あタしノ目的ハ、キさマ
非常に緊張した面持ちで、兄貴は黒光りの車に乗り込む。身なりもきちんと整えているが、かなり落ち着かない様子だ。車内は結構広い。オースも、例によって魔術を用いて、同乗していた。
(や~っと、ボスに近付けるのかっ! いや、もしかしたらボスの代理みたいな奴が出てくる可能性も……)
過度な期待は、絶望の原因だ。もしかしたらの程度に留めておくべきだ。代理だとしても、出てくる人間はこの兄貴よりは上だろう。
「くっ……まだつかねぇのか!」
「すみません! これ以上は出せません! この島……カーブが多過ぎるんです!」
運転手の男性は急かされ、必死の形相だ。
「馬鹿言ってんじゃねぇ! それくらい、てめぇの技術でどうにかしやがれ!」
「そんな……死んでしまいます!」
「うだうだ抜かすな! 先にてめぇを殺してやろうか!?」
「……頑張りますっ!」
(滅茶苦茶だな。もう十分速度は出てる気がするんだが……)
窓から外の様子を見ると、車を慌てて避ける人々がいた。人通りの多い道でも、お構いなし。きっと、人を轢いたとしてもこの車は止まらないだろう。
(それに、時間の指定もされてない感じだったような? 今日中にどこどこに来いって書かれてただけなような。なのに、受け取った瞬間、すぐ車に乗ってぶっ飛ばすとか。てか、そんなに言うなら自分で運転すりゃいいのに)
見栄を張ってなんぼの世界。もし、自分で運転をしている姿を他の幹部連中に見られたら――嗤い者だ。
「兄貴! 見えてきましたよ、本部です!」
「見えてきたから何だよ! この俺が、本部内に足を踏み入れて初めてゴールなんだよ!」
「はいぃぃぃっ!」
乗り心地も最悪で、男性だらけの車に乗り続けるのは不快だ。
(もう場所はわかったし、車を降りて先に待ってようかな? どうせ、大した会話しないだろうし。ぎゃーぎゃーうっせぇし、運転は荒々しいし無駄に疲れるわ。よし、飛ぶぞ)
動く車から颯爽と脱出し、本部と呼ばれた場所へと向かう。
(あー、やっぱり快適だわ。てか、こいつらなんで魔術を使わねぇんだ? こっちの方が楽なのに。あぁ……でも、そうか。教育を受けてねぇのかもしれねぇな)
容易に魔術を扱えるようになったことで、使わない者が使わない理由を忘れてしまいそうになった。
「……っと」
オースは、本部の前に降り立つ。
(アイランドホテル……随分とド派手な本部だな。しかも、しっかりと商売してやがる。隠れるつもりなんて、ほとんどねぇんじゃねぇか? うわ、入り口にでっけぇライオンの像が飾ってある。おっかねぇ……絶対に、こんな所に泊まりたくねぇ。変に金をむしり取られるとか勘弁だわ)
マフィア達の本部を見上げながら、オースは武者震いをする。L字型の茶色いレンガ造りの10階建て。随分と立派なものだ。しかも、表向きはホテルとして営業しているというがめつさ。
(まともに営業してんのかね? してたとしても、絶対に泊まりたくないが。おっと、ようやくご到着か)
狂気と化した車が急ブレーキをかけると、慌ただしく兄貴が出てくる。そして、足早に本部へと入っていった。その後に続くと、フロントでは制服を着た者達が、緊張の面持ちで業務に当たっていた。優雅な音楽が台無しになるくらいの空気感であった。兄貴の顔を見ると、さらに顔を強張らせた。
「817号室の鍵を」
「はっ、はい、お待ちしておりました」
カウンターでそう声をかけると、震える手でスタッフは鍵を渡した。ひったくるように奪うと、重厚感のあるドアの前に移動した。視線を動かすこともなく、近くの壁にあったボタンを押す。すると、ドアが開き、狭い空間が現れる。いわゆる、それはエレベーターというものだったが、当然オースが知るはずもない。
(何、これ!?)
狭い空間に、彼は何の躊躇いもなく入っていく。少し戸惑ったが、オースも中に入る。ドアが閉まると、外の明かりは一切入って来なくなった。
「えっと、8……」
その空間の中には、数字と記号のボタンがあった。彼は記号のボタンを左手で押しながら、右手で「8」「1」「7」と数字のボタンを順番に押した。その瞬間、ガタンと空間が揺れて動き始める。
(っ!?)
浮遊系の魔術は使っていないし、飛び跳ねた訳でもない。その場に留まっていたにも関わらず、体が浮く感覚を覚えた。何がどうなっているのか、オースは混乱していた。透明になっていても、受ける衝撃は変わらないようだ。
『これは、縦に……下に移動しているね。魔力は感じない。名前は後でちゃんと調べないとだね。大丈夫、ただのシンプルな移動手段の機械みたいだ』
(下に? あんなに高い建物だったのに、下なのか。つまり、上はホテルで……下がマフィアの本部?)
少しすると、鐘のような音が響いて動きが止まる。そして、ドアが開くと、ホテルとは全く違う空間が現れた。静かで、薄暗くて、どこか血生臭い。変な緊張感が漂っている。
「ふーっ……」
彼は大きく息を吐くと、意を決した様子で歩き始める。長い廊下に沢山のドア。一体どこか目的地なのか、ついて行かなければちっともわからない。奇妙な静けさの中、彼の足音だけが響いた。気味の悪さを感じつつも、ついて行くことしかできない。
(本部って……こんなに静かなもんなのか?)
あるドアの前で、彼の歩みが止まった時、オースはついにその時が来たのだと息を呑んだ。そして、彼は力強くノックした。
「おいで」
中からそう声が響くと、ドアが開いた。優しい女性のような声だった。
「遅くなりました、ボス!」
部屋に入るなり、彼はそう言って頭を下げた。
「アハハ! おかしなことを言う。お前は、すぐに来てくれた。あたしは、待つ時間が好きなんだ。むしろ、早く来すぎだと叱りたいくらい」
黒髪の女性がソファーに座りながら、微笑んでその様子を見守っていた。見慣れない髪型をしていた。頭部から編み込まれた髪型は、まるでとうもろこしのよう。
(この女が……ボス)
魔王軍の名を騙り、横暴を働くマフィアのボス。統制と恐怖のトップにいるのが、彼女だという。血にまみれていないのに、暴力を振るっている訳でもないのに、オーラがあった。そんな彼女の左目には、ライオンのタトゥーが刻まれていた。
「えっ、あ……俺、知らなくて……すみません!」
「いいから、そこに座りな。今回は、仕事の成功を直々に祝してあげようと思ってね。実に素晴らしかったから」
「あ……ありがとうございますっ!」
顔を上げると、素早く示されたソファーに腰掛けた。
「あぁ、本当によくやってくれた。こんなに嬉しいことはないよ」
彼女は前のめりになり、満面の笑みを浮かべる。
「お、驚きました。まさか、ボスと会えるなんて」
和やかな雰囲気だったが、彼はかなり怯えていた。彼女が少し体を動かすだけで、びくりと体を揺らしている。
「それくらい、お前に感動したということ。それで……報酬の件だが。これで、満足してくれるかな? いや――満足だろう。このあたしから、直々に手を下されるのだから」
そう言って、彼女が取り出したのは――拳銃だった。突きつけられた銃口を見て、彼は固まった。
「えっ?」
銃声が響いた。彼は、間抜け面で椅子にもたれかかる。頭から、血を流しながら。まるで、彼らが襲撃した独立派のメンバー達のようだった。
仕事の成功の報酬は、死。そんな最悪なプレゼントを贈った彼女は、銃を見つめながら言った。
「――わかってるよ。そこにいるの。魔王軍の方。隠れているつもり? 残念だけど、丸わかり。あたしの目的は、貴様だよ」




