。あれは、夢? それとも、これが夢?)


 さっきまでのが夢だったような気もするし、これが夢であるような気もする。


(もし、これが夢だったとしたら、最悪だな。体はだりぃし、村は絶望的ってことになる。俺は一体何をしてんだって話だが……とりあえず、はっきりさせるしかねぇな)


 夢か否かを判断するスタンダードな方法――それを試すため、思いっきり舌を噛んだ。


「痛っ! 現実ってことか……」


 眠気もだるさも吹っ飛ばす痛みに、つい声を出してしまう。すると、母は悲痛な表情を浮かべて嘆いた。


「痛い!? あぁ……やっぱり、無理していたのですね……母親として失格。大失格です。息子に無理させてしまうなんて」

「いや、どっちかといえば、お袋の料理が……」


 思わず、本音が漏れる。無理したのは、畑仕事に出る前だ。お腹も空いていないのに、スープと食べ応えのあるパンをしっかりと食べさせられた。オースとしては、そちらの方が体に堪えていた。


「え?」

「あ、いや何でもねぇわ。あ!? てか、今……もう朝!? さっき……おはようって言ったよな!?」


 漏れてしまった本音が、母の耳に届いていなかったことだけが幸いだった。慌てて、話を切り替える。


「えぇ、もう朝だけれど……」

「やっべぇ、行かねぇと!」


 日付が経過しているという事実を確認し、オースは飛び起きる。夢だったということは理解したのに、不安感が拭えないのだ。

 しかし、それを誰かに言っても仕方がない。それでは、いつかのルースと同じ。自分の不安は、自分で拭うのがオースのモットーだ。夢に囚われている自分が情けなく思うが、どうにかしなければ気が済まなかった。


「その必要はない」


 突然、馴染みのある声が聞こえた。家には本来いるはずのない人物の声に、オースは驚く。


「うわぁ!? 村長! いたのかよ!」


 村長は腕を組み、壁にもたれかかりながら、オースの様子を見つめていた。


「昨日は大騒ぎだったからな。様子を見に来た所だ。それで、今回は中止した。お前がその状態だし、私達だけで行けば、お前も行きたがるだろうから」


 予期せぬことに、時がとまったようにも感じられた。人数がどれだけ少なくとも、討伐することに意義があった。それが中止されてしまったらと思うと悪寒が走った。


「……は?」


(そんなことをしたら……そんなことをしちまったら!)


 脳裏に、夢がよぎる。絶望という言葉でしか表現できないあの惨状。あれが起こるのは、あの蝶の魔物を仕留め損ねたから。そう示されているような気がしてならない。

 夢は夢だ、くだらねぇ――かつての自分の言葉が、時を越え、威力を増して心に刺さる。切り替えられていないのは、自分も同じだと。けれど、そんな羞恥を上回るほどの使命感に駆られていた。


「なんでだよ、行かなきゃ駄目なんだよ! あの魔物は、まだ生きてる! 俺達を殺そうとしてるんだよ!」


 あの蝶の魔物は、どこかで生きている。それだけは、声を大にして言えた。倒した感覚が、本当にオースにはなかったから。


「頼りの綱がその調子では、こちらとしてもどうにもできん。大事を取って今日は休め。それで万全の状態で――」


 さらに、そこで気付く。両親2人の格好が、夢で見たものと同じであるということに。ますます強い焦りに襲われる。と、同時に呑気なことを提案する村長に怒りを覚えた。


「ふっざけんな! そんな呑気なこと言ってる場合じゃねぇんだよ! 俺は……俺は行くからな!」

「何を言っているんだ! 昨日、畑で倒れてから今までずっと眠りっぱなしだったんだぞ! ムキになってるのか!?」


 必死の訴えも、周りの誰にも通じない。皆、オースが悪夢を見たせいで少しおかしな発言をしているのだろうと感じていた。なんせ、オースは昨日の夕方突然倒れてから、今日の朝までうなされ眠り続けていたのだから。心配するのは至極当然と言える。何も知らぬ3人からすれば、体調不良なのだと思わざるを得ない。


「ムキになんてなってねぇ! あー……もうめんどくせぇ! 俺は健康なんだよ! 大事とか万全とか、そんなことを言ってる間にまとめて殺されちまう!」


 思い通りにならない、邪魔ばかりされる。それに、オースは苛立ちを募らせていく。1分1秒でも時間が惜しいのに。

 おかしいのは、体ではなく心。倦怠感以外に、特別困るような症状は一切出ていない。それを理解してもらえないのが、苦痛だった。


「オース、少し落ち着くんだ。うん、そうだ。深呼吸をしよう。きっと悪い夢でも見たんだね。そのせいで、動転しているんだ。大丈夫、何も起こらないから」


 父は、優しく促す。悪夢にうなされて、悩んでいるのだと考えていた。決して馬鹿にはしていない。ただ、息子を心の奥底から心配していた。

 けれど、それはオースの心を逆撫でするだけだった。

 

「俺が、怯えているとでも? あぁ……もう、いい! この時間が無駄だ!」


 オースはベットから飛び降り、素早く立てかけてあった猟銃を手に取る。そして、キッチンへと移動して、ナイフを握り締めた。

 

「どうするつもりだ!」


 まさかといった表情で、村長は叫ぶ。


「愚問だな! 俺1人で、あの魔物……蝶女をぶっ倒すんだよ。村がどうこうなる前にな! 腰抜け共がいなくても、俺1人でどうにかできるってことを証明してやるわっ!」


 不安を拭わない限り、オースは悪夢を簡単に片付けられない。それに、誰かの手を借りずに済むのなら、そっちの方が都合がいい。オースだけで解決したという事実が、手に入るからだ。


「じゃあな! 馬鹿共っ!」


 そう言い残し、オースは玄関に駆けていく。


「待ちなさい、待つのです! オースッ!」

「オーーースッ!」


 両親の呼び止める声を聞きながら、家を後にする。


(俺が守る。俺が、全部。じゃないと、証明できない。天に、あいつに! 夢なら、夢だと思える根拠が欲しい! 正夢じゃねぇって!)


 オースはたった1人、蝶の魔物を目指して走った。両親は、鬼のような剣幕で反抗する息子に怖気づき、その場に立ち尽くし追いかけることもできなかった。


(説明している時間はねぇ。後で言えばいい。結果を出せば、わからせることができるはずだ……!)


 お互い、それが永遠の別れになることを知らなかった。遠く遠く離れていく距離が、永遠の溝になることも。

 この日のことを、オースはずっと後悔し続けることとなる。そして、タイムリミットは、既にそこまで迫っていた――。

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