82話 メルの憂鬱(閑話)
初めましての方はいないと思いますが、改めてご挨拶致します。
私はベルゼビュート大魔帝国の皇太子であるアルス・シルバスタ=ベルゼビュートの妹、メルと申します。
最近登場回数が減りつつあるので、神(作者)に直談判に行き閑話の主人公として1話頂きました。
今日は私の一日を皆様と共に過ごしたいと思います。
私は栄えある大魔帝国で“姫”と呼ばれています。
ですが、厳密には私は姫ではありません。
愛称のようなものです。
私の父…現大魔帝国軍参謀長補佐のケイレス・レイナードは兄上の実の父である皇帝陛下より侯爵位を頂きました。
最初は人族が侯爵?と訝しむ者達も少なくはなかったそうですが、陛下が真実を噂として流したことで、人族に誘拐され捨てられた皇太子であり創造神の使徒でもある兄上を善意だけで拾い育て、それのせいで国から追われ、それでも息子とあり続けたという逸話は大魔帝国内で人気の話になりました。
そして、使徒である兄上の育ての親として父と母は今…“聖父”、“聖母”と呼ばれています。
そして今では参謀長補佐と宮廷魔導師という実力でも上の方に君臨する為、今やレイナード侯爵家を訝しむ者は全くと言っていいほどいなくなりました。
話が逸れましたが、つまり私は姫ではなくレイナード侯爵家の娘です。
それでも兄上を兄と呼び、兄上に妹として接しられている私は“姫”と呼ばれています。
陛下の恩情で宮殿で暮らすことを許されているのもまた“姫”と呼ばれる所以でしょう。
最初は断っていたものの陛下に形式上必要だと説得され侯爵として広大な領地も貰っている父上もまた忙しい中でもなるべくアルスと過ごしたいと宮殿に自室を貰っています。
なので、私も母も共に宮殿暮らしです。
今では宮殿が我々家族の家でもあります。
しかしだからこそ、私の教育も相当な高レベルのモノ。
南大陸の一国家であったローゼン王国の伯爵家として過ごしていた私にとって、いつの間にか北大陸の統一国家ベルゼビュート大魔帝国の侯爵家という仰々しい家の人間になったのは青天の霹靂でした。
父上や母上もローゼン王国よりも数倍以上に発展した帝国の中でいきなり侯爵、侯爵夫人となったのには右往左往していたのですが、娘である私もまた戸惑いの日々でした。
その為陛下は私にかなりの人数の家庭教師をつけてくれたのですが、今考えればそれは家庭教師なんてレベルではない……です。
元宮廷魔導師や、元帝国軍将校、現役の大臣、大手商会の会頭、帝国にあるもう一つの侯爵家の夫人、その他にもとんでもない人物達が私の家庭教師となり貴族社会、一般教養から商い、高位貴族の娘としての礼節と振る舞い、魔法、戦闘、軍隊指揮、もはや私になになにをさせるつもりなの?と頭を抱える程に私は徹底的に教育されました。
しかしそれは兄上の妹として恥ずかしくないように、そして知り合いが殆どいなかった私に今後の為に多くの人脈を得られるように、帝国で生きていく為にという皇帝陛下と皇后殿下からの贈り物だったのだと今は思います。
現に私はそこから多くの事を学び、そして多くの良い人と出会い、今では高位貴族の娘として完璧過ぎるとまで太鼓判を押してもらっています。
しかし、だからこそ兄上の凄さを理解しています。
身分や出自すら不明のままローゼン王国の伯爵家の長男という肩書きを当たり前のように卒なくこなしていた幼少期、そして統一国家の皇帝の後継ぎにいきなりなってもなお皆が思う完璧な皇族、皇太子として立派に政務をこなす現在。
それがどれ程までに飛び抜けた才能なのか今の私には理解できます。
戦闘、魔法に関して天才と呼ばれる兄上ですが、その一番の凄さは適応能力でしょう。
そんな敬愛する兄上との時間も最近は殆ど取れていません。
たまに兄上が気を使ってお出掛けに連れてってくれますが、兄上が尋常じゃない忙しさの中にあることも理解しています。
それでも少しだけ私はわがままを言います。
怒られても良いのです。
大好きな兄上ですから。
でも、兄上はけして私に怒りません。
私がわがままを言っても微笑んで頭を撫でそのわがままを叶えてくれます。
なんと素晴らしい兄上なのでしょうか。
私はとても幸せです。
今日も今日とて家庭教師にしごかれる私は今は学園に通う兄上のことばかり考えています。
兄上の婚約という大事件もありました。
しかし相手は創造神を崇める創神教の頂点に君臨する教皇。
そしてその人柄もとても好ましい。
兄上には幸せになって欲しいと願う私にとって寂しさと嬉しさは紙一重でした。
ですが、教皇ロクシュリア様もまた私を妹として扱いとても可愛がってくれます。
忙しくないはずはないのですが、それでもたまに私にお土産を持って会いに来てくれます。
私の部屋で一緒に寝たこともあります。
ロクシュリア様は私のお姉ちゃんとしても完璧な方でした。
慈悲に満ちた優しい表情と、花の咲き誇る草原のような雰囲気、そして兄上が忙しくて寂しい私を少しでも元気づけようと気を使ってくれる深慮深さ。
私は本当に幸せものです。
午前の授業を終え、自室に戻った私は使い過ぎた脳を休めるためにベッドに飛び込みます。
大きくてふかふかでまるで雲のようなベッド。
ここでごろんとするのがとても好きです。
コンコンッとノックの音がして扉の方に向かうと、「メル…入るわ」と言ってとある女性が入ってきました。
声だけで分かりました。
扉から出てきたのはサラサラとした金髪に、私と同じ透き通った青い瞳の女性です。
彼女は今や超精鋭と呼ばれる皇太子直下の組織…蒼天の総帥であるローナ・フリーリア。
彼女もまた私の姉的立ち位置でいつも遊びに来てくれる一人です。
「ローナさんどうしたのですか?」
「ふふ 美味しいお菓子を手に入れたの……食べる?」
「………なっ!!それは………皇都で話題のパティシエールミヤビの………」
ローナが持っていた袋は最近話題のスイーツ専門店[パティシエールミヤビ]のものだった。
連日行列が出来、貴族でもおいそれとは手に入れられないと聞く。
いつか食べたいと思っていたのだが、侯爵令嬢といえど、なかなか手に入れられなかったスイーツ。
「た、食べたいです!」
「でしょお?じゃあお茶にしましょ」
紅茶のセットは自室に常に置かれていて、専属メイドを呼べばいつでも入れてくれるのだが、ローナはメイドを呼ばずに慣れた手付きで紅茶を用意し始める。
元奇襲突撃部隊の隊長であり、蒼天の総帥である文武両道を地で行く私の憧れであるローナは、嘘みたいな話紅茶を淹れるのがとても上手い。
メイドよりも優れていると言っても良いレベル。
テーブルに紅茶と共に並べられるフルーツタルトやケーキ。
それは宝飾品と言っても過言ではない美しさだった。
“食べよっか”と言われてフォークを手に取りフルーツタルトを一口。
「う………うまぁー!!!」
「美味しいわね……ふふ。やっぱりメルはそういう素の雰囲気の方が可愛らしいわ」
「あっ………」
貴族令嬢としてははしたない言葉遣いをしてしまったと顔を赤らめる。
が、ローナはそんな私をニコニコと見つめていた。
「今度の晩餐会参加するんでしょ?」
「ローナさんも出席するんですか?」
「こう見えて私も蒼天の総帥だからね。参加せざるを得ない…かなぁ。私晩餐会とか苦手なんだけど……。でも、ほら正式に皇太子殿下の婚約が発表された祝いでしょ?私が出ないわけにはいかないものね」
「……私も妹としても、侯爵令嬢としても出ざるを得ませんね。でもロクシュリアお姉様にも会えますし、ローナさんも居るなら安心です。」
「ロクシュリア様とは相変わらず仲がいいわね…」
「はい!とても優しくて素晴らしい方です」
「あのメルが許したって聞いたときは驚いたけど、確かに接すれば分かる良い人だもんね………」
「よかったのですか?」
「……え?」
私の質問に、ローナは首を傾げた。
「好きだったんですよね?兄上のこと」
「へっ!?」
急に顔を赤らめたローナにやはりな……と笑みを浮かべる。
「なぜ………」
「見てればわかりますよ……あぁ異性として好きなんだろうなーって」
「………最初は尊敬、敬愛だった。どんな困難でも当たり前のように打ち破って、この人がいれば問題ないって思わせてくれて、でも時々危うくて、それを支えているうちにね……」
「良いんですか?それで……」
「私はほら……どこまで言っても軍人だし。ロクシュリア様みたいに微笑んでくれているだけで優しさに包まれる!みたいなのはないから………それに、私には私の支え方がある」
「はぁー、難儀な性格ですねー。ローナさんも頼り甲斐があってとても可愛らしくて良い奥さんになると思いますけど」
「やめてよ………」
耳まで赤くしてもじもじとするローナ。
兄上と結婚するならこの人かもしれないと本当に思っていた。
しかし、彼女もまた諦めて他の選択肢を見つけようと藻掻いているのだろう。
「皇帝なら第二夫人もあり得るのでは?」
「………殿下はそういう方ではないわ。そういうところ真面目っていうか………。はぁ〜でももしその機会があればその時は絶対に困難を乗り越えてゴールインする為に尽力するわ。それまでは……副官として頑張ろっかな」
「………応援してますローナさん」
「ふふ………他人事ではないくせに」
「へっ!?」
私達は楽しいお茶会を終えて、何故か少し二人共疲れて、午後の執務と授業に戻った。
他人事ではない………か。
憂鬱だなー。
でも、私にも私なりの道がある。
その先がどんな場所に繋がるのかはまだ分からないけれど。
それでも、私は今とても幸せです。
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