38話 黒髪の少女
「やっぱ…前より強くなってないか?アルス」
「たしかに、風格が数倍になってます」
レオとトルスと共に訓練場の隅で訓練用の剣を持って向き合う。
条件として俺の魔法はなしで、二人で来ていいと言ってある。
「あぁ、実は本当の名前を思い出した時に、昔誰かに施された隠蔽魔法が解けて、魔族としての本来のステータスになったんだ!それまでステータスにも人族って書いてあったからな……ちなみに、今のステータスは以前の数十倍だよ」
「なっ!?そんな魔法があるのか…それに数十倍……さすが魔王の息子…トルス、本気で行くぞ」
「さすがアニキっす……でも、負けねぇっす」
驚愕はしたもののしかし二人の目は死んでいない。
勝つ気でくるようだ。
そこは友人として俺もある程度本気を出そう。
ステータス的にはレオの方が強いが、トルスは魔法を多く習得してる多彩派。
さぁ、どう来る?
まず、地面を蹴って攻めてきたのはレオだった。
速い…が、正直バイオレンスウルフの方がもう少し速かった。
レオは身体を前に倒す独特の走りで近寄ってくる。
そして剣を下段から上段に突き出す。
それを俺は難なく身体をずらして躱し、剣を軌道のまま添えて俺の右後方に身体を回しながら弾く。
その回避にレオはそのまま勢いに流され後方に転がる。
すると、目の前の地面から無数の土の槍が突き出してくる。
トルスか…
それを右に左に避けながら最初の位置にいるトルスに向かう。
「えっ!!??はやっ!!!!」
身体能力が破格な俺の瞬足で20m程離れてたトルスの目の前に一瞬で現れた事にトルスは驚愕し少し後退る。
が、俺の進行は止まらない。
剣での攻撃ではなく、一瞬でトルスの襟首を掴みそのまま後ろに吹き飛ばす。
「グフッ!!!」
「ンガッ!!!」
そのトルスは俺の背後から迫ってきていたレオに思い切りぶつかった。
「いってぇー。チッ アルスそれで全然本気出してないだろ?」
「アニキ…速すぎて見えなかったっす」
悔しそうにする二人に近寄る。
「んーまぁちょっと今の俺は規格外だからな…」
「一回だけ、本気を見せてくれないか?俺も目指す場所を見たい」
「アニキ、俺も見たいっす」
そう言われて、また距離を空けて構える二人。
脳筋だな…やっぱり。
「魔法は使わないぞ?んじゃーやるからな?」
流石に今の俺が本気で斬ったらこの剣でも二人が斬れる可能性もあるので寸止めでいく。
そのかわり本気で迫る。
距離は俺がさらに少し空けて30mくらいか。
よーしじゃあ本気で走ってみるか。
まずふぅーと息を吐き全身に力を巡らせる。
すると、グワーッと風が周りに吹き荒れる。
おい、マジかよ…力んだだけで風吹いたぞ?
そして一気に大地を蹴る。
すると、一歩でレオとアルスの目の前まで辿り着いたので慌てて剣を全速でレオの首元の寸前まで振る。
その余波で、
ザザーーーーーーーーーーッッ!!!!
暴風が吹いた。
いやー、まじか。剣振っただけで暴風が吹くのか…
なんかもう…自分が怖いぞ。
1秒くらい経ちレオとトルスがよろけて尻餅をついた。
「…魔法なしで……これか……すげぇ」
「……構え出した瞬間の気迫ですでに凄かったっすけど…レオの首元に剣が止まるまで全く見えなかったっす」
「意外と速かったな俺…」
「速かったなんてもんじゃねぇぞ?多分すでにお前はもう南大陸なら一番強いんじゃねぇか?」
「それは言い過ぎじゃないか?」
「いや、アニキ。あり得るっすよ…もしあれで振り抜かれてたら俺もレオも斬られた事すら分からないっす」
たしかに凄いけどそんな凄いか?
父上なんてもっと凄いぞ?
それに、幹部達の本気なら今の止められると思うけど。
「…だがここか…俺が目指すのは…アルス、ありがとう。修行頑張っていつか追いつくからな?」
「俺も……アニキの隣に立てるように頑張るっす」
立ち上がった二人は何故か握手を求めてきた。
なんか良いな…青春ぽい。
そこに見ていたマリア達が来る。
「ねぇ、アルス…あなたどこまで凄くなる気?」
「全く目視できなかったよ…」
「殿下…やっぱり凄い!」
「いや、まぁでもまだまだ父上とか幹部の人の本気とかに比べたら足元にも及ばないんだよなぁー」
あの時はガゼフを倒せたが、その後一度だけガゼフが獅子奮迅の固有魔法を使った時を見たが…あれはまさに化け物だった。
多分子供だと油断していなかったら負けてた。
「今のアルスより強いって…魔族ってやっぱり凄すぎる」
「それと戦争するって人族の上は馬鹿ばっかりね」
マリアとミラは呆然としていた。
その日の夜…晩餐会が開かれた。
俺の誕生日を祝うためだ。
家族はもちろん、幹部達や、各街のトップ達、軍の指揮官、魔国の豪商達、そして友達、多くの人が参加してくれていた。
プレゼントも大量にもらった。
ちなみにあのガゼフもあれから何度も稽古に付き合ってくれていて誕生日プレゼントに凄い値段のするらしい魔剣をくれた。
他の幹部達や豪商なんかのプレゼントも凄まじかったのは言うまでもない。
ちなみにメルはハナちゃんと仲良くご飯を爆食していたし、仲良くなったのかマリアとミラはレノと何やら恋愛トークに花を咲かせていた。
レオとトルスはカイト達と談笑している。
そんな光景を見て、俺はとても嬉しかった。
転生し一人森で生活していた幼少期、学園に入ってからはすぐに戦争、そして魔王の息子だという事実…
憂鬱になりそうなそんな人生の始まりだったが、今はこうやって楽しく暮らせている。
「こんな日々がずっと続けば良いのにな…」
「アルスが居ればきっと、ずっと周りはこうやって明るくなるわ…」
「そうね…平和が一番だわ」
ふと後ろを向くと母上と母さんが立っていた。
「母上…母さん…」
「世界を平和にする魔王…うん…悪くないわね」
「王妃殿下確かにそれはいいかもしれません。平和の魔王。うん…アルスっぽい」
「なれますかね?俺に」
「なれるわよアルスは私達の息子でしょ?」
「そうよ…なれるわ!私達の息子なんだから…」
「頑張ります…」
「辛い時は母の胸で泣いてもいいのよー」
「母さんも良い子良い子してあげるわ!」
この二人…なんか似てきたな。
「主役がこんな所でなにしてるの?」
誕生会を抜け出し、風に打たれながら外の景色を見ているとそこにマリアが現れた。
「んー、なんか、夜風にあたりたい…みたいな?」
「…そっか。じゃあ私も…」
隣に立つマリア…月明かりに照らされたサラサラの黒い髪がふわっと風に靡く。
え、マリアってこんなに可愛かったっけ?
確かに、可愛かったけど…なんか、え?大人っぽくなったのか?
「なによ…なんかついてる?」
「いや…なんか、マリアってそんな可愛かったっけって…」
「へっ?」
少し間抜けな声を出して顔を赤めるマリア。
よくよく考えたら今俺めっちゃ恥ずかしい事言ったな…。
「わわわ、私は可愛いわよ!学園でもモテてるんだから!」
「まぁそりゃモテるだろ」
「…んーもう!!なんか調子狂うんだけど」
「ごめん。自分でも今少し恥ずかしい。もう言わないよ」
「……いなさいよ」
「え?」
「それは言いなさいよ!ちゃんと言って…」
「え?あー、うん。」
「じゃないと…」
「ん?」
何か言いかけて、マリアはくるりと回って歩き出す。
「え、終わり?」
歩きだしたマリアがふと止まる。
そして顔だけこっちを向いた。
「じゃないと……誰かに盗られちゃうからね」
「………?」
少し気恥ずかしそうにそう言ったマリアの顔が…とても綺麗で戸惑った。
前世では多分恋愛もしただろう。
でも、その記憶は全く思い出せない。
だからこちらに来て恋愛の経験と知識は全くない。
でも、それでも分かってしまった。
あーこのドキドキはそーゆードキドキなんだろうな。と
そのまま会場に戻ってしまったマリア。
置いてけぼりの俺。
え?なに…状況だけみたら失恋?
そして、また夜の景色を眺める。
でも…マリア。
俺は魔族だぞ?お前は人族だし。
ずっと平和でも、俺はお前が死んでからもずっと生きなきゃいけないんだ。
あー、そういう考えが前世の大人なとこに引っ張られてるのか〜。
まだこっちでは10歳だもんな。
本当は恋愛の一つや二つ気軽にできるよな。
前世の記憶もどんどん薄れてくるのに、こんなとこだけ残すなよー!!
はぁー、もっと子供の考えになりたい。
「う〜、さっむ。戻ろっと」




