プロローグ
瀬良 大翔。高校一年生。
茶髪茶目のどこにでもいるデブだ。友達はそこそこいるし、別にいじめられてもいない。
ただ彼女が出来たことはない。
好きな人が出来ても、
「大翔ってさ、面白いだけでただのデブだし友達としては楽しいけど彼氏は無理だわぁ。ごめんねぇ」
とふられたことからもう恋愛は諦めた。
痩せればいいだって?確かに彼女は欲しい。
でも俺は今の友達とバカやって過ごす日々も楽しいし満足している。それをわざわざ運動という無駄な時間や食事制限などの我慢をしたくない。
それが今の俺だ。
そんな彼女いない歴=年齢でも友達と楽しく過ごしている俺は、いつも通り仲のいい友達と学校から帰っているところなのである。
「なぁ、腹減ったからなんか食べて帰ろうぜ!」
「いいね。俺、ハンバーガー食いてー」
「そういや、新作出たらしいぞ。エビのソースの旨辛チキンらしい」
それは是非とも食べないと。俺の好きな食べ物の2番目がエビなのである。
そして1番はもちろん肉!1番好きな肉と2番に好きなエビが合わさるなんて食べない選択肢は存在しない。
「行こうぜ!今ならチキン10個は食える気がする」
「お前ならその倍はいけるだろ大翔」
俺が友達を急かそうとした途端、視界がぐにゃりと曲がり真っ暗になった。
なんだこれは。今日の俺は最近の体調で一番元気なはずだ。これじゃ新作チキンが食べられないじゃないか。
意識を失いそうになりながら、俺は必死に新作チキンへの道に手を伸ばす。しかしその頑張りも虚しく、すぐに意識を手放してしまった。
目が覚めるとそこは城の中だった。なぜ城の中だと分かったかって?
そんなの目の前に立派なヒゲを生やし宝石の施された王冠を頭に乗せ、如何にも王様らしい服装をした王様らしき人が豪華な装飾の施された椅子に座っているのと、その横にこちらも宝石の施されたティアラを頭に乗せ、小さな宝石がたくさん散りばめられキラキラ眩しくてうざったいドレスを着たお姫様らしき人が立っているからに決まっているだろ。
そしてその周りに騎士と衛兵らしき人達。
これが城でなかったのならこの人たちは、完成度の高いコスプレをして、俺を驚かそうとしているただの変人で暇人で時間を無駄遣いしてる人達になってしまう。
俺は訳も分からずとりあえずその場で立ち上がる。
視界が一度暗くなったせいか上にあるシャンデリアの明かりが無駄に眩しい。
こういう時焦ったら負けだ。焦らず冷静に今置かれている状況を分析しよう。
俺が目をゴシゴシこすっていると周りの騎士や衛兵達腕を天に掲げ「おおー!」という歓声が上がる。
俺は目をこすっただけだ。なんだよ「おおー」ってどこに歓声を上げるポイントがあった。
「皆の者聞くがよい。此度の勇者召喚の儀は成功した。これで我が国は魔王に怯える事はなくなった。おい勇者よ、そなたの名は何という」
王様らしき人は咳払いをすると、勇者や魔王など俺の知る限りアニメや小説などの物語の中でしか存在しないものを口にする。
勇者?魔王?さすがにこんな洋風な城、日本ではないと分かってはいたけど、まさか……そんなバカな。
ただ勇者だ魔王だなどという言葉が出てくるとここがどこだか一つの予想が出来る。
……異世界だ。俺の意識がなくなったのは体調不良ではなく、異世界に召喚されたということだったのか。本当に異世界だったとしてなんで言葉が通じているんだ?殿様とかが住んでいるような城に召喚されたなら、まぁ日本語が通じても違和感ないがこれはどう考えてもおかしい。あれか、異世界召喚でありがちななぜか言葉は通じちゃうとか、言葉は自動翻訳される便利スキルか魔法でも持っているのか。
「……瀬良……ヒロト・セラですけど……ここはどこですか?」
とりあえずここが異世界ということしか分からない以上、今いる場所がどこか知る必要がある。知ったところで何をすることも出来ないがな。
「ここはルインベルグ王国。この大陸の4つある大国のうち西に位置する国である。我が名はルイド・ルインベルグ。そしてここは我が城がある王都ルイン。」
そうか、やっぱりここは日本じゃないのか。
この大陸は日本と同じように海で囲まれていて東西南北に4つの大国があり、その外側に魔王の領地やら氷山やらがあると簡単に説明された。
このルインベルグ王国はちょうど魔王の領地と隣り合わせで1番近くにある国らしい。
「勇者ヒロトよ。そなたを召喚した理由は1つ、新たに生まれた魔王を討伐して欲しい。そしてこの国の平和を守って欲しい」
まぁ勇者を召喚する理由なんて助けて欲しいとかそんなもんだろ。何の理由もなく召喚なんてされたらたまったもんじゃない。それに勇者として召喚されたなら何か特別な力とかありそうだし、きっと魔王も倒せるだろ。それに魔王さえ倒せれば異世界の醍醐味、自由に冒険とか出来るかもしれない。
俺が国を守ることを了承したことを伝えようとした時、
「ちょっと待ってくださいお父様!」
声を出したのは俺ではなく王様の隣にいた姫だった。声を上げながら俺を指差す。
「お父様、勇者とはいえこんなデブに国を救ってもらうなんてあり得ません。魔王を討伐出来ればこの国の英雄として歴史に刻まれます。その英雄がこんなデブなんてこの国の汚点になります。絶対にあり得ません」
こいつ、人を指差してデブデブ言いやがって。確かに俺はデブだがそこまで言わなくてもいいじゃないか。初対面の相手になんてひどい奴なんだ。流石に傷つくぞ。そんなに言うならなぜ俺を勇者として召喚したんだ。デブが細くなる体形補正みたいのかかれよ異世界なら!それかデブが嫌なら細マッチョイケメンでも選んで召喚しろよ!
「むぅ……で、では勇者ではなく騎士になってもらうのはどうだ?」
騎士になったら自由に冒険とか絶対できないよな。どっかの部隊入れられて、朝から晩まで国を守るとかそんなの絶対嫌だ。せっかく異世界に召喚されたのに冒険も出来ないなんてつまらないだろ。それより、なんで王様より姫の方の意見が通るんだ。この国の王様はまさかお飾りなのか?
「騎士ならまぁ、いいでしょう」
「俺は騎士になるつもりもない。それがダメなら俺の元の世界に帰してくれ!勝手に召喚しといてやっぱり騎士になれとか勝手すぎるだろ。勇者としてなら魔王を倒してやる」
さっきから俺の事なのに、俺を無視して話が進むことに少し苛立ちを感じて本音をぶつける。相手が王様、お姫様だろうと知ったことじゃない。それに魔王を倒すのは勇者の役目だろ?騎士ってなんか勇者と比べると強さも響きも力不足なんだよ。
「娘がそなたを勇者として認めないのなら、我はそなたを勇者として認められない。そして元の世界に戻すと言うのも無理だ。こちらに召喚する事は出来ても戻す事は我々には不可能なのだ」
本当に勝手な話だ。勇者として召喚してデブだからという理由で、勇者ではなく騎士にすると言い出し、それを拒否して帰して欲しいと言えば不可能だと。
……まずい、このままだとあのお飾り王様を殴ってしまいそうだ。死刑とかにされたら嫌だからやらないけど。
「ともかく、そなたを勇者として認める訳にはいかん。騎士になることを拒否するのであるのならば、城を出て勝手に生きるがよい。生きるも死ぬもそなたの勝手だ。衛兵、つまみ出せ!」
突如異世界に勇者として召喚された瀬良 大翔ことデブは騎士になることを断り、自分が何の力を持って召喚されたかも知らず、ただ姫にデブデブ言われ無一文で武器も装備もなく、城の外に放り出されたのであった。