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119話 木霊する叫び






「殿下ーーっ!!!!」






 シルフィエッタの絶叫が木霊する。






 皆とともに逃げる準備を始めないと。

しかし、そのなかでも追手の存在に気付いていた。

私はやっぱり無力だった。

どれだけ願っても、何もすることができない。





 後ろで誰かが立ち止まった気配を感じて、私は後ろを振り返る。

そこには追手に向かっていくワーグナーの姿があった。

あぁ、なんて強いのだろう。

ワーグナーだっていくら強いと言っても天人族のあの人達よりも明らかに劣るのに。

それでも、彼は追手に向かっていく。





 私は後ろを見ながら走っていたから地面の石に気付かずに、壮大に転んだ。

立ち上がろうとした私はワーグナーと天人族が戦う姿から目が離せず、そのまま座り込んでそれを眺めた。





 一瞬で危機的状況になる、そう理解していた刹那。

天人族数人とついにぶつかったワーグナー。

明らかに分が悪い。

でも、私はそれをどうすることも出来ない。

魔法が使えない今の私が出て行っても足手まといになってしまう。





 斬殺されるワーグナーの未来が、私には見えた。

でも、そうはならなかった。

劣勢のワーグナーを援護するために向かっていたベルクールが既の所で間に合った。





 私はワーグナーの戦いに夢中でベルクールが向かっていたことに気付いていなかった。





 そこにきて凄まじい冷や汗が背中をつたう。

ベルクールがここにいるということは、他の天人族は今何を………




 慌てて遠くの方を見やると、烏合の衆となった天人族達をアルスが一人で相手取っていた。

いや、さすがのアルスでも相手取れる訳がなかった。

確かに有り得ない動きで天人族達をたった一人で受け止めていた。

だが、天人族は不死身。

そして、それだけじゃなく圧倒的に強い。

特にアルスとベルクールが相手をしていた二人は特出して強者だと感じた。




 むしろ、その状況で少しの間でも渡り合えている事がすでに奇跡と呼べた。




 だが、遠目からでも分かるほどの劣勢。

ギリギリ見えるその戦いの中でアルスの腹を突き破り背中から出た槍の切っ先や、凄まじい血飛沫があがっているのが分かる。




 殿下が、死んでしまう。




 私は震えながらそれを見守ることしか出来ない。

あれ程までの異質な攻防に参加できるわけがない。




 本当は命令通りに逃げなくてはいけない。

軍人として上層部の命令に従うのは鉄則だ。

それでも私は命を懸けて私達を逃がす時間を作ろうと戦い続けるその三人から目を背けることができなかった。




 いつの間にか隣に総司令が立っていた。

反対側にはジスと大隊長もいる。




 皆が黙ってそれを見つめていた。




「この状況で逃げれるわけ……」




 総司令の悲痛な声が漏れた。

その声はいつものハキハキしたものではなく、震えていた。




「総司令、しかし………彼らが命を懸けて戦っているのは……」




 ボブ大隊長が声を出した。

確かにその意図することはわかる。

だが、大隊長の言葉にもまた迷いと葛藤があった。



「そんな事は分かっている!!!だが………どうしたら良いっていうんだ………」


「助太刀しても全滅する可能性もありますよ。むしろその可能性のほうが高いでしょう」




 ジスはその中でも冷静だった。

それはけして冷徹な言葉ではない。

ジスも出来ることなら今すぐに助けに入りたい。

だが、アルスのあの命令は最悪な可能性を出来る限り少なくしようとしていることも、そしてそれがどれほど自分に不利な状況になるかという事も理解した上での覚悟であるということはジスには痛い程分かった。




 あの場でワーグナーが足止めに向かったことも、ベルクールがアルスを死地に置き去りにしながらそれを援護しに向かったことも、どれもこれも凄まじい覚悟だ。




 であるなら自分は今何が出来て、何をしないといけないのか。




 片腕を失った自分が加わって状況が大きく変わるとは思えない。

だったら、上官達を殴り飛ばしてでも殿下の命令に従わせることしかできない。





 ジスがそう覚悟を決めたとき、シルフィエッタの絶叫が木霊した。





 シルフィエッタの視線の先、アルスの戦いにジスが慌てて目を向けると、拮抗する状況に痺れを切らした天人族達がアルスに迫っていた。

一撃で決めるという切迫した緊張感がこちらにも伝わるほどの猛攻だった。





 囲まれたアルスの様子はすでにこちらには見えない。





 死んだ………





 そんな不吉な言葉が皆の頭の中に広がる。

ジスはゴクリと生唾を飲んで目を見開いた。

他の面々も固唾を呑んで見つめる。





 次の瞬間、アルス達の居る場所で凄まじい爆音と共に業火が広がった。




 天人族はそこまでやるのか、ともはやアルスの絶体絶命を誰も疑わない。






 しかし、吹き飛んでいく天人族達が視界に映りその後爆炎が消え去った時、その場で立っていたのはアルス一人だった。






 意味が分からず前のめりに目を凝らす。

アルスがふわりと片手を上げた。





 その途端、爆発的な魔力が吹き荒れる。

レッドドラゴンすら凌駕する大きく力強い圧倒的な魔力は、まだ形を成していない状態の中ですら視認することが出来るほどに猛烈な勢いでアルスから湧き出していた。




 シルフィエッタがそれを見て無意識に魔法を使えるのか確認するが未だ使える状態ではなかった。




「ど、どうして………」




 シルフィエッタの呟きが虚空に消える。

魔法が使えるはずがないのに、だがアルスは確かに魔法を行使していた。

先程の爆炎もアルスのやったことだと皆が理解して、困惑の表情を浮かべる。


 


 シルフィエッタだけでなくエリもまたその有り得ない状況に目を見開いていた。




 魔法を使えるはずがない。

それなのに、確かに使っている。

あの者は、なんなんだ。




 困惑と驚愕。




 いつの間にかアルスを中心にして天に数千を超える氷の剣が浮かび上がっていた。

そして、アルスが上げた腕を下ろすのと同時にその幾千の氷剣が未だ体勢の整っていない天人族達に向かって飛んでいく。




 けたたましい轟音が響き渡る。




 その夥しい氷剣の波は、天人族達の身体に突き刺さるだけにとどまらず腕や足を吹き飛ばしていった。

ワーグナーとベルクール達も戦っていた天人族達と共に、それを中断してその異様な光景を見つめていた。




 永遠にも見えた一瞬の形勢逆転の一撃。




 それが終わったと皆が感じた刹那、バラバラになった天人族達の周囲の地面に突き刺さる大量の氷の剣が形を変える。




 またも響き渡った轟音。

形を変えた氷剣はバラバラになった天人族達の方へ一瞬で集まると、身体の修復を阻止するかのように天人族達を氷結させた。





 見上げる程に大きな大剣に変わった氷剣が、アルスと戦っていた天人族の数だけ大地に突き刺さっている。

獣人であるため視力が際立って良いローマンが目を凝らせばその氷の大剣の中心にバラバラの状態の天人族が埋め込まれているのが分かる。




 ローマンはゴクリと唾を飲んだ。




 あの幾千の氷剣は敵の身体を破壊する為ではなく、バラバラになった状態でその後に氷結させ身体の自由を奪う為の魔法だったのか。

魔法に疎いローマンでも分かるほどにそれは途轍もない魔法だった。




「す、すごい……」




 魔法の天才と称されるシルフィエッタがアルスの放った尋常ならざるその魔法に歓喜の声を漏らした。




















「なんとか間に合った。さすがは全知全能……。助かった」




 あの鬼気迫る猛攻には、さすがに死を直感した。

その時、脳内に全知全能の喜ばしい報告の言葉が聞こえた。




『解析が完了しました。魔法の使用が可能になります。HPの残り半分をMPに変換します………成功しました。オート戦闘のクールタイムが始まります』




 周囲の天人族達に自分を中心にした爆撃を行なった。

確かに魔法が使えるようになっている。




 アルスはそれを感じて頬を緩ませ、そしてこう呟いた。




「反撃開始だ」




 氷の大剣で天人族を氷結拘束したが、どれほどそれが保つかは分からない。

それでもすぐには復活しないだろう。




 アルスは転移によって、一瞬でベルクール達の元へと辿り着く。

戦闘は中断されていたようだ。





「き、貴様!!!なにをした!!」





 ベルクール達と対峙していた天人族の一人が突然目の前に現れたアルスに向かってそう叫んだ。





 が、アルスはそれには答えずベルクールに向かって歩みを進める。

その際にパチンと指を一つ鳴らした。





 その場に居るベルクールとワーグナーが固まって目を見開いている。

アルスがただ指を鳴らしただけで、天人族達が消え去ったのだ。





 しかし、少し離れた場所にいるアンバー達には消えた天人族がアルス達の遥か後方に突如現れたことに気付いていた。

何がどうなってそうなったのかは誰にもわからない。

が、空を見上げて“なっ!?”と驚愕の声を上げたローマンによって視界を天に向ける。





 隕石。





 そうとしか思えない巨大な岩がとんでもない速度で転移させられて困惑している天人族達に向かって落ちていた。

天人族の一人がそれに気づいたのと、それが直撃して爆音と共に凄まじい土煙があがるのがほぼ同時だった。




 シルフィエッタは魔導師としてそこだけではなくバラバラになった天人族を氷結させている大剣に影響がでないように張られている防壁にも驚愕した。




 あの一瞬で不特定多数を瞬間的に転移させ、それと同時に隕石を降らせて、さらにはあの規模の防壁を張っている。




 その凄さはとても言葉では表せなかった。




 魔法なしでも途轍も無い強さで何度も驚かせられたが、魔法を使えるアルスはそんなレベルではなかった。

シルフィエッタの中で殿下という敬称が、脳内で使徒様に変わる。





 神の御業としか思えない圧巻の魔法。





 響き渡る天から落ちてきた隕石の直撃音と、遠く離れているのに吹き荒んでこちらまで届いた風圧を感じながら、シルフィエッタは言い表せない程に安堵して、息をついた。



















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