奪われた幸せ
(どうして……)
優しい炎のような赤髪の青年を、大勢が囲って応援する。
「頑張れよ、ルース!」
「魔王なんて、ぶっ倒せ!」
だが、ルースは少しも嬉しそうではない。魔王討伐という大役を任されたというのに、その瞳は曇っていた。
「できないかもしれないです……」
「な~に弱気なことを言ってるんだい! 魔王を打ち倒すんだろう!?」
「まだわからないですよ……」
突如現れた魔王は、禍々しい力をもって侵略と破壊を繰り返した。
王は日々、救いを求めて天に祈り続けた。そして、ようやくその祈りが届いた。
天は告げた――魔王を討つための力を宿せる者の存在を。
それが、ルースだった。小さな村の英雄として、誰もが希望を託した。
けれど、その中でただ一人、拳を握り締めている者がいた。弟と瓜二つの顔。燃えるような赤髪の青年――兄のオースだ。
(どうして、俺じゃないんだ)
「ほらほら、オース! なんか言ってやりな!」
陽気な女性が、オースの背中を強く押した。
「っ、いってぇな……別に言うことなんて」
「あ、あの兄さん、一緒に来て下さい。いつだって、僕らは手を取り合って歩んできたじゃないですか」
「は? 何言ってんだよ、勇者に選ばれたのはお前だろ」
何とか笑顔を作り、弟であるルースの頭を撫でた。けれど、その笑顔の奥で、胸の奥が軋んでいた。
(手を取り合って? 違う。こいつは、いつも俺の後ろに隠れてめそめそしてた。なんで、こんな奴が選ばれるんだ!)
オースとルースは双子の兄弟だ。強くたくましい兄と、頼りない弟。
オースは、弟に勝っていることに安堵していた。それが、ささやかな幸福だった。
だが、その均衡は崩れた。弟は、選ばれし者となったのだ。国、いや世界の命運を託す大きな存在に。それは、今まで感じてきた優越感を打ち砕く出来事だった。
「もしかしたら、何かの間違いかもしれません。いえ、絶対に間違いです。天は兄さんの顔と、僕の顔を間違えてしまったのです。僕は弱いです。噂を聞くだけで恐ろしい魔王なんて、倒せるはずがないです」
涙ぐみながら、助けを求めるようにオースを見た。
「だとしたら、天は大間抜けだな。違ったら、いくらでも代わってやるよ。いくらでも……な。こんな所で足踏みするな。そんなお前を……待ってる奴がいるんだから、行ってこい」
その声の裏に、誰も気付かない棘があった。表面上は、厳しくも優しい兄。けれど、実際は、弟の弱気な言葉すべてが許せなかった。
「頑張ってくるのですよ……」
「絶対一緒にご飯食べようなぁ……僕らずっと待ってるからなぁ……」
両親は涙を流しながらも、弟を励ました。
「ったく泣くなよ、情けねぇ。そういう弱っちい所は親に似たよなぁ」
オースは吐き捨てるように言う。
――そんな家族が嫌だった。こんな村も、こんな暮らしも。畑と家を往復するだけの日々から、いつか抜け出したいと思っていた。
なのに、夢を叶えたのは、見下していた弟のほうだった。あまりにも皮肉で、あまりにも惨めだった。
「――あのー! すみません、そろそろ流石に行かないと約束の時間に間に合いませんのでよろしいでしょうかー!」
村の入り口で、兵士が声を上げる。随分と長く待たせてしまっていた。
「はぁ……じゃあ、行ってきます。でも、多分、勘違いだと思うので帰ってきます」
勇者とは思えないほど弱々しい声で、ルースはとぼとぼと歩き出す。
「急いで下さい! こっちも大変なので!」
「ご、ごめんなさい!」
強い口調で急かされて、ルースは慌てて走り出す。到着すると、すぐに1人の兵士が無理矢理ルースを押し込んで、自らも馬車に飛び込んだ。
「出発させて下さい!」
「あいよ~行きま~す」
車輪が土を蹴り、馬車は勢いよく駆け出した。続く兵士たちが後を追う。そして、村人達は遠ざかる背を、それぞれの想いを抱えながら見送った。




