75話 だったら前を向け!
ズタボロになった俺に、アルスが近寄ってくる。
なんとか身体を起こせるのだからかなり手加減してくれたのだろう。
アルスは悲しいような困ったような怒ったような複雑な顔で俺を見る。
なんで俺は、友人にこんな顔をさせてしまっているのだろうか。
「何に悩んで、何に怯えて、何に苛立ってるのかちゃんと言えよ」
アルスのその言葉に俺は目線を地面に向けた。
「………」
「負けたんだから勝ったやつの言う事聞け」
「………ったく、相変わらずとんでもない真っ直ぐな奴だなお前は………」
とんでもなく真っ直ぐで、とんでもなく優しいなお前は。
「情けねえんだよ。敵に情をかけて迷って、親父も殺して、それに腹立てて殺し回って、鬼だなんだ言われて怖がられて、それでも止められなくて………お前だったらそんな事になってねぇだろ………でも……俺は……」
「チッ………」
「壮大な舌打ちだな………」
「お前は本当に大馬鹿野郎だなレオ」
「……んだよ」
アルスは腹立たしげにそう言って俺の前にドンッと座って胡座をかいた。
魔帝国の次期皇帝で、当たり前に服も凄まじく高価で、なのにそんな事なんて何も考えていない顔で、ただまっすぐ俺の目を見る。
「つーことは、あれか?俺だったら全て完璧にこなせたはずなのに、お前にそれが出来なかったって情けなく思ってるってことか?」
「………あぁ」
「………あのなぁー。お前は俺と同級生だったよな?学生時代。ずっと一緒に居たよな?」
「あぁ」
「いつから俺は神にでもなったんだ?」
「?」
「俺はお前の同級生だったアルスだ。確かにお前らよりも強い。だが、俺が試行錯誤してるのもお前はずっと見てた…違うか?」
「………そうだな……確かに毎日のように訓練と研究してた」
「試行錯誤して、それで失敗もして、俺だって迷って間違ったこともする。ベルゼビュート大魔帝国の皇太子?学生の頃そんなん知らなかった………そもそも人族だと思ってた。創造神の使徒?巻き込まれただけで、俺だってそんな未来が来るなんて思ってもなかった。お前が鬼って化け物扱いされるのと同じだ。俺だっていきなり使徒とか言われて化け物扱いされてる。俺だって困惑する。」
「………」
「お前の話は聞いた。レイオンさんが亡くなったのもその経緯も聞いた。お前が獣人族も人族と変わりないって迷ってたのも聞いた。でも、俺でも同じことを思うぞ?」
「え?」
「俺は魔族……いや、今は神の使徒になって神人族とかいうよく分からん種族になってるけど、友達であるお前もトルスもミラもマリアも人族だろ?父さんと母さんとメルも人族だ。だけど、父上も母上も部下達も魔族だ。俺の師匠は龍人族だ。最近出来た相棒はドラゴンだ。種族なんて関係ない。だからお前の迷う気持ちも分かる。し、俺のほうが多分迷う」
「………でも」
「でも、じゃない俺も迷う。俺が迷った事によって大切な家族が死んだら荒れる。正直な話、獣王国に単身乗り込んで滅ぼすくらいするかもしれん」
「………やりかねない……か」
「おい、すんなり納得すんな。……まぁでもそうだ。俺だって迷うし荒れる。お前らが獣王国と人族の戦争から行方不明になってて俺は獣王国を滅ぼそうかと考えて部下に説教された。」
「まじかよ………」
「大マジだ。お前は確かに大馬鹿野郎だが、俺だって大馬鹿なこともする。だけどな、レオ………それでもやらなきゃいけないことがある。分かるか?」
「……やらなきゃいけないこと?」
「お前はそれでも生きてるんだろ?だったら前を向くしかねぇんだよ………死んだ仲間や、家族が今の飲んだくれの死んだ目をしたお前を見てどう思う?お前が逆だったら微笑ましいか?引っ叩くだろ?」
「………あぁ」
アルスは俺の胸ぐらを掴んでグイッと顔を寄せてきた。
「だったら前を向け!!それが生き残ったお前の義務だ。失敗しても、間違っても、それでも前を向け!!そして、いつかお前が心から幸せに思えるなら、その時は親父さんの墓前に報告してやれ………なんで親父さんがお前を庇ったのか、その時親父さんは何を思ったのか、改めて考えてみろ」
「親父が何を思ったのか……」
「まだ恋人すらいない俺だけどな。俺が父親ならきっとこう思ったさ。よかった、息子を守れた……ってな。レイオンさんならそう言うと思うぞ」
「………違いないな……親父は……グス……そういう……男だ」
涙が溢れた。
なんでそんな事にも気付けなかったのだろうか。
自暴自棄になってた俺は、俺のことを思って行動した親父に真っ向から背中を向けていたのではないか。
「………無くなったモノもあるだろうけどさ。でも、残ったモノも、今後手にするモノもあるだろ?それが人生だ」
「残ったモノ……」
「俺も鈍感だけどさ。お前のことを見捨てないでくれって泣きながら頭下げてきたレルムさんはお前のことを心から大事に想ってずっとそばにいてくれたんじゃねぇか?」
そう言われて思い出した。
たしかにいつもそばにレルムは居てくれた。
戦争の時も、それが終わっても、俺が飲んだくれてる酒場で働きながらも、ずっとそばに居てくれた。
「俺が友達にこんなこと言う日が来るとは思ってなかったんだけどさ」
「………なんだよ」
「自分の事を心から想ってくれる女一人くらい幸せにしてやるって胸張れるくらいの男であれよレオ」
「………まさかアルスからそんなくせぇ言葉聞くとはな」
「二度と言わないから安心しろ」
フッと笑い出したアルス。
それを見て俺も笑ってしまった。
なるほど、これが友情なんだな。
こんなにも本気でぶつかってくれるやつがいるのか。
「俺は本当に幸せなやつなんだな」
「やっと気付いたか」
「はぁー、んじゃ戻るかアルス。まずはレルムに頭下げないとな……それと」
「それと………」
「お先だ……」
「はい?」
酒場に戻ったアルスとレオ。
その二人の晴れやかな顔を見て皆がホッと息をついた。
泣き腫らした顔のレルムも、久々に晴れやかになったレオを見て微笑む。
そんなレルムの前に立ったレオは、いきなり膝を折り頭を地面につけた。
それにはアルスすら驚愕した。
「マジで迷惑かけた……レルム。アルスに説教されて気付いた。ずっとお前が俺を支えてくれてたことも、俺がそれを無碍に扱ってきたことも。だから、すぐに許してくれとは言わない。だけど、本当にすいませんでした!」
レオの心からの謝罪を聞いてレルムは土下座したレオの前にちょこんと腰を下ろした。
「はぁー困っちゃうよね。あんなに苦労かけられて、あんなにずっと胸が苦しくて、あんなに大変な日々だったのに、それでも、こんなにも貴方がもとに戻って幸せだなって思えるんだから。」
レルムは微笑みながら涙を流した。
その光景はとても綺麗で、人の泣き顔なのにこれは絵画になるかも…とアルスはどこか違うことを考えたほどだ。
「貴方が正気に戻ったら言おうと思ってたんだけど……私は……」
「待ってくれレルム」
なにか言いかけたレルムをレオは手で制した。
困ったようにレルムが首を傾げる。
「……これからも色々な事がある。それに自分が何になるのかもまだわからない。だけど、一つだけ決めた道がある……」
「道……?
「俺がレルムを幸せにしたい」
レオの真摯な告白に、レルムは目を見開いて顔を赤らめた。
ローナは釘付け、カイトは“ほう”と微笑ましそうに眺め、レオナルドは“ひゅーひゅー”と茶化し、ガイゼンは“土下座しながらかよ…”と笑いながらその光景を見ていた。
アルスは友達の告白に自分のことのように恥ずかしくなり共感性羞恥で顔を赤らめ手で覆う。
「それって……」
「結婚しよう……レルム」
「…………はい。」
なんだかんだハッピーに終わったなーとアルスは苦笑する。
まぁ友人が幸せならいいかー、と。
にしても、“お先に”ってそういう事か。
先を越されたし、まさかのレオが最初かよ。
後日、元ラーゼン王都のトライデン邸でレイオン・トライデンの葬儀が行われた。
アルスやカイト達だけでなく、父さん母さんそしてメルも参列した。
父さんと母さんはレオの結婚に驚き、レイオンさんの墓前で“お前の息子は可愛い奥さん貰ったみたいだなー”、“うちの子より先かー。おめでとう”と語り掛けていた。
メルもレオとレルムの結婚に驚き、経緯をずっと聞き続けレオを困らせていたが、まぁ俺も困らせられたからそれはそれだろう。
ちなみに、レオとレルムの結婚式はとりあえず落ち着くまでは延期らしい。
形上はもう結婚しているし、一緒に暮らしだすそうなので問題ないだろう。
その時は壮大に祝ってやろう。
こうして、俺のレオとトルスとの再会は幕を閉じた。
今後はまた時間を作って交友していけるだろう。
次はミラを見つけなくてはいけない。
そして、マリアも。
まじかよ……レオ結婚かよ………
先越されたぜ……_| ̄|○
ブックマーク、いいね、☆の評価お願いしますm(_ _)m




