131話 息抜きと夕焼け
「……うおおおおおおッ!!!」
咆哮が空を裂く。
観客席がどよめき、砂煙の中から巨躯の獣人戦士が槍を振り下ろした。
──ここは魔国の首都、帝都ベルゼの巨大闘技場。
日夜、強者たちが名誉と金、そして名声を賭けて戦う“合法暴力の社交場”である。
「すごい……! これが、異世界のエンタメ……!!」
セイゴは目を輝かせ、観客席の最前列で拳を握りしめていた。
「血が飛んでくるかもしれないから、それは避けた方がいいぞ」
アルスが隣で注意しても、彼はまったく聞いていない。
戦闘好きというよりは、ただ“異世界感”に心底飢えていたのだ。
「見てください殿下、あの斧の軌道! 常識を越えてます!物理学とかどこいったんですか!?」
「異世界だぞ。むしろ今さら物理を探すな」
「ガイゼンの動きと似てますね」
と背後からローナが冷静に解説する。
「あのタイプは“筋力に特化した魔法式を使う”特化型でしょう。筋肉そのものが魔力回路。……正直、カフェよりこっちの方が私も好きです」
「……お前も脳筋だったな」
アルスがぼやくと、ローナはクスリと笑った。
「殿下、あれ私も出てみていいですか?」
「やめろ。誰も勝てなくなる」
「お、それなら僕も──」
「お前ももちろんダメだ」
そのとき、場内にゴォンと鐘の音が響き、次の試合の案内がなされた。
《次戦は特別招待枠──東方の“彗星剣士”vs魔人国の“七重旋刃”!連戦を重ねる東方の剣士を打ち倒すべく現れたのは、魔国より特別出場者の参戦だァ!!》
「七重旋刃?あいつ、出てたのか?」
「ええ、蒼天・試験部隊の青年ですね。たしかリュウゼ。七重の連撃を使う剣士ですね。名はまだ売れていませんが、将来有望です」
「へぇー。見せてもらおうか、蒼天の新人の力を」
数分後、リュウゼが見せた七重の幻影剣舞に、会場中が息を呑んだ。
「な……七連撃全部が的確に命中している……」
「アルス殿下!俺、あの人に弟子入り志願していいですか!?」
「お前は、まずは筋トレからだな」
「えっ、それはちょっと……」
*
闘技場で盛り上がった後、三人はベルゼ中央区にあるカフェ〈ノクターン〉へ足を運んだ。
魔国でも指折りの繁華街にあるこのカフェは、貴族や将官たちもひそかに訪れる人気スポットである。
「なんか、オシャレ……」
セイゴがポツリと呟く。
カフェ〈ノクターン〉は高級感あふれる黒曜石と瑠璃のタイル調の外観に、魔法で空間拡張された内装。
中にはダークエルフのウェイトレスたちが給仕をしており、テーブルの上には小型の浮遊光球がふわふわと漂っている。
「いらっしゃいませ。ご予約は……?」
美しい魔人族の店員が出迎えた瞬間、セイゴは硬直した。
「──き、綺麗すぎる……」
「またかよ」
「殿下、これは魔の空間です……!カフェじゃない、ここは、正しく天国です」
案内された席に座ると、すぐにセイゴがメニューを開き、文字を読み始める。
「……“天空のフルーツパフェ”か。“星の涙の紅茶”……名前がいちいち中二病ですね」
「全部俺が命名したんだが?」
「えっ!?」
「冗談だ。そんなわけないだろ」
笑いを堪えるアルスを横目に、セイゴが両手を合わせて念じるように呟いた。
「僕は……迷わず『甘味盛り合わせプレート(七種のケーキ付き)』をいただきます……!」
「さっきも屋台で飯食ってただろお前……」
しばらくして、甘味と紅茶が揃うと、三人の会話は少し和らいだ。
「……たまにはこういうのもいいかもな」
アルスがぼそりと呟くと、ローナもわずかに微笑んだ。
「殿下も、息抜きが必要ですから」
「俺も、こうして喋ってる時間がいちばん好きかもです」
セイゴがカフェラテの泡で口を白くしながら、子供のような笑顔を浮かべた。
「……なんだよそのヒゲみたいなやつ」
「これは、ですね。幸せの証ってやつです」
「バカかお前」
そう言いながらも、アルスの顔に浮かんだ笑みは、どこか柔らかかった。
*
帰り道。ベルゼの空に夕日が溶けていく。
石畳を踏みしめながら、三人は蒼天本部へと戻っていた。
「なぁ殿下……またどっか行きましょうよ」
「……気が向いたらな」
「じゃあ、今度は女の子を紹介してください!」
「あの子に顔向けできるのか?」
「グッ……」
そんな冗談の応酬の中、アルスはふと空を見上げた。
──この世界に生きるということ。
それが、戦いだけではないとしたら。
「……セイゴ」
「はい?」
「たまには……悪くないな、こういうのも」
セイゴは満面の笑みで応えた。
「でしょ!!」




