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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第九章 暴君ノそン在しョう明

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あタしノ目的ハ、キさマ

 非常に緊張した面持ちで、兄貴は黒光りの車に乗り込む。身なりもきちんと整えているが、かなり落ち着かない様子だ。車内は結構広い。オースも、例によって魔術を用いて、同乗していた。


(や~っと、ボスに近付けるのかっ! いや、もしかしたらボスの代理みたいな奴が出てくる可能性も……)


 過度な期待は、絶望の原因だ。もしかしたらの程度に留めておくべきだ。代理だとしても、出てくる人間はこの兄貴よりは上だろう。


「くっ……まだつかねぇのか!」

「すみません! これ以上は出せません! この島……カーブが多過ぎるんです!」


 運転手の男性は急かされ、必死の形相だ。


「馬鹿言ってんじゃねぇ! それくらい、てめぇの技術でどうにかしやがれ!」

「そんな……死んでしまいます!」

「うだうだ抜かすな! 先にてめぇを殺してやろうか!?」

「……頑張りますっ!」


(滅茶苦茶だな。もう十分速度は出てる気がするんだが……)


 窓から外の様子を見ると、車を慌てて避ける人々がいた。人通りの多い道でも、お構いなし。きっと、人を轢いたとしてもこの車は止まらないだろう。


(それに、時間の指定もされてない感じだったような? 今日中にどこどこに来いって書かれてただけなような。なのに、受け取った瞬間、すぐ車に乗ってぶっ飛ばすとか。てか、そんなに言うなら自分で運転すりゃいいのに)


 見栄を張ってなんぼの世界。もし、自分で運転をしている姿を他の幹部連中に見られたら――嗤い者だ。


「兄貴! 見えてきましたよ、本部です!」

「見えてきたから何だよ! この俺が、本部内に足を踏み入れて初めてゴールなんだよ!」

「はいぃぃぃっ!」


 乗り心地も最悪で、男性だらけの車に乗り続けるのは不快だ。


(もう場所はわかったし、車を降りて先に待ってようかな? どうせ、大した会話しないだろうし。ぎゃーぎゃーうっせぇし、運転は荒々しいし無駄に疲れるわ。よし、飛ぶぞ)


 動く車から颯爽と脱出し、本部と呼ばれた場所へと向かう。


(あー、やっぱり快適だわ。てか、こいつらなんで魔術を使わねぇんだ? こっちの方が楽なのに。あぁ……でも、そうか。教育を受けてねぇのかもしれねぇな)


 容易に魔術を扱えるようになったことで、使わない者が使わない理由を忘れてしまいそうになった。


「……っと」


 オースは、本部の前に降り立つ。


(アイランドホテル……随分とド派手な本部だな。しかも、しっかりと商売してやがる。隠れるつもりなんて、ほとんどねぇんじゃねぇか? うわ、入り口にでっけぇライオンの像が飾ってある。おっかねぇ……絶対に、こんな所に泊まりたくねぇ。変に金をむしり取られるとか勘弁だわ)


 マフィア達の本部を見上げながら、オースは武者震いをする。L字型の茶色いレンガ造りの10階建て。随分と立派なものだ。しかも、表向きはホテルとして営業しているというがめつさ。


(まともに営業してんのかね? してたとしても、絶対に泊まりたくないが。おっと、ようやくご到着か)


 狂気と化した車が急ブレーキをかけると、慌ただしく兄貴が出てくる。そして、足早に本部へと入っていった。その後に続くと、フロントでは制服を着た者達が、緊張の面持ちで業務に当たっていた。優雅な音楽が台無しになるくらいの空気感であった。兄貴の顔を見ると、さらに顔を強張らせた。


「817号室の鍵を」

「はっ、はい、お待ちしておりました」


 カウンターでそう声をかけると、震える手でスタッフは鍵を渡した。ひったくるように奪うと、重厚感のあるドアの前に移動した。視線を動かすこともなく、近くの壁にあったボタンを押す。すると、ドアが開き、狭い空間が現れる。いわゆる、それはエレベーターというものだったが、当然オースが知るはずもない。


(何、これ!?)


 狭い空間に、彼は何の躊躇いもなく入っていく。少し戸惑ったが、オースも中に入る。ドアが閉まると、外の明かりは一切入って来なくなった。


「えっと、8……」


 その空間の中には、数字と記号のボタンがあった。彼は記号のボタンを左手で押しながら、右手で「8」「1」「7」と数字のボタンを順番に押した。その瞬間、ガタンと空間が揺れて動き始める。


(っ!?)


 浮遊系の魔術は使っていないし、飛び跳ねた訳でもない。その場に留まっていたにも関わらず、体が浮く感覚を覚えた。何がどうなっているのか、オースは混乱していた。透明になっていても、受ける衝撃は変わらないようだ。


『これは、縦に……下に移動しているね。魔力は感じない。名前は後でちゃんと調べないとだね。大丈夫、ただのシンプルな移動手段の機械みたいだ』


(下に? あんなに高い建物だったのに、下なのか。つまり、上はホテルで……下がマフィアの本部?)


 少しすると、鐘のような音が響いて動きが止まる。そして、ドアが開くと、ホテルとは全く違う空間が現れた。静かで、薄暗くて、どこか血生臭い。変な緊張感が漂っている。


「ふーっ……」


 彼は大きく息を吐くと、意を決した様子で歩き始める。長い廊下に沢山のドア。一体どこか目的地なのか、ついて行かなければちっともわからない。奇妙な静けさの中、彼の足音だけが響いた。気味の悪さを感じつつも、ついて行くことしかできない。


(本部って……こんなに静かなもんなのか?)


 あるドアの前で、彼の歩みが止まった時、オースはついにその時が来たのだと息を呑んだ。そして、彼は力強くノックした。


「おいで」


 中からそう声が響くと、ドアが開いた。優しい女性のような声だった。


「遅くなりました、ボス!」


 部屋に入るなり、彼はそう言って頭を下げた。


「アハハ! おかしなことを言う。お前は、すぐに来てくれた。あたしは、待つ時間が好きなんだ。むしろ、早く来すぎだと叱りたいくらい」


 黒髪の女性がソファーに座りながら、微笑んでその様子を見守っていた。見慣れない髪型をしていた。頭部から編み込まれた髪型は、まるでとうもろこしのよう。


(この女が……ボス)


 魔王軍の名を騙り、横暴を働くマフィアのボス。統制と恐怖のトップにいるのが、彼女だという。血にまみれていないのに、暴力を振るっている訳でもないのに、オーラがあった。そんな彼女の左目には、ライオンのタトゥーが刻まれていた。


「えっ、あ……俺、知らなくて……すみません!」

「いいから、そこに座りな。今回は、仕事の成功を直々に祝してあげようと思ってね。実に素晴らしかったから」

「あ……ありがとうございますっ!」


 顔を上げると、素早く示されたソファーに腰掛けた。


「あぁ、本当によくやってくれた。こんなに嬉しいことはないよ」


 彼女は前のめりになり、満面の笑みを浮かべる。


「お、驚きました。まさか、ボスと会えるなんて」


 和やかな雰囲気だったが、彼はかなり怯えていた。彼女が少し体を動かすだけで、びくりと体を揺らしている。


「それくらい、お前に感動したということ。それで……報酬の件だが。これで、満足してくれるかな? いや――満足だろう。このあたしから、直々に手を下されるのだから」


 そう言って、彼女が取り出したのは――拳銃だった。突きつけられた銃口を見て、彼は固まった。


「えっ?」


 銃声が響いた。彼は、間抜け面で椅子にもたれかかる。頭から、血を流しながら。まるで、彼らが襲撃した独立派のメンバー達のようだった。

 仕事の成功の報酬は、死。そんな最悪なプレゼントを贈った彼女は、銃を見つめながら言った。


「――わかってるよ。そこにいるの。魔王軍の方。隠れているつもり? 残念だけど、丸わかり。あたしの目的は、貴様だよ」

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