130話 ニートな勇者
「アルス殿下〜!!」
「お前がなんでここにいるんだ?セイゴ」
蒼天の本部の廊下を歩いていると訓練場の方から声が掛かった。
蒼天では聞き慣れない声に訝しげに振り向くと、そこにはなぜかセイゴが居た。
訓練に参加するでもなく、座って見ていたようだ。
「何してるんだよこんなとこで。お前は城にいるはずだろ?」
「……飽きました」
「は?」
「亡命したとはいえ仕事が決まってるわけでもなく、知り合いがいるわけでもなく、城の中の客室で引きこもってるなんて、本当につまらないんですよ!」
「確かに、引きこもり『ニート』だな」
「辞めてくださいよそんな言い方……いや、でも間違いはないですね」
「で、暇だからこっちに来たのか?」
「はい!ダークエルフの八頭身美女なメイドさんから、殿下の組織は別の場所にあると聞きまして。気になって遊びに来ました」
「暇なやつだなお前は。で、なんで訓練場に?」
「殿下!ここは、最高ですよ。綺麗なメイドさん達には相当に癒しを頂きましたが、ここはまた違います。ダークエルフのつり目美人騎士、獣人のケモミミおっとり騎士、魔人のグラマラス魔法使い。殿下、もしかしてここは天国ですか?」
「お前ってほんとむっつりだよな」
「むっ!?誰がむっつりチェリーボーイですか!」
「そこまで言ってねぇよ。ていうかな、あれは騎士じゃないぞ。兵士だ」
「いえ、殿下。あれは、騎士です」
「そうか。もういい付き合いきれん。またな」
アルスは馬鹿らしくなってその場を後にしようとした?
が、そのアルスの足にグッとセイゴが抱きついた。
「やめろ、気持ち悪い」
「殿下、遊びに行きませんか?」
「忙しいんだよ俺は」
「約束したじゃないですか」
「いつしたんだよ」
「お願いしますよ殿下。僕この世界に来てからまったく遊んでないんですよ。まだ学生ですよ?不健康ですよね?可哀想じゃないですか。急に異世界に召喚されて邪神騒動に巻き込まれて、命からがら逃げてきて、こんなのあんまりじゃないですか」
「わーったようるせぇな。とりあえず離せ。変な疑いかけられたらどうすんだよ」
「やったあー!!」
アルスはセイゴと話していると口調が悪くなりがちである。
前の世界での口調だからかもしれない。
だからこそ、いつもの調子が出ない。
セイゴのこの人懐っこい小動物みたいな性格は正直鬱陶しいが、とはいえ可哀想なのは事実である。
たまには息抜きも兼ねて付き合ってやってもいいか、とアルスは苦笑を浮かべた。
「で、どこに行きたいんだ?」
「帝都ならやっぱり、闘技場か劇、いや……『ウィンドーショッピング』もいいなー。カフェから街を歩くかわいい異世界人を眺めるのも乙ですね」
「お前って本当に俗物だよな」
「褒めてます?」
「全然褒めてないぞ」
「俺も詳しくないから誰か案内につけるか」
さぁ誰を案内につけるべきだ、とアルスが考えていると、背後から鋭い気配が降り立った。ピリ、と空気が張りつめる。
「……殿下。まさか、私を差し置いて『遊び』に行こうとはしてませんよね?」
「……ローナかよ」
振り返ると、蒼天の総帥ローナ・フリーリアが立っていた。
凛とした金髪と冷ややかな蒼眼。
まさに、完璧な戦姫の姿。
「いえ!ローナさん!これは誤解でして!」
セイゴが即座に土下座に近い角度でお辞儀する。が、ローナの視線は冷たい。
「殿下。執務の合間に少しくらいの外出は構いませんが、くれぐれも“変な目立ち方”はしないでください。特に、そちらの……少年と一緒だと、余計に」
「変な目立ち方って言ったな今!誰が変人ですか!」
「事実です。貴方が城の厨房に忍び込んでパフェの材料を摘まみ食いしたのも、知っておりますよ」
「ちょっ、あれは城のメイドさんが!俺に味見してって!ええと……」
「セイゴ、お前やっぱり暇だな……」
「ぐっ……でも、せめて今日は、楽しい記憶が欲しいんですよ!俺、マジで異世界での思い出って戦闘と逃亡しかないんですよ!?」
「そのうち死ぬぞ、そんなノリだと……」
「だからこそ!遊びたいんです!」
「…………」
ローナが軽くため息をつく。
「……仕方ありません。では、私が案内しましょう」
「へっ? いや、ローナさん、お忙しいのでは?」
「大丈夫です。殿下の護衛も兼ねますし、どんな店に行かれるかチェックもしたいですし、妙な騒動が起きないよう監視も必要ですから」
「監視って言ったな今!?」
「うるさい。ついて来なさい」
「すみませんでしたああ!!」
セイゴが土下座をしている。
アルスはやれやれと肩をすくめたが、ローナの横を歩きながら、ふとセイゴに目をやった。
「……お前、ほんとに変なやつだよな」
「殿下だって、俺みたいな変なのが一人くらい居た方が、疲れないでしょ?」
そう言って、にっと笑うセイゴの顔は、どこか年相応の少年らしいものだった。
アルスはその表情に、わずかに眉を下げる。
「……まあな」
そして、三人の“ちょっとした息抜き”は、案の定、あちこちで騒動を巻き起こしていくのだった。




