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133話 動き出す蒼天





 蒼天本部――通称《神域城塞》。





 魔帝城にも勝るとも劣らぬ巨大さを誇るそれは、いまや蒼天隊の根城として、そして“世界の危機を見据える眼”として確固たる地位を築いていた。




 その本部内、皇太子執務室。

整然と並んだ報告資料と魔導端末が淡く光を灯す中、椅子に座る一人の青年の姿があった。




 アルス・シルバスタ=ベルゼビュート。




 魔帝国皇太子にして、蒼天の最高責任者。

静かに並べられた書類の束に目を通す彼の表情は、無表情とも言えるほどに整っている……だが、よく見れば、瞳の奥が静かに怒っていた。



 ――“学園に潜伏していた終末機構(聖信教会)構成員たちによる人体実験の痕跡”

 ――“蒼い呪焰による証拠の消去”

 ――“回収された名簿に記された、番号付きの被験体”



 ページをめくる手が、かすかに止まる。



 そこに記されていたのは、人工神性体の創造計画。

人為的に“依り代”を造り出し、邪神を降ろし、神を地上に降臨させる。

また、召喚の必要がない“人工勇者”を人の手で産み出そうという試み。




「……正気じゃないな」




 アルスは低く呟いた。

誰もいない室内。答える者もいない。

しかし、これこそ終末機構が最も消したかった情報のはずである。

それがこうして残っていたのは不幸中の幸いだった。



 だが、彼の脳裏には嫌でも浮かぶ。

名簿の中に記されていた――顔を知っている生徒たちの、番号付きの名。



「“神の身体や勇者を作る”だと……? そのために人を弄び、命を削り、心を壊す……そんなものが、正義の顔で語られていいわけがない」



 不意に魔導端末が音を立てた。

情報部からの報告だ。



『分析班より報告。学園地下区画で回収された魔導具の魔術式に、対象が“神性干渉術式”を含んでいたと判明。加えて、見つかった拘束器具から、未完成の神性魔術式が検出されました』



 神性干渉術式。

神格を持つ存在を“器”に降臨させる事を目的とした魔術――。



「本気でやるつもりだったんだな。神を……地上に降臨させる、か」



 アルスは席を立ち、窓の向こう、本部の高壁の外に広がる空を見やった。

そこにはまだ、世界のどこかに潜む“理不尽な悪意”が潜んでいる。




 学園を奪われた今、彼はもう動き出さなくてはいけない。





「――俺が終わらせる。もう……二度と同じような事をされてたまるか」




静かに歩み出す足音が、石の床に響く。

外ではクロが、空を旋回していた。



 すでに戦いは始まっている。

もう“平穏”という幻想に甘える時間は終わった。




 この世界に、再び本当の夜が来る前に。




 ――アルス・シルバスタ=ベルゼビュートは、その手で光を取り戻せるのだろうか。














 蒼天本部《神域城塞》――主塔、作戦会議室。






 長大な円卓、重い雰囲気が静かに空気を支配する空間に、蒼天上層部の顔ぶれが揃っていた。



煌々と光る魔導灯の下、それぞれの視線は重く鋭く、緊張の空気が空間を満たしている。




 最奥に座すのは、皇太子――アルス・シルバスタ=ベルゼビュート。

魔帝国の皇太子にして、《蒼天》を統べる管理者。

その瞳には、怒りにも似た静謐な焰が灯っていた。



「……議題に入る。ローナ」


 

促された金髪の女伯――ローナ・フリーリア総帥が、整然とした口調で口を開いた。



「先日、焼失した学園跡より回収された術式データと資料を解析した結果、“人工勇者”ならびに“邪神の依り代”の創造実験が複数回行われていたことが判明しました。

その手法は…常識的には不可能とされる、神の領域に触れる術理です。

邪神からの天啓、指示によって進んでいるとみられます」




 場がわずかにどよめいた。




 ロキ・メルトバンが鼻を鳴らす。

「……まさか本気で神を降ろす気か、奴ら」



「人工勇者も厄介ですね」

声を落としながら、カイトが呟く。


「依り代が“完成した場合”、その存在は――まさに神。そして、その存在はこの世界に居座る可能性がある。

まさに、“地上に神を固定する”試みだ。

それも、善神ではなく……“邪神”の依り代として、だ。

最悪だ……」

ジョゼフが冷淡に言い添えた。



 再び室内に緊張が走る。



「元々、この世界に神が完全な形で干渉するのは不可能なはず……」

ステアが眉を寄せる。


「それを、人間の体と魂で造る。狂気の沙汰だな」

バロン・セッツバーグの眼が一斉に見開かれた。



 アルスは黙してそれを聞いていたが、やがて口を開いた。



「依り代にしろ、人工勇者にしろ……もしこれが量産可能な技術として確立された場合――終末機構は、神に準ずる戦力と大量の勇者を兵として扱うことになる。

我々が、それにどう対抗しうるか。その確認を行う。まずは、現時点での戦力を整理する」



 レオナルドが口を開いた。

「蒼天壱番隊。任務中の小隊も再来週にはこちらに復帰可能です。隊の戦力としても、我々は他国を凌駕していると断言できます」


「弐番隊。兵数は壱番隊に劣るが、戦場に立てば重騎兵は一騎当千に値する。万全です」

ガイゼンが重々しく言う。


「狙撃隊、必要地点への瞬間展開が可能です」

エルが淡々と報告する。

「後方からのフォローは任せて下さい」


「参番隊は斥候、隠密の訓練は完璧です。前線突破ではなく、我々は敵将の首を狩ります」

ジョゼフの冷たい声が響いた。




 諸々の現状報告と既存戦力の確認が続き、その後各陣営との協力について話が進められる。




「魔帝国軍は、我々《蒼天》の後方支援として十分な兵力を展開可能です。皇都防衛に戦力を割きつつ、前線への派遣も期待できるでしょう」

ローナが言う。


「ドラゴンロード王国は、唯一の“空戦”特化の勢力。戦力として極めて優秀ですが……いくら殿下の師匠が前国王とはいえ、連携には国家間の外交的配慮が要りますね」

バロンが指摘した。


「人族領の“反聖信教会同盟”はどうだ?」

アルスが尋ねる。


「戦力としては、うちに比べれば劣りますが、あっちの大陸を理解しているのは間違いないので情報戦力としては期待できますね」

ローナが答える。



 そして、アルスは議題の最後――西大陸の“ブルーダスト鉱国”について問うた。



「彼らの技術力が必要だ。とくに、魔装甲・結界魔導具・機械工学……どれも、この先の戦いに不可欠になる。接触の用意は?」


「既に接触中です」

 ローナが頷いた。


「ただし、彼らは中立主義を貫いてきた。交渉には信頼できる“使者”が必要かと。候補がいれば、すぐに――」


「任せろ。その役は……俺が行く」



 そう言って立ち上がったのは、背に巨大な剣を背負った大男――ベルクール・ログフリス。

 “龍殺し”の異名を持つ元冒険者の男だ。



「ドワーフの王とは、昔ひと悶着あったが……知り合いだ。俺が行けば話は早いだろ」


「王子のポリオは俺の友人だ。一緒に行こう」


「わかった!」




 会議が一旦終わりに向かい、少し空気が緩やかになった。

だが、アルスの声が再び場を引き締めた。




「――我々は、邪神と戦う覚悟を問われている。終末機構の“冒涜”に対し、この世界がどう抗うか。その答えは、我々が先に示さねばならない」








 全員が沈黙のまま、皇太子を見た。

その若き皇子の背には、世界の未来が確かに重なっていた。









長きに渡りこの作品を書いていましたが、

ついに最終章……です( ゜д゜)ハッ!

あと少しこの作品に付き合ってくださると嬉しいです


尾上蓮虎

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