ギルドと冒険者とスライム
城を追い出された。それも無一文で。
新作チキンを食べる前に召喚されたせいでとても空腹だ。このままだと数日持たず餓死してしまう。
確かに「騎士にならないのなら生きるも死ぬも自由だ!」とか言われたけど、これって生きる可能性考えてなくね?慈悲の欠片もないな。
あんな王様が納める……いやあんなお飾り王様と実質姫が納めているこの国のために、命を懸けて魔王を倒すなんてあり得ないな本当に。
さて、そんな愚痴を言っていても腹は膨れないので金を稼ぐ方法を考えるか。帰れないと言われた以上この世界で生活していくしかない。異世界で金を稼ぐといえばギルドで冒険者になるというのが鉄板だと思うが、果たして今の俺が魔物とかと戦えるかどうか。だって武器も装備もないし。こんなんじゃ魔王どころかそこらのスライムすら倒せないだろ。
ギルドを探すため城から城下町に向かう。そうそう、この町は異世界にありがちな中世ヨーロッパ風な町並みをしている。
人通りの中をキョロキョロしながら歩き、近くを通った冒険者らしき男二人組に声をかける。
「なぁ、冒険者ギルドに行きたいんだがどこにあるんだ?」
もうこの世界の人間に敬語なんて使う気はなくなってしまった。めんどくさいし。
男二人は俺をじっと見ると指差しながら笑いだす。
「おいおい、ギルドに行きたいってお前。そんな豚の中でもS級クラスにデカい体形して冒険者になりたいのか?それは無理だろ!お前みたいなデブはそのいらん肉をそぎ落としてからギルドの扉を通るんだな。なんなら今そぎ落としてやろうか?このBランク冒険者様がな!」
なんなんだこの国の人間は。確かにデブだけど初対面の相手に思いやりもくそもない。もうちょっとオブラートに包んでふくよかなお腹だねとか……いや、それでも意味は同じだからむかつくな。
そんなことを思っていると、男たちは笑い続けながら剣を抜く。
「さぁどこからがいい?やっぱり横っ腹からだよな!」
片方の男が俺に向けて剣を振り下ろす。やばい……避けないと切られる……。俺は剣を避けようと体を動かしたがこのままだと絶対に間に合わない。と思ったがなぜか急に体が軽くなりスッと横に剣を避けられ、そのまま反撃をしようとスムーズな動きで男の懐に拳を入れる。ぐふっという声を出し男が崩れ落ちた。隣の男は驚いて動けていない。
「おい!」
俺は声のトーンを下げ固まっている隣の男に声をかける。
「冒険者ギルド、案内してくれるよな?」
「はっはいぃぃぃぃぃぃ~~~~」
冒険者達は「こここっちです~~」と俺に恐ろしいものを見るような目を向けながら案内する。よし、これで冒険者ギルドにたどり着けそうだ。
それよりさっきのは何だったんだ?俺は武道の心得はないし、絶対に間に合わないと思った。腹パンだって一応倒す気で入れたけど咄嗟だったから大した力は入ってなかったし、素人のパンチの威力なんてたかが知れている。冒険者なら鍛えているだろうし、そんな相手を崩れ落ちさせる程の威力を出せるとは思っていなかった。勇者として召喚されたから高ステータスなのか?そもそもステータスとかあるのか?確認の仕方知らないしなぁ。
「……如何にもだ、さすがギルド」
俺を案内した冒険者達は「こちらです」とギルドの扉を開け、俺に道を譲る。こんな如何にもな見た目ならこいつらに案内させなくても見つけられたかもしれないな。まぁ王都ということはかなりの広さだろうし、道に迷うよりはマシか。
ギルドに入ると右側に依頼が貼ってあるだろうボードと左側に休憩所なのか酒場のようなスペース、そして正面に受付と書かれたカウンターがあった。俺を見てなのか、扉を開けている冒険者達を見てなのか周りが騒がしくなる。そんな雑音は気にせずカウンターに足を進め、なぜか後ろに扉を開けていた冒険者達が付いてくる。
「冒険者になりたいんだけど」
そんな後ろの奴らは気にもせず率直に自分の用を受付嬢に伝える。受付嬢は慌てた様子で俺と後ろの奴らを交互に見る。が、すぐに落ち着きを取り戻し俺に言う。
「すみませんが、あなたを冒険者にすることは出来ません」
いきなりの門前払い。俺まだこの世界で何もやってないよ?勇者として召喚されて、それを姫に拒否され城から追い出されただけだぞ。なんか悪いことしたか?
「理由は?冒険者になるのにレベル制限とか何かあるのか?」
俺は自分のレベルを知らないしそれを知る術もない。レベルがあったとしてもおそらく1だろうし、制限があるなら確かになれないな。冒険者になるのに制限があるなら入り口にでも掲示しておいてもらいたかった。
「いいえ、レベルの制限はありません。しかしあなたみたいな太っている方は冒険者にすることは出来ません。決まりですので」
え?なんだその決まりは。勇者として召喚された時もそうだが、この国はデブに何か恨みでもあるのか?
「なんでデブはダメなんだ?理由は」
「決まりは決まりですので」
そんなこと言われたら冒険者になることを諦めるしかないな。これからどうやって金を稼ごう。
そう思いながら出口に向かおうとした時、不意に酒場に目が行く。確かにみんな痩せているもしくは中肉中背くらいのやつばかりだ。だが俺は見逃さなかった。俺と同じデブがいることを。
「おい!ここにいるってことはあいつも冒険者なんだろ?なんで同じデブなのにあいつは冒険者やってるんだ」
自分のことをデブと言った姫や冒険者達には初対面の相手に失礼だと言ったのに、そんなことは気にせず自分のことは棚に上げて言う。デブがダメというならあいつもダメだろ。同じデブなのにあいつは良くて俺はダメだというのはおかしい。
「あなたAランク冒険者様に何を言っているの、死にたいの?今すぐあの方をデブと言ったことを謝りなさい」
受付嬢は俺を睨みながら謝罪を促す。俺はそれを睨み返す。Aランクだろうと何ランクだろうとデブはデブだろ。そんなの俺の知ったこっちゃない。
「おいおい、さっきから視線を感じるんだがそこの兄ちゃんは俺に何か用があるのか?」
受付嬢と睨み合いをしている間に酒場にいたデブのAランク冒険者は俺の横に立っていた。
「別に用はない。ただ同じデブなのになんで俺は冒険者になれないのか不服に思っただけだ」
「あー、そういうことか。俺はなぁ元々太ってなかったんだよ。だがな、ランクが上がるにつれて俺の体重も増えていった。だがら今はこの体系ってことさ。元から太っている兄ちゃんとは違うのさ。分かったら冒険者になることは諦めてダイエットでもするんだな」
そう言った冒険者は俺の肩をぽんぽんと叩き出口の方に歩いて行く。
……そうか、冒険者になるにはダイエットするしかないんだな。ここには友達もいない、旨いものも金がないから食えない。今俺がやれることは痩せて冒険者を目指すことくらいか。Aランク冒険者の後ろ姿をそんなことを思いながら見続ける。
そして今すぐ冒険者になることを諦めダイエットを決意しギルドの外に出るのだった。
金もない、装備もない、何もない俺は城下町を抜けて魔物の出る草原に向う。戦う術もないのに無謀だと思うだろ。だが俺は忘れていない。Bランク冒険者達を圧倒した自分の力を。あの力さえ使えれば俺は魔物を倒せるはず。魔物を倒せば何か素材が手に入るはずだ。冒険者登録は出来なかったが素材の買取くらいはしてくれる……と思いたい。そうすれば冒険者程ではないが金が手に入るはず。そして魔物を倒すのは良い運動になる。
魔物を倒すにはあの力を使えるようにならなければ。どうすればあの力を使えるんだ?俺の持つスキル的なものだとは思うが……おそらく身体強化だよな。あの時は死ぬと思って無意識に使ったから意識的にスキルを使うとなると分からない。
町からも少し離れた。よし、とりあえず地面に向かって俺の最大パンチでも撃ってみるか。
「よっこいせ!」
掛け声は力を抜いてるように聞こえるだろうがそれは違う。なんとなく声に出たのがこれだったのだからしょうがない。掛け声とは裏腹に俺は腕に最大限の力を込めて最大パンチを撃つ。
ドゴーン!!!!
そしてそこには、隕石でも落ちてきたかのようなクレーターが出来上がった。あれ、俺意外にすごい?身体強化って強化出来ても自身の力の3、4倍くらいかと思っていたが、案外剣とか使わなくても戦っていけるような気がする。でもまぁ最大威力のパンチを使うのは控えよう。こんなデカいクレーターをあちこちに作るのはちょっと気が引ける。
攻撃の手段を得た俺は、魔物に出会うべく草原を歩き回った。もう城下町が見えなくなるくらいには離れたが魔物に出会わない。結構歩いたと思う。
それにしてもこういう何もない草原とか見るとなんか異世界に来たって感じがするな。
俺は元々都会とまでは言わないがこんな何もない草原があるような場所には住んでいなかった。新鮮だな。そう思いながら進んでいたらで森の入口らしき場所に着いた。
森かぁ。俺まだ何の魔物にも出会ってないが入って大丈夫なのか?実はこの森の魔物のレベルがくっそ高くて出会い頭に即死するみたいなことになったら嫌だなぁ。
うーんうーんと入るかどうか頭を抱えて悩んでみたが結論は出ず、そこで立ち止まる。
するとカサカサと入口の方から音がしてスライムらしき魔物が現れる。この世界に来て初めて見る魔物だ。俺は急いでスライムから距離を取る。相手がスライムとは言えこの世界の魔物の強さがどれくらいのものなのか俺は知らない。スライムなんてまだ駆け出し冒険者が倒せるくらいの強さだと思うが、用心するのに越したことはない。
でもこのスライム、俺の知ってるスライムとは何か違うな。弱そうに見えるところはやっぱりスライムだが……そうか色だ!このスライム血の色みたいに真っ赤だ。
あーなんかスッキリした。よしこれで戦いに集中でき……あれ、赤いスライムってなんかやばそうじゃないか?だってほら、スライムって青いのが普通だろ?だいたい最初に見る弱いスライムは青いじゃん。
これ絶対やばいやつだ。ついさっき最大威力のパンチを使うのは控えようと決めたばかりなのに右腕に最大限の力を込める。そしてそれをスライムに向けて撃とうとした。が、それはスライムが俺に向けて何かを吐き出したことによって阻止される。スライムが吐き出した物を俺はのけ反りながらなんとか躱した。
なんだ?あのスライムは何を吐き出したんだ?
俺はのけ反りながらスライムが吐き出した物の正体を見ようと目を向ける。そこには、草も地面も溶けたような穴が開いていた。
は!?地面が溶けた?スライムの攻撃で?おかしいだろ!スライムが酸でも吐いたのか?こんなの駆り出し冒険者が倒せるレベルじゃないだろ!当たったら死ぬだろ普通に!
俺は急いで体制を戻し、攻撃はやめて逃げよと決意する。だが、酸を吐くようなスライムから逃げ切れるのか?実はものすごく移動速度の速いスライムで、一度目を付けたらどこまでも追いかけてくるみたいな怖い展開にならないよな。いや俺ならきっと逃げ切れる。あのクレーターを作れる威力のパンチを出せる身体強化が使えるんだ。足を最大限強化すれば逃げ切れはず。逃げ切るしかない。そして俺は足に最大限の力を込めて一歩を踏み出す。
しかし、俺は重大なことに気が付いていなかった。パンチの威力は先に確認していた。自分の使える最大の攻撃を知っている必要があったからだ。魔物と戦うのに自分の攻撃力を知っていれば勝てない無謀な戦いはしないだろう。だが、俺が知っているのは攻撃力だけ。足に最大限の強化をした場合の威力を全く確かめていなかった。
そして最初の一歩が逃げるべき町の方ではなく森の方へ向いていたこと、その一歩でとんでもない距離とスピードが出たこと。
俺は気づいていなかった。腕だけを極端に鍛えているとかでなければ、足は腕の数倍の筋力がある。それを最大威力で使えばもちろん足の方が威力が出る。
当たり前のことだ。当たり前のことに俺は気づけなかった。
「そっちじゃなぁ~~~~~~~~~い!!!!!」
俺は森の方にぶっ飛びながらそう叫ぶことしか出来なかった。