ちャ番デシかナイ
オースは、件の歓楽街へと足を踏み入れる。夕暮れ時、ほとんどの店が開いたばかりのようだ。疎らに行き交う人々を、客引き達が品定めしている。前は、すぐに声をかけられたが、呪いのお陰で誰も気付かない。目的地は、ただ1つ。無茶苦茶なやり方で、お金をむしり取ってきたあの店の連中に復讐を試みるつもりだった。
(問題は、あの女がいるかどうかだが……)
妖艶に光り輝く店の前に、ヴァネッサはいない。今は、客引きをしていないようだ。店の横に回り込み、中の様子を探る。が、窓からは彼女の姿を確認することはできなかった。
(だりぃな。まぁ、いいや。どっちにしても、この店はぶっ潰しておきたい。いなかったら、隅々まで探してやればいい。この島のどこかにはいるからな)
「――さて、暴れるか」
(だが、そうだな。適度に暴れねぇと、人を殺しちまうからな。俺は、この店をぶっ潰して、あの女で最後にしてやるんだ。それくらいしてもいいだろ。どうせ、ろくでもない組織のろくでもない人間なんだし)
手始めに、近くにあった旗を燃やす。建物を壊したかったが、その能力は持ち合わせていない。残念なことに、とてとてはそばにいない。実力だけで、欲望を満たすしかない。
(なるほど、これくらいなら俺は認識されないのか。もう少し大胆に行くか)
「え? 何? なんか燃えてない?」
「誰か、火、消してよ!」
「魔術使える人いないのー?」
騒ぎに気付き、出てきた人物と入れ替わるようにして建物内に入る。
「火事?」
「ボヤ騒ぎじゃないの? よくあるじゃん。タバコの火の不始末とか、放火とかね~」
「どうせ、すぐに消えるって。外の火なら大丈夫。それより~……」
中は、そんなに騒いでいなかった。いつものことだろうと、流している様子だ。客は弱々しく怯え、店員達は堂々と金儲けを楽しんでいる。
(あ~腹が立つ。化けてたとは言え、はたから見れば俺はこんなんだった訳。こんなとこ、さっさとぶっ壊してやらねぇとな!)
火の弾丸を作り、全ての窓を砕く。
「キャーッ!」
さらに、オースはドアを燃やして破壊する。ここで、ようやく店内の者達がオースに気付く。呪いが、庇いきれる限界を迎えたという所だろうか。
「な、なんだあいつ……!」
「み、見ろ! あいつの背中にあるの……魔王軍のマークじゃねぇか!?」
魔王軍の紋章は、遠く離れた島にまで知れ渡っている。良くないイメージと共に。
「自己紹介する手間が省けて助かる」
「殺される……っ!」
皆、蹂躙される恐怖にひどく怯えていた。誤解は解かなければ。
「いやいや、そんな野蛮じゃねぇから。人間と違って。戦場でもないし、あんたら軍人じゃないし、手を出してこなきゃ殺さねぇよ。話し合いが俺らのモットー」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、お前らがやってきたこと知ってんぞ!」
客の1人が怒りを露わに叫ぶ。やはり、言葉だけで理解して貰うには難しいらしい。
「まったく……まぁ、いいけど。てか、こんな無駄話をしたくて来た訳じゃねぇのよ。ヴァネッサって女を探してんだけど。ここで働いてるだろ? そいつを連れてくれば、これ以上何もしねぇ」
「ヴァンに……何か用かよ。残念ながら、まだ出勤してねぇよ」
すると、見慣れた顔が険しい表情で前に出てくる。
(前、一緒に帰ってた奴か。こいつも、同罪だけど……残念ながら、必要なのは女だけなんだよな。ちょっと遊ぶか)
「あぁ、お前って彼氏か何かなの? なら、ちょうど良かった。すぐに、ここに呼んできてくれ」
「呼ぶ訳ねぇだろ!」
「身の程を弁えろよ。お前には、拒否権なんてねぇんだから」
(ボスの命令なら一瞬なんだろうけど)
オースの目には、彼の行動の予測がいくつか映っていた。そのうちの1つを見て、ある考えを思いつく。
(これ……使えるな。この店や街を壊すだけじゃねぇ。あの女が築き上げてきたものを壊す正当性……って奴ができるかも。ここにいる奴、全員が証人だ)
「それとも、そんなこともできないくらい雑魚な訳?」
「はぁ?」
「そういうことなら、それでもいいけど。そうなれば、もうお前に用はない。何のために、前に出てきた訳? 使えないねぇ」
煽れば煽るほど、起こして欲しい行動の確率は上がっていく。
(もう一押し、ってとこ? そういえば、こいつらファミリーが大事なんだっけ)
「それに比べて、お前の兄貴は最期まで役に立ってて凄かったなぁ。同じ雑魚でも、そこまで違うんだなぁ。意味のある死って、そう簡単にできることじゃないだろ? まぁ、間抜けっちゃ間抜けだったけど、ボスに感謝されて――」
「訳わかんねぇこと言って、兄貴を馬鹿にしてんじゃねぇ! てめぇが、ボスなんて言うなぁああっ!」
慣れた手付きで取り出した拳銃の引き金を、彼は躊躇いなく引いた。そして、何度も銃撃を浴びせた。そのほとんどが、コートに弾かれてしまったが、1発だけ顔に的中した。
(いってぇ……てか、出てる部分は普通に食らうんだ。じっくりじんわりいてぇ。普通なら、俺が人間だったなら……だが、残念)
その異様さに、周りは悲鳴を上げることも忘れていた。確かに貫き、血は噴き出したはず。しかし、一瞬の内に、何事もなかったようにオースは立っていた。
妙な静けさの中心にいることを自覚し、愉しくなり、沸々と笑いがこみ上げてくる。
「ハハハハハハハ! アハハハハハッ――」
銃声を聞いて、外から獅羅盟と思われる者達が慌てて入ってくる。オースの背中にある紋章を見ると、彼らは一斉に銃撃を浴びせた。店で呆然としていた他の男性達も我に返り、同じようにした。
残念ながら、それらは全て己の無力さとオースの異質さを証明し続けるだけ。弾が枯れ果てると、彼らは武力で対処しようとした。机、椅子、ボトルなど、あるもの全てを武器として。
「「うおぉぉぉっ!」」
一斉にたかってこようとする有象無象。オースには、茶番でしかない。わかりきった攻撃。見え透いた行動。今起こっていること全て、計画の内。にやりと不敵な笑みを浮かべ、オースは叫ぶ。
「話し合う余地がねぇのは、本当に残念だよ! 先に仕掛けてきたのは、そっちの方だからなぁ!? 獅羅盟のゴミども! それが、お前らの答えだな!? 敵対するってことだよなぁ!?」
飛びかかってくる者達が、炎に包まれるイメージを思い浮かべる。直後、彼らは全員一瞬にして火だるまになった。
「いや、いやぁあああっ!」
「だ、誰かっ! 助けて、助けてくれっ!」
取り残された者達は、次は自分だと逃げ惑う。
「ストーップ!」
殺すつもりは更々ないが、逃げられるのは困る。咄嗟に、出口を炎で閉じる。周りに延焼しないように、細心の注意を払いながら。
「お前らは、見聞きしたことを誰かに尋ねられた時……嘘をつくなよ。何があってどうなったのか、事実だけを伝えろよ。誰か1人でも嘘を言ってみろ。黒焦げだ。俺は、お前達について色々と把握している。逃げても無駄だ。わかったな?」
応答はない。しかし、残された者達は理解するしかなかった。圧倒的な力と無情さ。恐怖による支配を受け入れることを。
「後さぁ、ヴァネッサどこ? ねぇ、誰か教えてくれよ。頼むよ。仲良くしようぜ」
誰も彼も目立たないようにしている。沈黙で、どうにかなると思っている。
(ったく、しょうがねぇな。まぁ、客は知らねぇだろうし、店の関係者に頼むしかないか)
「お前、ヴァネッサが今どこにいるか知ってる?」
「え、えっ、私っ!?」
「知らねぇなら別の奴に頼むけど」
全員の視線が、涙目の彼女に向けられる。「お前が言え」と無言の圧を浴びせ、救いの手など差し伸べられない。
「わ……わかりました。多分、家にいると……思います。でも、彼女の家は警備が……」
がっくりと肩を落とし、震えながら口を開く。
(警備? 金持ちなのか? まぁ、大したことじゃないな)
「問題ない。家、どこ? 案内してくれるよな?」
「案内!?」
「駄目?」
「ううん……案内する……」
そして、見送られながら2人は家へと向かっていった。彼女を救おうとする者も、加害しようとする者もいなかった。




