時ノ流れニ身ヲまカセ
店内はきらびやかに装飾され、既に何人かの客もいた。ただ、彼らは全体的に冴えない印象で、周りを取り囲む女性達に押されているような状況だった。テーブルに置かれている酒や食べ物の数々も、恐らく彼らの意思で頼んだものではないだろうと感じた。
「いらっしゃいませ、お客様。初めてですよね? 当店、初めてのお客様にはサービスをしております。どうぞ、こちらへ」
やたらと威圧感のある屈強な男性が、にこやかに招き入れて案内をする。立ち振る舞いこそ丁寧だが、小心者には本能的に恐怖を与えることができるだろう。
(なるほど……これは、中々怪しいな。俺ってば、どれだけラッキーなんだ? まぁ、まだ決まった訳じゃねぇけど。でも、普通の雰囲気って感じしねぇな。こういう店、行ったことねぇけど)
促されるまま、その後をついていく。
「美味しい食べ物もお酒もた~くさんあるんだから。いっぱいお話しようね♪」
(にしても、こいつはいつまで俺に引っ付いてるつもりなんだ? いい加減、ウザいな)
さっきからへばりついて離れない。正直、歩きづらくて仕方ない。
「お客様、どうぞこちらに」
「わーい、ありがとっ♪ ほらほら、早く座ってよ!」
席に案内されると、ようやく彼女は離れて飛びつくように座って、ソファーの感触を確認する。そして、手招きをして、隣に座るように示した。
(はぁ……てか、俺って金あんのか? カバンの中には色々入ってたけど、金はあったか? 財布どこにあんだろ? 一文無しだったら、それこそトラブルじゃん。俺が巻き込まれたい訳じゃねぇんだけど……飴玉差し出してもチャラにはならねぇよなぁ)
そんなことを考えながら、仕方なく席につくオース。すると、不安げな表情を見て、彼女は言う。
「どしたの?」
「いや、えっと……高そうな店だなぁって思ってね。心配になってきちゃったなぁ……なんて」
「大丈夫です、お客様。初めてのお客様には、特別価格をご用意させて頂いております。ご覧下さい!」
そう言うと、男性は料金表を見せる。ただ、書いてあることが多すぎて、まとめてあるように見えてそんなにまとまっていなくて、混乱してしまう。
(あぁ? 会員……ではねぇし、招待会員? いや、隣の初来店特別価格って奴? 初来店特別価格の……平日か? んで、今は夜だから……ん? 下の方に、指名料金と食事料金は別ですって書いてある。え? 1人で来店したら別に料金かかるんじゃん! はぁぁぁ~!? しかも、サービス料金20%? つまり、どれくらい金かかんだよ!)
他にも、ごちゃごちゃと書かれている。小さい文字で色々と。イライラして、見る気が失せてしまう。
「お客様は初来店特別価格の平日、夜間です。お1人で来店とのことで、その料金がプラスされます。それと、今回は指名はなしですので、ご了承下さい」
「は、はぁ……」
(これくらいの金だったらあるか……? あるんだろうか……)
説明を受け、現時点で必要な額は理解した。食事をしなければ、余計なお金はかからない。サービス料金はかかるようだが、元の金額が庶民的なので大した額にはならないはずだ。
「それで、お客様。最初は何をご注文されます?」
「え?」
と思った途端に差し出されたのは、メニュー表。彼女はそれを受け取ると、すぐに見始める。
「私、もうお腹ぺっこぺっこ! あー! このパスタがいいな! これ、美味しいって評判なんだ!」
(何言いやがるんだ、この女っ! 人の金だぞ! 金があるかわからんが……そもそも、俺の金でもないが!)
「はっ――」
「かしこまりました。では、早速ご用意致しますね」
「いや――」
「わーい♪ ありがと、嬉しいなっ♪」
言葉を勘違いされ、訂正を妨害され、オースは呆然とする。
(ろくでもねぇ店だ! ぶっ壊してやりてぇな! でも、我慢だ……)
怒りを堪え、困った笑みを浮かべて彼女に視線を向ける。
「参っちゃうなぁ……」
冴えない感じを演出するため、深いため息をついて、ソファーに身を委ねる。
「どしたの? 悩み事?」
(今、この状況に悩んでんだよ。馬鹿か? わかってて言ってんだったら、性格が終わってんだ)
「いや、まぁ色々とね……」
「あ、そういえば、おじさんなんて呼んだらいいの? あだ名とかさ、ほら、親近感大事でしょ!」
「あー……えっと――」
「ご注文のパスタでございます」
通りすがりの名前など、オースは知らない。慌てていると、先ほどの男性がパスタを持ってきた。そして、ふと彼の胸元にはネームプレートがあることに気がついた。
『ジャック=オウ』
(ジャック、ジャックか……そういう名前でもいいのか。なら……)
「お客様、当店、お酒も注文して頂く決まりなのですが」
考え込むオースの顔を覗き込み、彼は言う。
「そんな決まりありましたっけ……?」
「え? もー料金表に書いてあったでしょ! ちゃんと見ないと! どれにする?」
彼女は笑いながら、肩を叩いた。
(は? そんなんどこにあったんだよ。大事なことなら、でかでかと書いとけや!)
「ハハ……じゃあ、この1番安いのにさせて貰おうかな……」
「えーケチ!」
頬を膨らませ、ねだるような目線を向ける。しかし、そんなものにオースが屈するはずもない。
「そんなにお金がある訳じゃないから……」
「承知致しました」
「ちぇ~」
「ごめんね」
(ムカつくわ。なんで、俺が謝らねぇとなんねぇ訳? 覚えとけよ……くそ女)
「あ、それで! なんて呼んだらいいの?」
それはそれとしてと、気持ちを切り替えた様子で尋ねた。しかし、もう焦らない。
「ジョンって言うんだけど……」
「ジョン? ジョンか~じゃあ、Jだね!」
「J!?」
想定外のあだ名に、思わず声が裏返ってしまう。
「良くない? なんかかっこ良くてさ」
「別になんでもいいけど……」
「じゃあ、Jね! あ、お酒も来た~。飲も飲も~」
グラスに注がれていく酒を見ながら、オースは思う。
(ちょっと飲んだことあるけど、酒ってにげぇんだよな。こんなもん飲んで、美味しいとか楽しいとか意味不明だわ)
「はい、じゃあ乾杯~」
2人はグラスを持ち、音を鳴らして乾杯する。彼女は、心地良さそうに飲み干していく。
(これ、飲まねぇと駄目な奴かぁ……)
恐る恐るグラスを口に近付けるが、その臭いに一気に飲む気が失せる。
(くっせ! 絶対に飲みたくねぇ!)
とりあえず、飲んだふりするオース。
「減ってなくない?」
「あぁ、ちょびちょび飲むタイプなんだ」
「ちょびちょびって……J可愛い~♪」
彼女は、子供でもあやすかのように頭を撫でた。
「可愛いって……何歳だと思ってるんだい」
「可愛いって万物対象だよ? キモいより可愛いの方が、Jも嬉しいでしょ!」
「男としては、かっこいいの方が……」
「イケオジならアリだけど、Jはちょっと違うねー。あ、来たっ!」
よくある論争をしていると、再び男性がやってくる。頼んだものは、既に机の上にある。
「え?」
「デザートのフルーツパフェにございます」
「何これ、こんなの頼んでない……よね?」
「あれー? お酒には、デザートがついてるの! このお酒には、フルーツパフェなんだ♪」
「えー……知らなかったなぁ……」
怒りや呆れを通り越し、もう天を仰ぐしかできなかった。
「ちゃんと書いてあったよ? 右側の方。お金がかかるんだから、ちゃんと見ないと駄目じゃん」
(あー、はいはい。また小さく書いてあったパターンみたいなことね。もうどうでもいいわ。こんな店、早く潰れねぇかな。いや、後で俺が潰す)
「では、失礼致します」
「ハハ……そういえば、君はなんて名前なの?」
「あ、私? 私はね、ヴァネッサって言うの。ヴァンって呼んでね♪」
(ヴァネッサか……こんな奴にも、ちゃんと名前があるんだよな。ここの店で働いてる奴、全員……当たり前か)
「素敵な名前だね」
「まぁね。顔に劣らぬ名前でしょ~? あ、ねぇねぇ! Jってどういう仕事してるの?」
「あ~えっと……この島のいい野菜を探しに来てて……いいものがあれば、買っていこうかと。それで、レストランとか店に売ろうかなって……」
そういう仕事があることは知っている。オースの父が、野菜をロブの町で売るようになったのも、バイヤーが村に来たからだ。
「へー、なんか凄そう! なんか意外!」
「そ、そうかなー」
「うん!」
ヴァンの質問をのらりくらりとかわし、記憶にない食事が運ばれてくる度に困惑しながら、時の流れに身を任せるのだった。




