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正義を騙る

※とりあえず読み切りです。


万年Cランク冒険者アークとは俺のことだ。特技もなく、偉いわけでもなく、これと言った特徴と

言えるものが何ひとつない普通でどこにでもいるようなつまらないやつだ。冒険者と言ってももちろん普通の俺には戯曲にある英雄譚のようなドラマなんてものも一切ない。ただちょっとした冒険はあるが、それも

食いっぱぐれない具合に日銭を稼ぎ、飯をくらい、酒をあおいで次の日を淡々と迎えるしがない冒険者業にすぎない。ただそんな俺でも趣味の一つくらいはある。それは日記だ。これはどこにでもいるようなつまらない男の日記だ。


 正義なんてものは嘘っぱちだ。力ある者が一見善行に見える行いをしているだけで、単なる力による支配と何の違いがあるのだろうか。ただ単にその力ゆえにその派手さがやけに脚色されて、すごいことをしたようにみえるだけだ。そうはいっても誰かがやらなければならないこともあるだろう。ただそれは結局のところ力ある者がやるからこそ意味があり、結果が伴うのだ。所詮力のない者が見栄とつまらない良識で首を突っ込んだところで碌なことにならないことは目に見えている。不幸な未来に自ら片足を突っ込むようなやつなんてそうそういないだろう?

 

 だからこそ俺はこう言おう。

 


 ――正義? そんなもの力のない者にとって単なる偽善でしかない。



 だからこそ俺はこう言おう。



 ――目の前で王国の姫が盗賊らしきやつらに襲われていて、たまたまそれに出くわしてしまって、渦中のその姫と偶然目が合ったからと言って、助ける義理はないっ!



 さあそうと決まればやることは速い。

 逃げる。ただそれだけだ。

 万年Cランク冒険者と言われるこの俺が上位ランクの冒険者ランクB級に匹敵する王族直属近衛騎士団を圧倒する盗賊らしきやつらに一人で勝てるわけがないだろう? 

 

 じゃあ残された選択肢はなんだ? 


 逃げる、それしかない。当然の帰結だ。俺でなくてもそうするんじゃないだろうか。そう思いたいのは俺だけか。それともつまらない正義感を持ってるやつは違う選択肢を選ぶのだろうか。


 いや、そんな問答今はどうでもいい。盗賊らしきやつらに見つかっていない今がチャンスだ。不幸にも襲われている姫と目が合ってしまったが、縁もゆかりもない王国の姫様なんて隣国出身の俺には関係ない。冒険者といっても結局のところ我が身が一番かわいいのだ。命あっての稼業だ。ならば唯一の財産である身を案じるのは当然だろう?


 ただちょっとだけ姫様と目が合って後ろめたい気持ちがあるから、足の速度は緩んでしまう。だが、一度決めたことは曲げないのが男ってものだ。ばあちゃんが言っていた。女なのに男を語るばあちゃんはなんとなくかっこよくてその言葉がやけに印象に残っている。


 だからこそ姫様の犠牲を無駄にしないで今はただ逃げよう。目が合ったと言っても遠くから一瞬だけだし、もしかしたら気づいていないかもしれない。もしそれに気づいて助けを呼んだとしても、とっくに走り去っている俺にはきこえないし、盗賊らしきやつらも追いついてこれないだろう。これでもいっぱしの冒険者だ。逃げ足には自信がある。逃げるのに慣れているのがなんとなく悲しいが。

 それにもしかしたら近くにいる正義の味方というやつが助けてくれるかもしれない。しらないけどさ。

 だけどそうはいっても今日の夢見はあまりよさそうじゃないだろうから、

 

 ――今日は酒をかぶるぐらい飲んでふかふかのベッドでぐっすり寝よう

 

 そんなことを思いながら俺は街道をがむしゃらに走り抜けた。

 ただ、目が合ったの姫の悲壮感の欠片もない碧眼の瞳が気になった。



 

 そんな事件というか事故でもないようなちょっとした出来事から1週間が過ぎた。

 俺はあれから一昼夜走り抜けて隣国のとある都市まで来ていた。というよりは拠点を移した。

 理由はもちろん盗賊らしきやつらに見られた可能性を考慮してだ。冒険者稼業をやってかれこれもうすぐ二桁年になりそうな俺は慎重さというものを身につけつつある。

 

 だからだろうか。あの後、迷わず隣国まで避難しようと決断できたのは。

 王国の姫を付け狙うようなあんな奴らは碌なわけがない。おそらく政敵による暗殺か、手が血で汚れた非合法な裏世界の奴らだろう。そのような話は冒険者をやっていれば噂や伝聞で聞くこともある。


 そんな者たちが目撃者をただで済ませるとは思えない。そしてそれを目撃してしまった俺は間違いなく消されるだろう。そう考えた俺はいさぎよく冒険者として数年過ごした国と街を捨て、隣国の都市まではるばる疎開してきたのだ。


 世話になった人や仲が良かった気の合うやつの一人や二人もちろんいた。というか冒険者仲間もいた。

 別れの一言でも言いたいところだったが、背に腹は代えられないというやつだろうか。不思議と後悔はしていない。それにいつかまた会えるだろうという楽観的な考えもよぎるのだ。これも冒険者として幾人との別れで身に着けた処世術のようなものだと思う。死と失踪は冒険者にとって日常なのだ。


 さて、俺の新たな冒険を新しい国と都市で祝おうとここ数日の稼ぎで昼から飲んだくれるために杯を傾けた直後、俺はこう声をかけられた。


 ――ねえ、そこの君、新しい仲間は必要ないかしら?


 と。

 それも満面の笑みとどこかで見覚えのある瞳の色で。

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