賢明な男
少女もとい姫様は俺の言葉に激怒した。
それはもう掴みかからんと言わんばかりの勢いでーー実際掴みかかってきたんだが、「なんでよっーー私がどれだけ苦労してーー逃げてーーやっと知ってる」とかなんとかぶつくさ涙まじりで顔をくしゃんとさせながら地面にペタンと崩れ落ちる。
「ーー……?」
どうやら気を失ったらしい。
それにしても情緒不安定に加え急に気を失うとかこいつ大丈夫だろうか?
俺はちょっとばかしのなけなしの良心で心配になる。
はぁ。というかこれどうすればいいんだろうか。
ーー放置。
というわけにはいかないよなぁ。
そこそこ大きな都市にある冒険者組合とはいえ、とは言っても荒くれ者が多数集まる冒険者集団のど真ん中で、まあまあ別嬪? とまではいかなくても地味可愛い子が寝落ち放置されていりゃあ、どっかの悪い奴にお持ち帰りされるか攫われちまう。もちろん冒険者全員がそういう悪い奴ばかりじゃないが中には不心得者がいるのだ。どこの世界でもそうだろう? なら冒険者なら尚更ってことで……。
はぁ、しゃあない、とりあえず組合の上に借りてる宿で寝かしとくか。そのあとは予定通り酒でも飲もう。夜には目が覚めてんだろ。
ーーなんで俺がこんな面倒くさいこと
とかぼやきながら案外軽く小柄だった姫様を抱き上げて上階の宿のベッドまで運んだ。
夜。冒険者組合本庁舎上階にある宿にて。
「ちょっとこれ外しなさいよっ!! ねえ聞いてるの?! 私にこんなことしていいとでも思ってるの!?」
両手両足を拘束された姫様が俺の目の前で喚いていた。
おい、勘違いするなよ? 俺がこいつに何かしようってわけじゃない。俺は裏世界の奴らみたいにゲスで外道な趣味なんかないのだ。ただ自己防衛と実利を兼ねてやむを得なく姫様を拘束してるだけで合って断じて他意はない。だからそんな屈辱に満ちた目で俺を見るな。そもそもこんなガキくさい少女に下心を抱くわけがない。俺は年上好きなのだ。まあここ最近は忙しくてそういうところとはご無沙汰だけどな。
さて、そんなことよりも俺はこいつに聞かなければならないことがある。
「あのさ、お前盗賊らしき奴らに襲われてたのになんでこんなところいんの?」
ずっと目を逸らしてきた事柄について俺はようやく目を向けた。だって仕方ないだろう。こうしないことにはこの厄介ごとの塊と言わんばかりの姫様から解放されないのだから。ちなみに姫だとわかってるのは少女が襲われていたときに頭にティアラをのっけていたからだ。あれはあの国では王族しか身につけてはいけないから間違いない。
「お前じゃない。エ・ラファリエール・クラリス・ティファラス・イ・エルザベートよ。そう呼びなさい」
「長えよっ!!」
「何よ?! 何か文句あるの?!」
「あるわ! いちいちエ・ラファリエール・クラリス・ティファラス・イ・エルザベートなんて言えるか!」
「なんだ。言えるじゃない」
「今のは勢いだ! いちいちそんな長ったらしい名前呼べるか! 疲れるわ!」
「仕方ないわね。クラリスと呼ぶことを許すわ」
「じゃあ最初っからそう言えっ!!
ーーはぁはぁ。はぁ〜。なんか早々に疲れてきた。というかなんでこいつはこうも高圧的な態度なんだろうか。王族とはこういうものなのか?
いや、それにしてもほんとこいつと話してると話が進まねえな。あーもう、気を取り直してーー俺は大人だ、落ち着いた態度で接しようじゃないか。
「で、早くさっきの質問に答えてくれませんか?」
少し下手の態度で問いかけると、意外と素直でちょろいのか姫様は気分をよくしたように意気揚々とした表情をして、
「暗殺者らしき奴らに襲われて必死に逃げてきたのよ! あれはきっと私を疎む政敵の仕業ね! それでなんとか生き延びて新しい国で憧れてた冒険者にでもなろうと思ってここに来たらあんたがいたわけよ。私を見殺しにした落とし前もつけてもらわないといけないしね。それにあの国に戻っても危ないもの」
どこか誇らしげに高らかと言い放った。
なんか強い魔獣を倒して生還したときの冒険者のようだ。
王国の姫にしては案外図太い性格をしているのかもしれない。
それにしても思ったより、
「なんというか普通の理由だな」
「普通で何が悪いのよ!」
ん? 何か地雷を踏んだらしい。
でも、見殺しにしたとは人聞きの悪い。俺はあれを英断だったと思っている。後悔なんかするわけがない。思いっきりの良さが冒険者には必須なのだ。でなきゃ、いざというときにぽっくりとあの世に招待されちまう。
「それでクラリス。お前これからどうすんの?」
今のは聞かなかったことにして強引に話を進める。
「冒険者になって大成してみせるわ!」
「なんともまあ抽象的な……俺が聞きたいのは具体的にどうすんのかって話だ」
「あんたが仲間にしてくれるなら話が早いわ」
「普通に断るけど」
「なんでよ?!」
「そんなもんさっきも言ったが信用もできんやつに背中を任せられんからな」
「今のところあんたしか頼るやつがいないんだからなんとかしなさいよ! それに私を見殺しにした件忘れたとは言わせないわよ」
はぁ。なんというかこれ以上話しても話が進まん気がする。堂々巡りってやつだ。ちょっと外道だがこのまま放置させてもらおう。いつまでも部屋を開けない客人に宿の者が気付いて、対応してくれるだろう。
俺はピーチク文句や罵倒を背中に浴びながら他の宿に泊まるためにそこをあとにした。
書いてて新作案浮かんだので、プロット作成作業に移るため連載ストップします。