げン実、ミエてマス?
彼女――ウル=ミオン=サリム=ステラ=ロージー=ジェシカ=アウリア=ベラ=アイシャ=アルダ=ニア=ミラ=レヴィ=イメルダ=ソフィアには、大きな秘密があった。たった1人で抱えるには、あまりにも大きくて罪深い。
この話を語るには、彼女の名前がウルだけだった頃に遡らなければならない。その頃には既に、レンジポア島はある国の支配を受けていた。島の環境と豊潤な資源に目をつけたラグランタイアが、その国に宣戦布告をし、島は戦場となり荒廃し、多くの島民が亡くなった。戦争は、ラグランタイア王国が勝利し、国が変わって支配が続くことになった。
だが、その一方的な決定に納得しなかった原住民もいた。その筆頭が、レンジー族。レンジポア国と呼ばれていた頃、レンジー族は大多数を占め、支配する側の存在だった。かつての栄光を取り戻したい思いがあった。中でも、ウルの一族は王族の末裔として独立の意思が強かった。
取り戻すなら、まだ支配が完全でない内に、と他の民族のリーダーを集めた。その中に、ウルもいた。話はほぼ理解できなくても、強制的に参加させられていた。
「あの頃は、無理だった。だが、奴らも戦いで損耗している。今、ここで我らが力を合わせれば、取り戻せるかもしれぬ」
ウルの父がそう言うも、他の者は首を捻る。
「いや、しかし……私達も強制的に動員され、死傷者多数だ。戦力も武器も、彼の国は圧倒的だと聞く。本当に戦うべきだろうか? 聞く所によれば、島の復興に尽力する心積もりだとか。実際、無償で食事や住居を提供してくれているし、無抵抗ならば、ある程度の権利を保障するとも……」
「そんなこと! 容易に支配しやすくするための口八丁だ!」
集まりはするものの、話は平行線のまま何も進まなかった。新たな支配者が、原住民族の待遇の改善を図ったためだ。取り戻したいものの違いから、レンジー族と他の民族の温度差は集まる度に大きくなっていった。
そして、情報が漏れることを恐れ、民族間の集まりは自然消滅してしまった。
「この島の民であるという誇りは! 先祖達の願い! どうして、それを簡単になかったことにできるというのかっ!」
父は、焦っていた。話し合いの場でも、家族団らんの場でも常に苛立つようになっていた。流石に、レンジー族だけではあの大国を相手にするのは困難だ。思うように動かない事態が、焦りを呼んだ。
「初めまして。貴方が独立運動のリーダーさん?」
そんな中、1人の身なりの整った青年が現れた。家でのんびりと過ごしている時だった。警戒網が敷かれているにも関わらず、穏やかなものだった。顔立ちから、島の人間でないことは明らかだった。
彼は、ラグランタイアに同じように支配される地域から来て、今後はこの島の治安維持などを務めることになったと語った。しかし、決められた人生を歩むことに抵抗のあった彼は、ほのかに漂う反逆の香りを嗅ぎつけて来たのだと。当然、警戒した。そもそも、極秘にしていた集まりだ。それを気取られたのだから、当然だ。追い払ったが、彼は何度も何度もやってきた。
「まったく、あんたもしつこいな。何を企んでいる」
「何度も言っているじゃあありませんか。クソみたいな人生とクソみたいな世界をぶっ壊してやりたいって。ここに派遣されたのは、何かの運命。しかしそうですねぇ。貴方がたの気持ちはわかるんです。ですので、これを」
その日、現れた彼は、大きな布袋を持っていた。ほんのり赤く、丸っぽい。
(あれは……)
当時、18歳であったウルにも理解できた。それが、何であるか。中身を見せられそうになった時――。
「嫌っ!」
ウルの双子の妹が、目を塞いで座り込んだ。
「おや、すみません。しかし、これは私なりの誠意ですので。争いの中に生きてきたというのに、随分と可愛らしい反応をされる」
座り込む妹を見ながら、彼は少し困ったように笑う。
「うちは、嫌いなのっ! もう死体も血も見たくないもん! あんた最低っ!」
「麻痺しないタイプなんですね。ですが、お姉様の方は……」
「戦争で、何千人も死んだんだ。頭とわかるだけ、まだマシな部類だと思うけどねぇ」
母も親戚も友人も、近所の人の死体も見た。女性も子供も無慈悲に散った。人間らしく死ねるだけマシだと思えることもあった。
「お顔はそっくりですが、内面は正反対なのですね」
「当たり前だろう。コピーじゃないんだから」
「ですねぇ。それで、どうでしょう? 私の気持ち、受け止めて頂けます?」
持ってきた首を掲げながら、彼は尋ねる。しかし、父は首を横に振る。
「たった1人、敵の首を持ってきただけでなんだ。あんたは、ラグランタイア側の人間だろう。どうとでも調達できる」
「原住民族への差別的政策を率先して行ってきた男の首ですよ? 捕虜になっていたので、こっそり殺してきてあげたのに」
「たった1人な」
含みのある言い方に、彼は理解した様子で微笑みを浮かべる。
「……なるほど、また来ます」
それから、彼の手には、原住民を排除しようとした者の首が入った布袋が握られるようになった。かなり物騒なプレゼントである。
そして、ついに父の心が変わった。彼が本気であると理解したのだ。
「――いやぁ、ようやく座ってお話ができるなんて嬉しい限りですよ」
「気味の悪い奴だが、持ってきた首は我が宿敵ばかり。しかも、これまでに情報が漏れた様子はない。誠意は受け取った。これ以上、無下にすることはできない」
家の中で、家族と彼だけの秘密の話し合い。机を囲い、椅子に座り、まるで団らんだ。と言っても、双子の姉妹はただそこにいるだけのお飾りでしかなかった。話を進めるのは、父と青年であった。
「頑張った甲斐があったというものです。正直、危ない橋でしたので。そろそろ、私の身が危なくなってしまうのではと思っていた頃です」
と言いながら、人差し指でポリポリと頬を掻いた。
「そこまでして、壊したいのか。全てを」
「えぇ。つまらないものですよ。決まった世界で、決められたように生きるのは。このまま行けば、この島も島民も、私の地域と同じようになりますよ。誇りも何もかも奪われながら、箱庭で幸せだと思い込んで生きていくことにね」
「そんなこと……許すはずがない! 必ずや、我らが手にレンジポア島を取り戻す!」
父は、怒りを露わに机を叩いた。飛び跳ねる食器、こぼれる水。それに構う様子はない。
そんな興奮気味な父に対し、青年は冷静だった。その気迫に呑まれる様子もなく、彼は告げる。
「これまで色々やってきた私が言うのもアレですが……私達の代で、それを成すのは不可能でしょう」
「……はぁ!?」
父は、目を見開いて固まった。
「現実、見えてます? 相手は、大国の中の大国ですよ。限られた戦力で挑むのなら、下地は完璧でなければなりません。ですが、現状はどうでしょう? 今にも瓦解しそうな集団で、申し訳程度の戦力で、隙を突こうだなんて無謀です。捻り潰され、弾圧に転換する可能性もありますよ。未来では、この島のアイデンティティなど跡形もなくなるかもしれません」
淡々と、彼は突きつけていく。この状況での反逆が、どれだけ無意味かを説く。
「そこまで冷静に分析しているのなら、何故我らに近付いた! 何のために、首をいくつも持ってきた!」
顔を真っ赤にする父を、ウルは見つめるしかできない。妹は、ずっと震えていた。
「だから、壊したいという思いは変わりませんし、貴方がたの行動にも賛同しています。ですが、行動を起こすのは今ではないと言いたいのです。今は、未来のために準備をする時です」
「そんな悠長なことを言ってられるか!」
青年の胸ぐらを掴み、父は凄む。しかし、彼は全く怯まず言った。
「いいんですか? 滅びても」
「それは……だがっ!」
「私を信じて。とりあえず、私の計画を聞いて下さい。それから、改めて……結論を」
そして、彼は長く大きく罪深い計画を語り始めるのだった。




