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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第九章 暴君ノそン在しョう明

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後悔ノナイ選択ト人セい

 決行は、あえて雨の日を選んだ。川は淀み、流れも速い。雨が降れば、人出は限られるし、より逃亡が楽になるだろうという判断だった。流れる川を見ながら、2人は言葉を交わす。


「信じられない。本当に、この日が来るなんて」

「あぁ、そうだねぇ。あたしも同じ気持ちだ」


 雨に濡れるのも厭わずに、2人は喜々として川を見る。


「魔法陣? を描くのに、時間がかかるみたいで助かったね。雨の日を待てた」

「結構複雑みたいだよ。ま、晴れの日でもやってたよ。選択肢がないのなら、その条件でやるしかないだろう?」

「ほんと、変に度胸があるよね。ウルは」

「頼もしいだろう?」

「う~ん、どうだろう」


 妹は、わざとらしく首を傾げた。


「顔を立てて欲しいもんだよ」

「こんな所で、立ててもしょうがないでしょ」


 くだらない会話で、興奮を落ち着かせる。魔術を使うのに、冷静さを欠いてはならない。


「フッ、そうだね。じゃあ、そろそろ覚悟はいい? いくら人がいないからって、見つからないとは限らないしね」

「ふ~っ、ちゃんと魔術使えるかな」

「そこそこ練習したじゃない。できるよ」

「そこそこ……ね」


 計画を考えてから、可能な範囲で練習を重ねた。力不足による失敗はないはずだと、ウルは言いたかった。その言葉は、妹の不安を煽ってしまったようだが。


「不安? やっぱりやめる?」

「やめないよ、馬鹿。そこまで、意気地なしじゃないから!」

「ちょっとからかってみただけ」


 悪戯っぽく微笑むと、妹の手をそっと握って目を閉じる。


(さようなら、あたしのたった1人の妹)


 心の中でそう語りかける。勿論、届くことはない。そっと目を開けると、妹も目を閉じていた。魔術を操るには、集中して想像しなければ難しかったのだ。次第に、妹の周りには膜のようなものが出来上がっていく。これで、水の中でも呼吸ができる。先祖達は、これを用いて漁をしていたそうだ。


(生きて、幸せになって。いつか、また……どこかで会えたらいいな。いや、どんな形になっても、あたしが必ず見つけ出す。どんな手段を使ってでも……あたしが、あたしでなくなっても)


 これから先、ウルは自由を失う。願いが叶えられるまで、呪いに縛られて生きていくことになる。終わりはいつ訪れるのか、わからない。呪いが終わっても、そこから先に普通に生きていられるのかわからない。それでも、これが彼女の選んだ道。妹が歩むはずだった道を奪い、生きていく。代わりに妹は、道なき道を歩むことになる。それは、今――この瞬間から。


(ごめんね)


「約束忘れないで。それと、何があってもその道を歩み続けるんだよ」


 目を閉じ、強風が妹の背中を押すイメージをする。そして、妹の手を離した。


「え?」


 強風が吹き荒れ、妹は川へと落ちていく。状況を呑み込めないまま、その体は川にさらわれて、瞬く間に流されていった。後悔も涙もない。彼女にとって、前向きな別れだったから。家にまっすぐ向かう背中は、誇りに満ちていた。


 その後、妹が失踪したことに気付いた父は、家の中を滅茶苦茶にするくらい荒れ狂った。彼女の家では、食事の時間が決まっていて絶対遵守だ。それを破ったことはただの一度もない。異常事態と現す他ない。近所にも呼びかけ探したが見つからず、これ以上は大事にできないと判断し、捜索は打ち切られた。そして、ウルが呪いの鍵の使命を果たすこととなった。

 父はひどく落胆していたが、青年は冷静に受け止めていた。「あぁ、そうですか」と。それならそれでと、引き続き準備を進めた。


 少しの時が流れ、儀式の前日、突然告げられた。


「お前は、この男と結婚する」


 父の隣にいたのは、青年。彼は笑みを浮かべて、軽く会釈する。流石の彼女でも、驚きを隠せなかった。


「すみませんね、前日に。実は、私の親から早く結婚しろと迫られていましてね。いい加減しつこいので、もうここで全て終わらせようかと思いまして。幸い、私は裕福ですし、ある程度の権利も保障されています。貴方を不幸にはさせません。それに、近くにいれば色々とやりやすいでしょう。お義父さんの許可もおりましたし、よろしくお願いしますね」


 本人の意思など関係ない。元より、抗うつもりなどなかったが、己の立場の弱さ改めて実感することとなった。


 そして、迎えた運命の日。呪いと妻としての立場を一身に引き受けた。事情を知るのは、家族のみ。王国や青年の家族、平穏を望む住人から和平の結婚として祝福を受けた。友好の証として、故郷は獅羅盟の拠点へと変貌した。

 そんな夫婦の関係に、愛はなかった。必要もなかった。夫は治安維持を装い獅羅盟を設立し、表向きは王国の犬として振る舞いながら、各方面への力を強めていった。彼女は、この島から出られなくなった。予期せぬ死に備え、魔法陣の刻んである拠点の建物からも出られなくなった。それでも彼はお構いなく、活動しやすくするために、ウルを起点に新たな呪いを島全体にかけた。範囲が広いため効果はすぐに出ないが、遠い未来で意味を成す。それもまた突然の決定だったが、彼女は受け入れた。彼が強くなれと言えば、武力を身につけ、武器の扱い方や魔術も学んだ。色を売れと言えば、招かれた対象にすり寄った。他にも、様々な仕事をこなした。気付けば、すっかり穢れていた。そんな彼女を、周りは皆恐れた。媚びへつらい、妻として尊重された。生まれた子供も、丁重に扱われた。不思議なものだった。物のように扱うのは、夫だけになっていた。


 しかし、それでも、彼女はそばにいた。彼の最期を見届けることを許されたのは、彼女だけだった。部下にも友人にも、弱った姿を見せたがらなかったからだ。それに、内々の積もる話もあった。しわしわになった手、ぼんやりとした瞳。獅羅盟の首領だと言われなければ、ただの老人だった。


「お互いに老いてしまいました。貴方は、いずれ若返ることになりますが……私は、これまでのようで。あぁ、これが死。何度も殺されかけましたが、無事に寿命で死ねそうです」


 しわがれた声で、苦しそうに彼は語りかける。


「お疲れ様」


 寿命で人生を終える彼への労い。それを受け取り、彼は静かに微笑む。


「ありがとうございます。これからは、頼みます」

「えぇ」

「そういえば、1つ。伝えておきたいことがあります」

「うん?」


(遺言は、幹部会で全て伝えたと言っていたはず。何かやり残したことでもあるのかねぇ)


「呪いは、貴方の思いも乗せます。生きれば生きるほど、より大きくなります。予期せぬ死があったとしても、呪いが継承されれば、貴方の思いもまた継承されます」


(あたしの……思いを? 継承された者にしてみれば、二重の呪いになるということか。あの子の痕跡を、あたしの代わりに? いや、けれど同じ縛りを受けることになる。意味を成すのか……)


「……どうして、急にそんなこと」


 あの日、川に突き落とした妹のことを思いながら尋ねる。


「大事なことだろうと思っていたので。私が死ねば、あの日の計画を知り果たそうとしているのは、貴方だけ。長い時を生きれば、狂うこともあるかと。そんな貴方に、生きる希望をと。罰を受けるよりもいいでしょう」

「ククク、ボケたのかと思った。そんな気遣い……あたしに、するなんてね」


 彼から、そんな優しさを受け取ったのは初めてで笑うしかなかった。最期の時に、こんなにも人は変わるものなのかと。


「あぁ。本当ですね。私らしくないかもしれませんね」

「なんで、大事だと思ったんだい」

「さあ、それを聞いても私は答えませんよ。私が大事だと思ったから大事、それだけ」


 何かしらの基準はあったようだが、理由を説明するつもりは毛頭ないらしい。


「……そう。最期に、あたしにして欲しいことは」


 これ以上の追求は無意味。ならば、と妻らしい一言でもかけてみる。


「ありません。私のやって欲しいことは、私が元気な間に全てやって貰いました。貴方の女としての立場、獅羅盟の妻としての立場等々、色々使いましたしね。後悔が残らないようにしたんです」


 即答だった。彼女に求めることは、もう何もないらしい。


「そう」

「でも、そうですね。やって欲しいことはないのですが、答えて欲しいことはあります」

「何?」

「貴方は、あの日のことを後悔していませんか? 呪いの鍵として、私の妻として生きる道を選んだことを」


 真っ直ぐな力強い視線を向けられる。その時だけ、彼に若かりし日の生気が宿ったように思えた。


「後悔? しないように、その時選んだんだよ。あまり、あたしの覚悟を舐めないで貰いたいね。それは、散々見せてきたつもりだよ」


 選んだ道を後悔などしたことない。正しかったと自信をもって言える。そんな不甲斐なく映っていたのかと、彼女は睨む。


「フフ……本音で答えてくれて、ありがとうございます」


 しかし、彼はとても嬉しそうに笑う。彼は常人の枠にはまるような人間ではないが、こんな時にまで理解が及ばないとは。


「どういう……」

「いえいえ……」


 それ以降は会話はなく、数日後、彼は息を引き取った。そして、彼の遺言に従い、彼女が首領になった。だが、彼女も高齢。すぐに、死の時は訪れた。後継は、娘にと遺言を残して療養。死の場には、娘だけを呼んだ。部屋に現れると、娘の手を取り、魔法陣を発動させた。先ほどまで自分だった体が目の前にあり、自身は娘に成り代わった。

 子供を犠牲にし、独立のために彼女は生き続けた。名を増やし、姿を変えながら。しかし、時を重ねるにつれ、現実は重くのしかかった。このままでは、何も変えられないと。何のために、手を黒く染め、穢れたのかと。その絶望を切り裂いたのが魔王軍。均衡を破る第3勢力。新たな器になる予定の娘のヴァネッサは、あまり出来のいい子ではなかった。身体能力も知能もあまり高いとは言えない。身体能力に関しては、特に影響を受けるため懸念材料だった。血の繋がりがある方が馴染みやすく、性別も同じ方がやりやすいことはこれまでの経験から明らか。世界を巻き込む大変化。利用しない手はないと思った。


 そして、まんまと罠にかかった魔王軍。それでも油断ならないと直前まで警戒していたが、実際に1対1で話してみると、実に不慣れな相手だと見抜いた。見せかけだけ。いや、見せかけることでしか魔王軍の面目を保てないのだろうと。誘導も容易で、思うように事は運んだ。


(あぁ、この程度か。まぁ、これから彼にお世話になる訳だから。せめて、気持ち良くさせてあげようかねぇ。楽しい楽しい交渉ごっこ。遊んであげようかねぇ)


 穢れにまみれた彼女には、未熟なオースは可愛く思えた。戯れるような気持ちで、彼女は向き合っていたのだった。

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