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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第九章 暴君ノそン在しョう明

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よルノ街ヲ駆ケなガら

 結論から言えば、オースは問題なく退店できた。


「にしても、驚いたな。人は見かけによらねぇってことか」


 冴えないどこにでもいそうな男性の財布には、パンパンにお金が入っていた。請求額に恐怖を覚えたのだが、余裕で支払うことができるくらい。店員達も驚いていた。ヴァネッサは、「そんなに持ってるならケチケチしなくて良かったのに」と少し不満を漏らしながらも、見送ってくれた。

 それから、オースは歓楽街を出て、建物の陰で擬態を解いた。元の姿に戻ったとてとては、動き回ることもなく、疲労感を露わにした。


「お金持ちさんだったね……」

「つか、そんなんでよくやってたな。もし、金がなくてトラブってたら、どうなってたの?」


 財布の中に入っていた札束を、うちわのようにして仰ぐ。独特な匂いを嗅ぎながら、優越感に浸りながら尋ねる。


「その時はその時で、頑張るしかないよ。ここで支えきれなかったら、意味ないもん。はぁ……それで、兄様はこれからどうするの?」

「とりま、さっきの店を監視してようか。普通じゃねぇって思うんだよな。ってことで、とてとてよ」

「うん?」

「歩いてったらさ、無理やり店の中に入れられそうじゃん? だから、透明になって監視とか空飛んで確認とかできたらいいなぁって」


 あの辺りは、怪しげな店ばかり。隙を見せれば、また無理やり連れ込まれるだろう。お金に余裕があるとは言え、あの雰囲気は好きになれないし、ストレスが溜まる。商売をしているにも関わらず、客と店員の関係が歪んでいるような気がした。店が終わるのを待ち、店側の人間を探るべきだと考えたのだ。


「なるほど、ね。つまり、ボクの力が必要ってことなんだね」


 しかしながら、透明になる力も空を飛ぶ力も持ち合わせていない。とてとてのサポートは必須だった。


「そ! どっちが楽?」

「どっちが楽って言われてもなぁ……兄様は、どっちの力も使えないでしょう? 兄様が、その力を使えるようにサポートすることはできるけれど。成功するかどうかは、兄様次第になる」

「えー……」


 もし、できなかったら、結局、自分の足で頑張らなければならなくなる。オースは札束で仰ぐのをやめ、不満げな表情を浮かべた。


「ボクに与えられている権限は、あくまで兄様が仕事をこなせるようにサポートすることだけだから」

「じゃあ、どういう風にサポートしてくれる訳?」


 財布に札束を戻しながら、とてとてを睨む。


「魔術の使い方って言うのかな? 人間達は、学校で体に染み付くまで鍛え込むらしいよ。だから、本当は凄く時間のかかることなんだ。だけど、ボクがサポートすることで、それを経験したことにできるんだ」

「それって……また、俺の中に入るのか?」


 オースはもの言いたげな目線を、とてとてを向ける。


「うん。兄様の細胞の中に」

「ってことは、また声が聞こえるのか」

「嫌なの? ボクらは、兄弟なんだから……一緒にいる方が幸せでしょ?」

「普通に嫌だが? ま、それしか方法がないから仕方がない。ほら、来いよ」


 諦めのついた表情で、両手を広げて誘う。


「ふー……今日は、中々ハードだね。でも、そのやる気を無駄にする訳にはいかないよね!」


 意を決した様子で、オースの中に飛び込んだ。とてとてはぶつかることなく、吸収されるように中に入っていく。


(これで……本当に魔術が使えるんだな)


 自分が魔術を使えるようになったのだと思うと、胸が高鳴った。


『うん。でも、魔術でも必要なのは想像力だよ。思い描く力と魔力が、魔術の成功を呼ぶんだ』


(ふーん。どっちも、俺には自信があるぜ?)


『あ、どんな魔術を使いたいか事前に教えてね。この世界に存在する魔術で、兄様の理想を叶えるために最も適切なものを使えるようにできるから』


(はいはい、わかったよ。申告制って奴か。じゃ、さっさとやってくぞ!)


『うん!』


(軽く空飛べる感じの魔術を使いてぇ)


 そう伝えると、不思議な感覚が駆け巡る。刹那、オースは理解する。軽く空を飛ぶために必要なことを。魔術を使い、その理想を叶える方法がわかる。

 オースは、当然のように膝を曲げ、跳躍する。地面から屋根の上に飛び移る、自身の姿を想像しながら。


「うおぉっ! すっげぇ!」


 足が地面についたままでもなければ、空の向こうに飛ぶ失態を晒すこともなかった。適度に飛び跳ね、見事に屋根に着地した。


「流石は俺だな……」


 上から見る景色を眺めながら、オースはにやりと笑う。


『魔力の制御も、想像力も完璧だね。こんなに簡単にできるなんて……かっこいいね! もしも、機会があったなら、兄様はすっごい魔術師になれてたかもね!』


 魔術師――その単語を聞いて思い出す。


(当然だ。そういえば、あいつにも言われたっけな……)


『――つまり、君は……素晴らしい素質の持ち主だ』

『素質? なんの?』

『魔術師さ――』


 今は亡き友レイナルに、そう讃えられた。それを知ったとして、魔術を知らなければ魔術師にはなれない。学校に行くことも、習うことも叶わなかったオースには、宝の持ち腐れだった。そして、そのまま終わるはずだった。


『あいつ?』


(……ダチ。それより、さっきまで死にそうな感じだったけど、もう問題ねぇの? 死にそうな声が、頭にまた響いてくるとか嫌だぜ)


『擬態能力の細胞に入り込んでる時は、もうギャーッって感じだったんだけど……あそこから出たら、全然マシになったよ。かなり疲れてるけど、これをこなすくらいなんてことないよ』


(ま、お前の状況なんてどうでもいい。問題あろうとなかろうと、やって貰わねぇとお話にならねぇからな)


 オースがそう返すと、とてとては少し間を置いて尋ねる。


『……どうして、兄様は本当は心配していないのに、ボクを心配しているような聞き方をしてくるの?』


(んー? あぁ……癖? 可哀想な奴には、優しい言葉が沁みるんだ。上っ面の言葉でも、満足するらしいからな)


 悲しそうな時、辛そうな時、苦しそうな時、泣いている時、いつだって優しい言葉をかけてあげた。「大丈夫か?」「無理してないか?」などと。目の前でうじうじされ続けるのが嫌で、そう声をかけるとルースは笑った。それ以上のことは、特に聞いていないのに。何故か、安心したような表情で。

 

『なるほど……それも、兄様らしくていいと思う!』


 しかし、それを聞いても、とてとては否定しなかった。むしろ、勉強になったと感嘆している様子だった。


(どうも。じゃ、また同じ感じで飛ぶぞ。さっきの店の近くまで)


 夜の街の上空を、軽やかにオースは駆けていく。地面を走っていくよりも、空を移動していく方が速い。そして、あっという間に、先ほどの店の前にまで辿り着いた。


(あぁ、爽快だなぁ。いい気分だ)


「さてと、じゃあここで時間を潰しますかねぇ」


 オースはしゃがみ込み、頬杖をつく。


(そういやぁ……空を飛びながら、透明になることってできたのか?)


『ん? できるよ? 魔術は組み合わせることができるから。勿論、魔力の消費量は増えるし、制御は難しくなるけどね』


(へぇ、魔術師までの道のりも簡単じゃないんだなぁ。まぁ、俺ならできるけどな)


『うん! 兄様ならできるよ。ボクもサポートするし、最強の魔術師も夢じゃないよ!』


 オースの気分の乗る話をしながら、その時が来るまで待ち続けるのだった。

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