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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第九章 暴君ノそン在しョう明

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時ノ流れニ身ヲまカセ

 店内はきらびやかに装飾され、既に何人かの客もいた。ただ、彼らは全体的に冴えない印象で、周りを取り囲む女性達に押されているような状況だった。テーブルに置かれている酒や食べ物の数々も、恐らく彼らの意思で頼んだものではないだろうと感じた。


「いらっしゃいませ、お客様。初めてですよね? 当店、初めてのお客様にはサービスをしております。どうぞ、こちらへ」


 やたらと威圧感のある屈強な男性が、にこやかに招き入れて案内をする。立ち振る舞いこそ丁寧だが、小心者には本能的に恐怖を与えることができるだろう。


(なるほど……これは、中々怪しいな。俺ってば、どれだけラッキーなんだ? まぁ、まだ決まった訳じゃねぇけど。でも、普通の雰囲気って感じしねぇな。こういう店、行ったことねぇけど)


 促されるまま、その後をついていく。


「美味しい食べ物もお酒もた~くさんあるんだから。いっぱいお話しようね♪」

 

(にしても、こいつはいつまで俺に引っ付いてるつもりなんだ? いい加減、ウザいな)


 さっきからへばりついて離れない。正直、歩きづらくて仕方ない。


「お客様、どうぞこちらに」

「わーい、ありがとっ♪ ほらほら、早く座ってよ!」


 席に案内されると、ようやく彼女は離れて飛びつくように座って、ソファーの感触を確認する。そして、手招きをして、隣に座るように示した。


(はぁ……てか、俺って金あんのか? カバンの中には色々入ってたけど、金はあったか? 財布どこにあんだろ? 一文無しだったら、それこそトラブルじゃん。俺が巻き込まれたい訳じゃねぇんだけど……飴玉差し出してもチャラにはならねぇよなぁ)


 そんなことを考えながら、仕方なく席につくオース。すると、不安げな表情を見て、彼女は言う。


「どしたの?」

「いや、えっと……高そうな店だなぁって思ってね。心配になってきちゃったなぁ……なんて」

「大丈夫です、お客様。初めてのお客様には、特別価格をご用意させて頂いております。ご覧下さい!」


 そう言うと、男性は料金表を見せる。ただ、書いてあることが多すぎて、まとめてあるように見えてそんなにまとまっていなくて、混乱してしまう。


(あぁ? 会員……ではねぇし、招待会員? いや、隣の初来店特別価格って奴? 初来店特別価格の……平日か? んで、今は夜だから……ん? 下の方に、指名料金と食事料金は別ですって書いてある。え? 1人で来店したら別に料金かかるんじゃん! はぁぁぁ~!? しかも、サービス料金20%? つまり、どれくらい金かかんだよ!)


 他にも、ごちゃごちゃと書かれている。小さい文字で色々と。イライラして、見る気が失せてしまう。


「お客様は初来店特別価格の平日、夜間です。お1人で来店とのことで、その料金がプラスされます。それと、今回は指名はなしですので、ご了承下さい」

「は、はぁ……」


(これくらいの金だったらあるか……? あるんだろうか……)


 説明を受け、現時点で必要な額は理解した。食事をしなければ、余計なお金はかからない。サービス料金はかかるようだが、元の金額が庶民的なので大した額にはならないはずだ。


「それで、お客様。最初は何をご注文されます?」

「え?」


 と思った途端に差し出されたのは、メニュー表。彼女はそれを受け取ると、すぐに見始める。


「私、もうお腹ぺっこぺっこ! あー! このパスタがいいな! これ、美味しいって評判なんだ!」


(何言いやがるんだ、この女っ! 人の金だぞ! 金があるかわからんが……そもそも、俺の金でもないが!)


「はっ――」

「かしこまりました。では、早速ご用意致しますね」

「いや――」

「わーい♪ ありがと、嬉しいなっ♪」


 言葉を勘違いされ、訂正を妨害され、オースは呆然とする。


(ろくでもねぇ店だ! ぶっ壊してやりてぇな! でも、我慢だ……)


 怒りを堪え、困った笑みを浮かべて彼女に視線を向ける。


「参っちゃうなぁ……」


 冴えない感じを演出するため、深いため息をついて、ソファーに身を委ねる。


「どしたの? 悩み事?」


(今、この状況に悩んでんだよ。馬鹿か? わかってて言ってんだったら、性格が終わってんだ)


「いや、まぁ色々とね……」

「あ、そういえば、おじさんなんて呼んだらいいの? あだ名とかさ、ほら、親近感大事でしょ!」

「あー……えっと――」

「ご注文のパスタでございます」


 通りすがりの名前など、オースは知らない。慌てていると、先ほどの男性がパスタを持ってきた。そして、ふと彼の胸元にはネームプレートがあることに気がついた。


『ジャック=オウ』


(ジャック、ジャックか……そういう名前でもいいのか。なら……)


「お客様、当店、お酒も注文して頂く決まりなのですが」


 考え込むオースの顔を覗き込み、彼は言う。


「そんな決まりありましたっけ……?」

「え? もー料金表に書いてあったでしょ! ちゃんと見ないと! どれにする?」


 彼女は笑いながら、肩を叩いた。


(は? そんなんどこにあったんだよ。大事なことなら、でかでかと書いとけや!)


「ハハ……じゃあ、この1番安いのにさせて貰おうかな……」

「えーケチ!」


 頬を膨らませ、ねだるような目線を向ける。しかし、そんなものにオースが屈するはずもない。


「そんなにお金がある訳じゃないから……」

「承知致しました」

「ちぇ~」

「ごめんね」


(ムカつくわ。なんで、俺が謝らねぇとなんねぇ訳? 覚えとけよ……くそ女)


「あ、それで! なんて呼んだらいいの?」


 それはそれとしてと、気持ちを切り替えた様子で尋ねた。しかし、もう焦らない。


「ジョンって言うんだけど……」

「ジョン? ジョンか~じゃあ、Jだね!」

「J!?」


 想定外のあだ名に、思わず声が裏返ってしまう。


「良くない? なんかかっこ良くてさ」

「別になんでもいいけど……」

「じゃあ、Jね! あ、お酒も来た~。飲も飲も~」


 グラスに注がれていく酒を見ながら、オースは思う。


(ちょっと飲んだことあるけど、酒ってにげぇんだよな。こんなもん飲んで、美味しいとか楽しいとか意味不明だわ)


「はい、じゃあ乾杯~」


 2人はグラスを持ち、音を鳴らして乾杯する。彼女は、心地良さそうに飲み干していく。


(これ、飲まねぇと駄目な奴かぁ……)


 恐る恐るグラスを口に近付けるが、その臭いに一気に飲む気が失せる。


(くっせ! 絶対に飲みたくねぇ!)


 とりあえず、飲んだふりするオース。


「減ってなくない?」

「あぁ、ちょびちょび飲むタイプなんだ」

「ちょびちょびって……J可愛い~♪」


 彼女は、子供でもあやすかのように頭を撫でた。


「可愛いって……何歳だと思ってるんだい」

「可愛いって万物対象だよ? キモいより可愛いの方が、Jも嬉しいでしょ!」

「男としては、かっこいいの方が……」

「イケオジならアリだけど、Jはちょっと違うねー。あ、来たっ!」


 よくある論争をしていると、再び男性がやってくる。頼んだものは、既に机の上にある。


「え?」

「デザートのフルーツパフェにございます」

「何これ、こんなの頼んでない……よね?」

「あれー? お酒には、デザートがついてるの! このお酒には、フルーツパフェなんだ♪」

「えー……知らなかったなぁ……」


 怒りや呆れを通り越し、もう天を仰ぐしかできなかった。


「ちゃんと書いてあったよ? 右側の方。お金がかかるんだから、ちゃんと見ないと駄目じゃん」


(あー、はいはい。また小さく書いてあったパターンみたいなことね。もうどうでもいいわ。こんな店、早く潰れねぇかな。いや、後で俺が潰す)


「では、失礼致します」

「ハハ……そういえば、君はなんて名前なの?」

「あ、私? 私はね、ヴァネッサって言うの。ヴァンって呼んでね♪」


(ヴァネッサか……こんな奴にも、ちゃんと名前があるんだよな。ここの店で働いてる奴、全員……当たり前か)


「素敵な名前だね」

「まぁね。顔に劣らぬ名前でしょ~? あ、ねぇねぇ! Jってどういう仕事してるの?」

「あ~えっと……この島のいい野菜を探しに来てて……いいものがあれば、買っていこうかと。それで、レストランとか店に売ろうかなって……」


 そういう仕事があることは知っている。オースの父が、野菜をロブの町で売るようになったのも、バイヤーが村に来たからだ。


「へー、なんか凄そう! なんか意外!」

「そ、そうかなー」

「うん!」


 ヴァンの質問をのらりくらりとかわし、記憶にない食事が運ばれてくる度に困惑しながら、時の流れに身を任せるのだった。 

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