ヨくのウず巻ク大人ノ街へ
瓶に入った色とりどりの飴玉を眺めながら、オースは小さくため息をつく。
「飴玉を大量に貰ってもよぉ……まぁ、いいけど」
(ガキじゃねぇんだからさぁ。こんなんで、わーいわーいってする年頃じゃねぇんだよ。いや、その年頃でもわーいわーいってしない自信はあるがな。ま、持っといて損はねぇか)
よっぽどお腹が空いたら舐めてみよう、と擬態と共に手に入れたカバンの中に収めた。
「さて、と……」
改めて町の様子を確認するも、怪しげな人物もトラブルも見当たらなかった。
(さっきのマフィア連中を追うのは……難しいかな。となると、また別の奴を見つけるしかない訳だが……どうしたもんか。しかし、さっきの話を聞く限りだと、マフィアは割と堂々としてて、一般人の方が気を遣う羽目になってるって感じだったな。無理に探そうとしなくても、歩いたら何かしら起こってるかもしれん)
そんなことを考えながら、大通りを歩く。しかし、そう簡単にラッキーは起こってくれない。平和ボケしてしまいそうなくらいに穏やかで、この島の人間にとっての日常がただ通り過ぎていく。さっきの出来事や話が、全てデタラメに思えるほどに。
『に、いさま……大人の街っぽい所に行けば……いいんじゃない、かな』
そんな時、酷く疲弊した様子のとてとての声が脳内で響いた。
(おいおい、大丈夫かよ。随分と、お疲れのようだが)
能力の代償を、全負担しているのだから当然だろう。これからどんどんと悪化していくだけ。この調子で持つのかと、オースは心配する。
『思ったより、しんどい、ね。でも、頑張れるから……ちゃんとサポートもするし』
(そうか、それならいい。んで、大人の街って?)
そんなことより、と説明を求めた。
『大人の街は、夜になると……活気が出る場所なんだって。お酒を飲んだり、異性と遊んだり、踊ったり? テウメ様から聞いたことがあるんだ……人間の醜悪な部分を観察するには、大人の街って。色や欲、様々な感情が……うぅ……』
とてとては、以前に聞いた人間観察に相応しい場所――夜の街について話し始めたが、疲労からか上手く伝達できないようだった。
だが、それに配慮する気は更々ない。面倒だからだ。
(あぁ?)
『え、えっと……渦巻いてる所で、夜の闇に紛れて怪しいことが起こってるって。黒は闇に溶ける、闇は黒を溶かす……から。だから、見てて飽きないし、よく人間というものを学ぶことができるって……』
(つまり、何なの? 闇だの黒だのって、そういうのマジどうでもいいわ)
『マフィアって、悪い人達なんでしょ? 堂々とやることもあるだろうけど、隠れてやることもあると思うんだ……どれだけ強くても限界、あるから。こっそり、やりたいこと、ある……』
(あー、はいはい。何となくわかった。わかったから、もう何も言わなくていいぜ。変に喋って、擬態が駄目になったら困る。夜の街? ってのを探せばいいんだろ? そこで何もなかったら、許さねぇから。話は、これで終わりだ)
『あー……うん……頑張ってね……』
頭の中で響く声が、異様に掠れ始めていた。実際に音を発している訳ではないのに、おかしなことが起こるものだ。考えるのは野暮なことだと気持ちを切り替え、近くを通りかかった男性に、とりあえず声をかけてみることにした。
「あのぅ、すみません。酒を飲んで、女性と遊べる場所ってどこにありますか?」
「へ?」
突然話しかけられた彼は、きょとんとした表情を浮かべて立ち止まる。聞き取れてはいたものの、聞き間違いかと思ったのだ。
「え? えぇと……酒を飲みながら、女性と楽しめる場所ってありますか……ね?」
聞き返されたことで、オースは少し不安になる。何か違和感を与えてしまったのでは、と。
しかし、そんな心配をよそに、彼はくすりと笑った。
「……ハハ! すまんねぇ、急にそんなことを聞かれるとは思わなくて! ちょっと驚いただけだ! よそから来た人かな? 早速、遊びに行こうとは素直な人だねー。このまま通りをまーっすぐ行けば、歓楽街だよ。そろそろ営業し始める店が多いからね、ネオンの光で独特な雰囲気があるからすぐにわかると思うよ」
通りの先を指差しながら、彼は親切に教えてくれた。突然、思わぬことを聞いたものだから驚かせてしまっただけのようだ。
オースは頭を掻きながら、それっぽく礼を述べた。
「あぁ、ありがとうございます! やー、ちょっと仕事で疲れてましてね! ストレスを発散したい所だったんですが、どこに行けばいいかわからず……助かりました」
「うん、楽しんで。あ、でも、ヤバい店もあるから気をつけてね。ぼったくりは、普通にあるからね。後、明らかにヤバそうな人もいるからね……ほどほどに! じゃ!」
そう言い残すと、彼は手を振りながら去っていくのだった。
「ありがとうございましたー」
オースは、それに応えるように手を振り返した。
(明らかなヤバそうな人……それが、マフィアか?)
この先にあるという夜の街の治安は、あまり芳しくないらしい。
(さて、じゃあこのまままっすぐ行ってみますかぁ)
言われた通りに進んでいくと、徐々に通りの雰囲気が変わっていくのがわかった。行き交う人々の服装や雰囲気、町の彩られ方が。進めば進むほど、ぽつりぽつりとネオンの光が増えていく。そして、気が付けば全体をネオンが包んでいた。
(かなり、雰囲気変わるもんだな。これが、夜の街か)
「いらっしゃいませぇ~飲んでいきませんかぁ~」
「安いよ! しかも、美味い!」
店の前では、店員らしき人達が行き交う人々に声をかけていた。
(マフィアっぽい奴は……見当たらんなぁ。闇に隠れてやがるのか? なんかムカつくな)
怪しい人物を見つけられず苛立っていると、隣に人が立った。視線を向けると、愛らしい女性が笑顔でオースを見ていた。
彼女は、露出の多いピンク色のワンピースに身を包み、馴れ馴れしく体を密着させてきた。
「え……?」
オースは、困惑していた。何が目的なのかわからないからだ。こういったことには、疎い。
「こんばんはっ! おじさん、良かったらうちの店で飲んでかなーい? 飲むよねー? じゃあ、来て来てー♪」
「おい、いや、ちょっと……!」
彼女は力強く引っ張って、無理やり連れて行こうとする。オースは、すぐにでも引き剥がそうとしたが、それをとてとてが止めた。
『待って! ついて行って!』
(は? なんで?)
彼女の視線の先には、妖艶に輝く建物があった。ついて行けば、時間を無駄にしてしまうだろう。
『怪しい感じがする……と思う。ボクを信じて』
しかし、とてとては引き下がらない。苦しそうな声で、必死に訴える。無駄にはならない根拠は、感覚のようだが。
(違ったら?)
『それは、その時に兄様に任せるよ……』
(まぁ、いいだろう)
万が一にでも予想が外れてしまった時のとてとての扱いを考えながら、承諾した。
『うん……』
オースの脳内で、そんな会話が行われているなど露知らず。女性は、店の中へとオースを招き入れるのだった。




