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127話 亡命





 俺は蒼天本部の執務室の中で報告書を読んでいた。

そこに蒼天軍団長のバロンが報告に来た。




「どうしたんだ?急用か?」


「帝城から報告が来ました。聖信教会の元第二使徒セイゴ・ミカミが単身で我が国に亡命しに来たと」


「亡命...だと?聖信教会の第二使徒がか?」


「はい。ミカミは陛下に取り次いでほしいと言っているそうです」


「父上はなんと?」


「とりあえずはミカミを待たせています。殿下と話したいと...」


「なるほど...」




 セイゴ・ミカミ、聖信教会(終末機構)の第二使徒か。

つまるところ今代の勇者だ。

モルドナと聖信教会との戦争のときに来ていたガイゼンと戦った仮面の少年ではないかとアルスは考えている。

確かステータスを見たときにそんな名前だった気がする。

確か所有している固有スキルは[敗戦の勇者]。

その男が魔帝国に亡命を求めてきたというのか?

なにかの策略、いや今までの聖信教会の動きを見てもそんな策はしてこない、とは思う。

しかし、なぜこのタイミングで...

考えてもキリがない事だ。

とりあえずは父上と共にその者と相まみえるしかない。




「どうしますか?殿下」


「とりあえず帝城に帰還する」


「かしこまりました。レオナルドをすでに呼んでいます。一応ですが、壱番隊の精鋭を連れて行ってください」


「必要か?」


「体面もあるので、お願いします」


「だったら、ガイゼンを連れて行く弐番隊に変更してくれ。それと、ローナも連れて行くから呼んでくれ。」


「弐番隊の方がよろしいのですか?」


「俺の思っている使徒だとすると過去にガイゼンが戦っている」


「なるほど、かしこまりました。すぐに手配します」















 帝城に着くとすぐに父上の執務室に案内された。

そこには父上と共に父の側近であるゼス、帝国参謀長のロイド、近衛長のターナ、軍長のガゼフが待っていた。

入室するのは俺と、ローナ、ガイゼンの三人である。

弐番隊の護衛達は部屋の外で待機している。





「遅くなりました父上」


「急な呼び出しで申し訳ないなアルス。まぁ座ってくれ」




 俺だけ席に座るとその後ろにローナとガイゼンが立ち、目の前に父上が座ってゼス、ロイド、ターナ、ガゼフがその後ろに立った。

会議室じゃないのでこういう位置関係になったが、話しづらいなとアルスは薄く苦笑を浮かべた。




「早速だが、どこまで把握していた?」


「まったく情報が入ってなかったですね。寝耳に水です。父上の方は?」


「こちらも同じだ。して、どう思う?」


「今までの聖信教会の動きをみても、策略の可能性は低いかと。ですが、邪神や奴らが第二使徒であり今代の勇者であるその男の逃亡をむざむざ見逃すかは不明です」


「意図して、泳がせている可能性もあるか」


「可能性の話なら、あるとは思いますね」


「ロイド、どう思う?」


「確かに意図して泳がせている可能性は捨てきれません。しかし、策略の可能性が低いのも確かです。それに、我が国の戦力もある程度把握してるでしょう。わざわざ第二使徒を単身で送りこむとは考えづらいかと。第二使徒ともなればあちらには必要な戦力、それを捨て駒にはしないかと思います」


「であるか。もし、本気で亡命を考えているとして受け入れるべきであろうか」


「父上、私は受け入れるべきだと思います。その元使徒からの情報は大きいでしょう」




 父上は俺の意見とロイドの意見を加味して考えていた。

そして、改めて俺を見つめる。




「分かった。もし受け入れるとなればその対応はアルス、お前に任せよう。」


「分かりました。緑仮面、聖信教会元三席ネブロスもこちらにいますので、情報をまとめて固めてみます。まずは、本人に会いましょう」


「ロイド、謁見の準備を進めてくれ」


「かしこまりました陛下」















 謁見の場に現れたセイゴ・ミカミは黒髪黒目の少年だった。

玉座に座った父上と共に俺も玉座の横に控える。




「表をあげよ」




 父上の声に反応して顔を上げたミカミは父上と俺を交互に見た。




「聖信教会元第二使徒、セイゴ・ミカミと申します。急な来訪のなか、魔帝陛下のご尊顔を..」


「慣れていないのだろう?堅苦しい挨拶はいい。一応報告は聞いているが、亡命を求めているのか?」


「はい」


「それは、なぜだ?」


「私は...聖信教会の宗主によってこの世界に召喚されました。私の世界は魔法もなく、争いも少なく、ましてや戦争もない平和な世界でした。そのなかで、その世界には漫画やアニメ、えっと、この世界でいうところの物語の本ですかね、そういう創作物が多くありました。そういう作品のなかでは正義は勇者であり、魔王は人間を虐げ滅ぼそうとするというのが殆でした。だから、私も今まで宗主の話す魔王の話などを疑ったことはありませんでした」




 漫画、アニメという懐かし響きに俺はミカミという少年の今までの出来事を想像することができた。




「それが違うと思った、と?」


「人族の大陸は今血に染まっています。そして、貧困に苦しんでいます。宗主はそれも魔王のせいだと説いています。しかし、実際に人族を殺し苦しめているのは聖信教会で、あの大陸を血に染めているのは我々なのではないか、そう思い始めるとなぜ今までその事に気づかなかったのか不思議に思いました。そして、その理由に私は気づいてしまいました」


「ほう、気付かない理由であるか」


「私が召喚されたとき共にこちらに来た女の子がいました。常に一緒にいて同じ世界から来たこともありよく話しました。聖信教会の不穏に最初に気づいたのも彼女です。その子が私に聖信教会の行いと宗主の話の辻褄が合わないと私を説得してくれました。私はそれで真実への気づきを得たのです。ですが、彼女はその後宗主に呼び出されました。そして次の日に会った彼女は全く聖信教会に疑いのない顔で私にこう言いました。“敵は全て滅ぼしましょう。創造神様の御心のままに…”と」


「なるほど」


「アルス、どう思う?」




 ミカミの話を聞いて思考していると、俺に父上が視線を向けてきた。




「洗脳の魔法ですね。宗主は魔法で洗脳して周りの者を従えている」


「ミカミ少年、洗脳はどれほどの規模だと感じた?」


「...そうですね。私の感じた範囲で言うなら、聖信教会全体、使徒や信仰者も含まれると思います。そもそも、宗主が皆の前で定期的に演説しているのは洗脳の為ではないかと。そして、それだと効かない者は個人的に呼ばれさらなる洗脳をされるのだと思います。大幹部である主席、次席、行方不明の三席は不明ですが、それ以外の者らは宗主の洗脳の支配下にあると私は考えています」


「そうか。話は分かった、納得もした。だが今後キミはどうしたいんだ?我が国で」


「私は、正直ただただあそこから逃げたかった。最初はそれだけでした。しかし旅の中で多くの貧困に苦しむ人を見ました。洗脳下にあったとはいえ私の犯した罪は変わりません。しかし今は、もし叶うなら、聖信教会を滅ぼしたいと考えています。それと、できることなら同郷の彼女を、レイカを救いたい...です」


「最後のが一番の本音か?少年」




 張り詰めた雰囲気の中で最後の父上の少し微笑ましそうな言葉が広がった。

ミカミもそう突然言われて「へ?」と間抜けな声を出した。

謁見の間には他にも執務室にいたメンバーが控えていたが、クスクスと笑いが起こる。




「少年、最後のキミの願いを聞いて確信したよ。キミはそこまで悪い人間ではない。それに男として守りたい女がいるという気持ちはなによりも強い。我が国への亡命を許可しよう」


「ほ、本当に、よろしいのでしょうか?」


「二言はない。今後キミのことは我が息子、王太子アルスに一任する。アルスは敵対しないなら誰よりも優しい、悪い扱いは受けないだろう」


「感謝します。陛下」


「長旅で疲れているだろう。まずは休息をとれ。部屋は用意させよう」


「重ね重ねありがとうございます」




 この場で殺されてもおかしくはないと本気で思っていたであろうミカミ少年は、安堵の顔を浮かべて頭を下げた。

それにしても、聖信教会宗主...かなりの曲者だ。

洗脳による非人道的な人心掌握、人体実験、戦争、どれをとっても救いようがない。

はたして何を考えているのだろうか。








 セイゴ・ミカミとは話したいことが多い。

今まで語ったことはない前世の話ももしかしたらできるかもしれない。

同じ世界から形は違えどこの世界に来た少年。

そして語られた召喚から今までの話。

正直、同情する部分が多い。

転生したばかりの人族の中で暮らしていた当時の、自分も少なからず魔王は悪だと誤解していた。

もし、自分が同じ状況下にいたとしたら宗主の話を信じているかもしれない。

それに人族の皆が創造神と崇める神が邪神だとは思わないかもしれない。

たしかに、ミカミの犯した罪は消えない。

聖信教会に殺害された罪のない人々も返ってくることはないのだから。

しかし、彼の今後の生き方でそれは償っていくしかない。




 その過程を少しでも支えていけるよう考えてみよう。

同郷の年下の少年なのだ、それくらいはしてもいいだろう。













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