自由ナ未らイに思いヲハせテ
集落の近くにある川のほとりに、双子の姉妹はいた。
父と青年の話し合いは、淡々と進み――数日の間に、長い時をかけた計画が完成した。しかし、それは妹に犠牲を強いた。
「いつまで泣いてるつもり? 泣いても、結果は変えられないよ」
「だって! こんなのおかしいよ! 呪術を使うために、うちが人柱になるなんて! なんで、あたしなの!?」
何故、どうして――疑問と共に怒りと悲しみが、妹の中に渦巻いているようだった。整理のつけられない感情が、その質問を前に爆発した。
「家族しか知らないんだから仕方ない。あたし達は、18。年齢にも余裕がある。そして、あんたは妹。父さんもそう言ってたじゃない。姉には姉の、妹には妹の役割があるって」
(姉の役割? あたしは、姉の役割を今までこなしてきたか?)
自分で言った言葉に、ふと疑問を抱く。
「ウルはいいよね。生まれた順番で、お姉ちゃんになれてさ。うちは、好きで妹に生まれた訳じゃないのに」
「あたしに文句を言われても困るねぇ。あたしだって、好きで姉になった訳じゃないから」
(役割を果たした記憶がない。なのに、あたしは妹に役割をこなすことを強要しようとしている。あたしは……)
淡々と返しながらも、どこか引っかかりを覚える。
「……怖いよ。怖い」
妹は震えていた。恐怖から来る、生理的な反応だ。
「でも、死なないんだからいいじゃない」
あくまでも冷たく返す。こういう時、どういう対応をすればいいかわからなかったのだ。
「良くないよ! 怖い! 呪術を重ねて、目的が果たされるまで生かされるなんて! しかも、目的に反する行動をしたら、魂に罰を与えられるなんて……生きながら死んでるようなものだわ! それに、果たされた後、うちはどうなるの!? どんな痛みに襲われるの!? どれだけ恐怖に耐えたら、うちは許されるのっ!?」
悲痛な叫び。妹にかけられる呪術は、主に2つ。1つは、子供の魂を捧げることで、その子供の肉体を得る呪術。これにより、寿命でも病気でも肉体が死を迎えても、若い体を手に入れることができる。もう1つは、術者の命に背く行為をした場合、魂に罰を与える呪術だ。独立を諦めることも、裏切ることも許されない。どんな罰なのか、それは父や青年すらもわからないらしい。記録がしっかり残っていないが故の弊害だろう。
「……そんなあたしは、あんたのスペア扱いだけど」
呪術の鍵は、1人いればいい。その人物を起点に、術を発動させるからだ。人数が増えれば増えるほど、効果が分散されてしまうらしい。しかし、万が一のことを考えて、スペアを用意する。呪術の鍵は、健康で疾患のない若者が選ばれることが多いが、不慮の事故や事件に巻き込まれて亡くなってしまったり、逃亡してしまうこともあったためらしい。故に、鍵もスペアも期間中は同じように軟禁、監視されていたそうだ。
今回、信頼される姉妹は鍵とスペアの身でありながら、誰の目もなく外出できるくらい自由を与えられていた。いつだって、彼女らは父の決定に忠実だったからだ。反抗も拒絶もなく、従順に育った。思想を同じくする分身、父は彼女らをそう認識していた。
「呪術の鍵になる前に、うちに何かあれば、ウルが代わりになるって言ってたね。でも、うちには何もないよ。どうせ、この島からは出られない。所詮、子供よ。外に出た所で、1人で生きていけない。幸い、うちは健康体だよ。派手な病気も怪我もしたことない。戦争でも、死ななかった。折角生き残ったのに、父さんの娘になんか生まれなければ、こんな……」
けれど、妹は違った。妹には、妹の思いがあった。
(所詮、子供は道具だ。大人の目的のために、いいように使われる。しかも、あたし達は女子だ。末裔だから、まだいい扱いをしてきて貰った方。もし、皆が父さんの元に集まっていたなら、そこにあの男が現れたのなら……絶対に妹は選ばれなかった。追い込まれた状況だったから、消去法だったんだろうねぇ。長女は結婚しなきゃいけないっていう考え、根付いてるし)
「馬鹿言ってんじゃない。あたしらは、恵まれてるよ。こんな状況でも、ここまで比較的自由に生きてこられたんだから。守られてきたんだ」
同じ集落に住む女性や子供。ある日、突然姿を消すことがあった。その代わり、その女性や子供が消えた家庭は少し豊かになり、敵からの攻撃は止んだ。大人達の間であった何かしらの取引。察することしかできなかった。彼女らには、その毒牙が及びそうになったことは一度もない。
「わかってる、わかってるよ、そんなこと! でも、嫌なの……もう戦争は終わったんだ。うちは、独立とかどうでもいい。ずっとどうでも良かった。ラグランタイア? とかいう国が、うち達を殺すつもりがないなら、それだけで十分なんだ。もう血も死体も見たくない。一族の夢のために、うちはうちを殺したくないっ!」
(そんなに嫌なんだ。わからないな。あたしは、ずっとどうでも良かったから。言われるがまま生きていけば、全て丸く収まるし。でも、そうだな……この子は、自由に生きたいんだな。何にも縛られずに、ただ1人の人間として。そういうの、あたしにはないからな。羨ましい。これまで、姉らしいこと何もしてやれなかった。姉として、あたしができること……何かあるのか)
絶望に直面する彼女の姿に、嘆きに、初めて姉としての思いが芽生える。
(あたしが姉なのは、妹であるこの子がいるからだ。この子がいるから、あたしは鍵に選ばれなかったんだ。これまでも、あたしの気付かない所で姉だからと優先されたことも後回しにされたこともあるだろう。しかし、それもこの子いたからだ。これまでの人生、経験してきた多くのことが共にいたから得られたものかもしれないな。けど、この子は好きで妹に生まれた訳じゃない。姉妹の呪いから、この子を解き放つには――)
「……じゃあ、一緒に逃げる?」
思案の末、ウルの出した結論は「逃亡」であった。
「え?」
その答えを聞いて、妹は固まる。一番、彼女が言いそうにない発言だったからだろう。
「嫌なんだろう? なら、嫌なことから、逃げればいいじゃないか」
しかし、すぐに呆れ混じりの表情を浮かべて言葉を返す。
「ウル……急に馬鹿になったの? どこにどうやって逃げるの? 所詮、うちらは子供。さっきも言ったじゃん。外に居場所なんてないのよ。はぁ……」
「やる前から、諦めるのか? 道はあるのに。その程度の思いなの?」
「……何? らしくないこと言うのね。そんな眩しいこと、ウル言えるんだ」
「あんたのためを思って言ったんだよ。2人なら、きっと……どんな困難も乗り越えられるさ」
前髪を掻き上げ、優しく微笑みかける。
「本気で言ってるの?」
「たちの悪い冗談は言わないよ。人生がかかってるんだからね」
そして、妹の顔を覗き込み、そっと両手を包み込む。
「でも……」
「あんたが運命を受け入れるなら、この話はなかったことにしよう」
「受け入れたくない。受け入れたい訳ないよ」
「つまり……どうしたいんだい」
目をじっと見つめ、真剣に迫る。すると、妹は意を決した様子で力強く言う。
「うちは……逃げたいっ!」
「なら、決まりだね」
逃げる、その意思がなければ上手くいかない。それを聞き出せたことで、ウルの中で妙な自信が生まれ、アイデアが次から次へと湧いてきた。
「でも、どうやって? 下手に動いたら、大人達に見つかっちゃうよ」
「あぁ、空と陸は難しいだろうね。しかし、水の中はどうだろう」
そう言って、ウルは目の前にある川を指差す。
「……ここから?」
「あぁ。市街に繋がっているこの川に潜り、魔術を用いて呼吸を確保するんだ。川が少々汚いのと魔力量に不安はあるが、そこまでの距離ではないし。大丈夫じゃないかなぁ」
彼女らが使うのは、一族に代々伝わる魔術だ。自然に干渉するものが多い。幼少より厳しく教え込まれたものなので、扱いには自信があった。懸念は、保有する魔力量が到着までに持つかどうかだけだった。
「じゃないかなぁって……」
妹は、困ったように笑った。
「咄嗟に考えたにしては、妙案だろう? 少しは安心できるか? 秘密の作戦だ」
「いや、できないけど……なんか楽しくなってきちゃった。秘密の作戦って、子供みたい。うちも一緒にその作戦練らせてよ」
2人で一緒に考える時間は、とても楽しかった。「それは無理」「言っていること滅茶苦茶」「やってみなきゃわからない」と、そんな言い合いをしながらも、失ってきた時を取り戻せたような感覚に浸っていた。笑いながら、楽しみながら、すぐそこまで迫っている苦しみから目を背ける。
そして――。
「なぁ、1つ約束してくれる?」
「何?」
「何か上手くいかなくて離れ離れになったとしても、足は止めないように。それと――」
「いや、1つじゃないじゃん!」
すっかり涙の乾いた妹は、元気にツッコミを披露する。作戦会議が随分と楽しかったらしい。
「クク、確かに。じゃあ、もう1つ。もし、離れ離れになって、あたし達がもう二度と会えなかったとしても、未来で無事を伝え合えるように」
「それって、子孫が……みたいなこと? いや~、中々色々と厳しくない? まぁ、でも面白そうだからいいよ。離れ離れにならないようにするのは前提だけど」
「名前を工夫しよう。珍しさがあればあるほどいい。そうだな……あたしは、名前を代々受け継がせる。母から子に、それを繰り返し続けるんだ。どんどん長くなるだろうなぁ、クク」
「う~ん。じゃあ、あたしはレンジポアって名前の後につけようかなぁ。それを、子孫達に受け継がせるの! すぐにわかるよね。でも、それを守ってくれるかな? 途中でなかったことにされたりして……」
目を輝かせながら、自由な未来に思いを馳せる。
「それは……わからないねぇ」
「えー、駄目じゃん!」
「まぁ、離れ離れにならないことが前提……だからね」
ウルは前髪をかき上げ、妹を見つめるのだった。




