72話 背負うモノ
「にしても、凄いな」
「ここまでとは………」
「こりゃーひどいっすね」
「魔帝国に居たからここまでだとは思わなかったな」
アルスの呟きに、カイト、レオナルド、ガイゼンが感想を溢す。
アルス達は今、南大陸に来ていた。
メンバーはアルス、ローナ、カイト、レオナルド、ガイゼンと各隊の精鋭数名ずつである。
アルス達が見つめているのは、貧困者が溢れかえり地面に寝転がり、綺麗な格好をしたアルス達に虚ろな瞳で物乞いする光景だった。
物乞いは大人だけでなく、幼い子供もいる。
昔暮らしていた大陸の現状にアルス達は絶句していた。
「これが戦争の後か……腐ってるな」
「殿下……行きましょう」
悲痛の面持ちのアルスにローナがそう声を掛ける。
「そうだな………」
父と母も故郷である為来たいと言っていたが二人は今魔帝国で参謀補佐と宮廷魔導師であるので連れてこなかった。
が、連れてこなくて正解だったとアルスは眉間にシワを寄せながら歩みを進める。
ここは元々アルス達が暮らしていたローゼン王国である。
いや、元ローゼン王国というべきだろう。
現在その国は存在しない。
バロンの報告によれば、魔族との戦争の後に伝わった魔王の息子の誘拐事件やその後の獣人との大戦などで不満を爆発させた民達が革命を起こし、それに乗った貴族達も含め内戦が勃発。
共倒れによりローゼン王国は最近滅亡した。
一年近く前の事だ。
アルスはもはや興味はなくそれを聞き流していた。
が、現状を見ればもう少し早く何かの支援をするべきだったと悟る。
『愚かなものじゃな……人というものは』
「あんたが言うとなんとも言えないな」
『わしにも責任はある……な』
「まぁでも今はそれは置いておこう」
創造神すら悲痛な声を上げる。
それほどまでに過酷で悲惨な状態だった。
そんな街々を何個か見ながら進んでいくととある街から急に復興が進みだしていた。
街の人間も心なしか明るい。
「何で急にこんなにまともなんだ?」
ガイゼンがその街を見て呟いた。
他の面々も頷いて首を傾げる。
「この街は闇ギルドA&Tの支配域…」
そのガイゼンにローナが答えた。
A&Tという闇ギルドは良い噂を聞く組織だと聞いていたがそのボスを知るアルス達は少し頬を緩めた。
「闇ギルドのボスって聞いたからなんかやばそうな話かと思っていたけど……やっぱり人間性は変わってないんだね」
カイトが嬉しそうに微笑んだ。
A&Tの支配域の真ん中に位置する街。
そこは貧困者や物乞いの少ない街だった。
餓死寸前の子供達もいない。
その場所を歩いていく明らかに異質な集団を街の人間達は不思議そうに眺めている。
「あそこがA&Tのアジトです殿下」
ローナが指差したのは教会だった。
それも邪神の教会ではなく、アルスが使徒を務める創造神の教会。
なぜ闇ギルドのアジトが教会?と一同固まるがアルスは少し歩みを早めた。
教会の前には明らかにカタギではないスーツの者らが立っている。
その腰には剣が掛けられている。
「お前ら何者だ?」
入口前の男がアルス達を睨む。
見たことのない人間は、殆どが敵である。
銅のバッジを付けた男は睨みを効かせた。
「ここのボスに用事がある。アルスが来たと伝えてくれ」
「ボスに?何の用だ?」
「伝えれば分かるさ」
アルスの言葉に睨みを効かせながら、しかしボスの知り合いかもしれないと男は不承不承教会に入った。
それからすぐに屈強な男達が現れる。
先程までの男とは全く異なる南大陸なら強者で通用する気配。
しかし、アルスも傍らの者らも全く怯まない。
彼等なら一人でもその者らを一瞬で抹殺することが可能であるからだ。
そして、その中央に居る半信半疑の顔で近付いてくる青年を知っていたからでもある。
緑髪オールバックの青年は、アルス達を見て生唾を飲み込んだ。
そして、足と体をガクガクと震わせ……そして………
「あ………アニキ…」
アルスの顔を見ながら涙を流した。
それを見て周りの部下達は目を見開く。
冷徹にして組織最強のボスが涙を流す場面を見たことがなかったからだ。
「……元気そうでなによりだ。トルス」
「アニキーーーッ!!!!」
トルスが飛びついてくるが、アルスはそれを優しく受け止めた。
そして、背中を撫でる。
トルスはアルスの胸の中で壮大に泣いた。
カイト達も集まりトルスの背中を擦る。
「よく……無事だった……トルス君……」
「キミの管理している街を見た……よく頑張ったねトルス」
「お前は男だ!!トルス!!」
カイト、レオナルド、ガイゼンがトルスを褒める。
それほどまでに今まで見てきた他の街とトルスが管理下に置く街は異なっていた。
それを単純に凄いと感じていた。
どんな事があって闇ギルドのボスになったかは分からないが、トルスを知る皆は手段としてそれは正義だと感じた。
困惑する部下達がボスの顔色を伺う。
少ししてトルスは涙が止まり、部下達に客だと伝えてアルス達を教会の中に連れて行った。
内部も教会なのだが、その地下にA&Tのアジトはあった。
そこの応接室でA&Tの幹部とトルス、そしてアルス達が対面する。
ソファに座るのは上座にアルス、対面の下座にトルス。
その後ろにそれぞれの部下達が居並ぶ。
トルスの部下達はなぜボスが下座なのか、そしてアニキとはどういう意味なのかを考えている。
「ボス……この人は」
「俺の兄貴分だ」
「ぼ、ボスのアニキ!?」
「おい、トルス。その説明はややこしくなるからやめろ。俺はただの友人だ」
「いくらボスの兄貴分だからって上座に座らせたのはなぜです?今や我々A&Tは元ローゼン王国内部では最も力のある組織ですよ?」
トルスの部下が額に青筋を立てている。
「無礼だな……お前」
ローナがトルスの部下を睨み殺気を放つ。
その殺気の凄まじさにトルスの部下達はごくりと唾を飲み固まる。
「この方はお前らごとき南大陸の雑多なチンピラとは格が違う……言葉は考えろ」
いつもは温厚なローナの久々の殺気にアルス配下の者達も背筋を正す。
「ざ、雑多……」
「ち、チンピラ………」
ローナの発言に苛立ちよりも少しショックを受けた顔をしているトルスの部下達。
それを見てトルスは苦笑して部下を見やる。
「俺の兄貴分であるアルス様は、北大陸の統一国家ベルゼビュートの王族だ」
「「「「「なっ!?」」」」」
トルスの紹介に固まる男らにローナがひと睨みしてその紹介を訂正する。
「この方はベルゼビュート大魔帝国皇太子、アルス・シルバスタ=ベルゼビュート殿下だ。平伏せ」
凄まじい殺気が先程よりも強く広がり、トルスの部下は跪いた。
「やめてやれローナ。ここは我が国ではない。それにトルスの部下だ……許してやれ」
「しかし、殿下……」
「………十分お前の忠誠は伝わった」
「はっ……出過ぎた真似を。申し訳ありませんでした殿下」
頭を下げて一歩下がったローナ。
それを確認して、アルスはトルスを見やる。
「なにがあったトルス……それと、皆はどうした」
「……それは…」
トルスが語ったのは壮絶な大戦だった。
獣人族対人族の大陸規模の戦争は凄まじく、トルスやマリア、ミラ、レオもまたそれに従軍したらしい。
その中でマリアとミラは後方、レオとトルスは前線に送られ日々血で血を洗う戦闘の中に身を置いていた。
元々凄まじい身体能力を誇る獣人族は魔族程ではないにしても凄まじい強さであり、さらにはその士気も尋常ではないほど高く、人族はすぐに押されていった。
いつの間にか仲間が死に、気付けばレオとも離れ、孤独の中トルスはただひたすら目の前の襲い来る敵を倒し続けた。
そして永遠と思えた戦いが終わった時、トルスは廃人になりかけていたそうだ。
帰還したローゼン王国ももはや王国としての機能をとれてはいなく、街は荒れ、家族の死に泣き叫び、貧困者が犯罪に手を染め、子供が物乞いをしていた。
トルスの中で、アルスの居る北大陸に逃げる道もあったそうだ。
だが、トルスはそうはしなかった。
「なぜ、そうしなかったんだ?」
アルスの純粋な問いにトルスは顔を顰めて苦笑した。
「見て見ぬふりできなかったんですよ……地獄のような街並みも、犯罪を犯さざるを得ない貧困者も、物乞いする痩せ細った子供達も………。廃人になりかけてた俺が……そこでやっと正気を取り戻せたんです。どうにかしないと……このまま逃げたらアニキに顔向け出来ないって……」
「凄いな……トルス」
トルスのその答えにアルスは本当に感心した。
学生だった頃アルスに毎日のように挑んできた考え無しのトルスとは違う。
戦いの日々を生き抜き、成長して、そして弱者を生かす為に動いた男の顔だった。
「それからは、荒くれ者達を腕っぷしで纏め上げました。アニキには及びませんが、これでも前線で戦い続けた俺ですからね。まぁその辺の荒くれ者には負けません。そして、組織を作って、復興を裏から支える道を歩みました。それが今の俺です。闇ギルドのボスなんて柄じゃないっすけど……まぁなんとかやってます」
アルスだけじゃなく、カイト達もまたトルスの壮絶な日々を思い苦しげな顔を向ける。
「これからどうするんだ?魔帝国に来れば…」
「行きたいっすけど……すいませんアニキ」
魔帝国に誘うアルスの言葉をトルスは遮った。
「俺には今はこいつらがいて、守るべき者らが居て、それを放り投げるわけにはいきません。本当はアニキと一緒に行きたいんすけど……でも、自分で決めた道っすから」
晴れやかな顔をするトルスの顔を見て、アルスは立ち上がってその肩を抱いた。
「………格好良くなったなトルス」
「………格好良いっすかね?」
「俺はお前を友人として、誇りに思う」
「恥ずかしいっすねー」
口調が戻るトルスだが、その顔付きは昔とは違っていた。
「必要な支援があればいつでも言えよ。物資でもなんでもすぐに送ってやる」
「それは………お願いします」
「こう見えて俺はもう大魔帝国の皇太子だ。個人的な資産も南大陸全盛期の王国の予算くらいはあるぞ?」
「さすがっすアニキ」
「だから、いつでも頼れ」
「でも、俺は闇ギルドの……」
「で、俺は皇太子。だからなんだ?俺らは友人だ。お前が道を外れたら殴ってでも止めるが、友人が己の正義の道を歩んでるんだ。立場なんて関係ないさ……」
「ありがとうございます……」
頭を下げるトルス。
その背には、多くの部下と、復興を望む民の姿が浮かんだ。
アルスはそれを見て、大人になった友人の肩をポンポンと優しく叩いた。
初期から見返すとトルスの成長にうるっときてます。
格好良すぎるぞ………トルス。
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