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CULTURE-HAMMER  作者: エグゼ
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第0章「ダイアリー」:2


十月三日


明日でハワードと共に戦うのも最後になるのかと思うと非常に名残惜しい。


しかし今となってはそれも仕方が無いだろう。精神崩壊する友の姿は見たくない。


任務が終わった後、自分は彼に除隊を勧めるつもりでもあった。


聞けば彼の肉親はすでに妹を残して全員この世にはいないと言うではないか。ならばせめて妹に元気な顔を見せてやってほしい。


(『マスタッシュ大尉の手記』第二章より抜粋)







自分が周りの連中からうっとおしい目で見られているのは彼自身が一番わかっていた。


それでも『出来るだけ』普通に接してくれているマスタッシュには本当に感謝していた。


だからそんな彼にも幸せになってもらいたいと思い故郷の妹を嫁にと提案したのだが、やはり余計なお世話だったようだ。


今までも部隊のいろんな連中、新兵も古参兵も関係無く結婚を勧めてやったが哀れむような視線と共にあっさりと断られてしまっていた


 だがマスタッシュと妹の結婚は本当に出来ることなら実現して欲しかったのだ。


あの男になら妹任せられる、この辛い世界から妹を守っていける、家庭を築いていけると確信していた。




「(この任務が終わったら最後にだめ押しでいってみるかな)」


『アドラー大尉。こちら観測車両一番。レーダーにて敵機動兵器を捕捉』


「あ、ああ。位置を送ってくれ」




一応まだ任務の真っ最中だ。思考を戦闘モードに切り替えてハワードは送られてくるデータに素早く目を通す。


その姿はどう見ても普通の軍人のようで、精神を病んでいる人間とは思えない。だが彼自身、自分が病んでいるのだと感じていた。


『幸せ』に敏感になっているということもわかっていて、それを他人に押し付けようとする自分の言動も。


 一通りデータに目を通してふと、起動していないサブモニターに映った自分の姿を見る。妻と娘を失ってから日に日に痩せこけていった頬、


ぼさぼさの金髪、濁ったブラウンの瞳。これでは本当に精神異常者ではないか。


いつの間にか年齢の割に老けていた自分の姿に溜め息をついて、再びメインモニターへと目を戻した。


しかしやはり手馴れた手付きで機体に装備された武装のセーフティを解除していく。


すっかりこの機体の扱いが染み付いてしまっているようだ、恐らく妻以上に巨大人型機動砲手と一緒にいた時間は長いのかもしれない。


 ハワードの操作に連動して彼の愛機は手にした電磁加速砲を構え、砲身を前方へ向ける。


レールガンとも呼ばれるそれは巨大人型機動砲手用に巨大化されている。


敵に対して遠距離からの攻撃が有効ということがわかった今、電磁加速砲は敵機動兵器との戦闘には欠かせない武器の一つとなっている。


吐き出された砲弾が敵を穿つ瞬間は堪らないものだと思う。その瞬間だけが今のハワードを真に満たしてくれるのだ。


 砲口の先には敵の機動兵器。確認されただけでも六機の反応を観測車両は確認していた。だからどうだというわけでもない。


冷静に、ゆっくりと、集中して狙いを定めてトリガーを引いていけば戦闘は終了している。今までだってそうだったのだ。


 敵はソードマンと呼称されている。両腕がブレード状になっているのでソードマン。


ひょろりと背が高く、巨大人型機動砲手よりも頭一個分くらいは大きい。他にもアクスボーイやランスガイなど何体かバリエーションが存在する。


 異星人の戦闘兵器と言えば空を自由自在に飛び回り強力なレーザーなどの光学兵器を使用するものだとSF小説では描かれている。


しかし実際に人類と戦いを続ける彼らは違っていた。ソードマンは二本の脚でひたすら走り、


目標を見つけると両腕のブレードでさらにひたすら斬りかかる。ただそれだけなのだ。


空も飛ばない、ビームやレーザーなどの火器も撃たない。そして母艦といった艦船も存在しない。


未来的であり原始的でもある異星の彼ら、一体何のためにこの地球にやってきたのか。


そんなことを考えるのは安全な場所でのうのうと暮らしている学者達に違いない。


もっとも今の地球には完全に安全な場所など存在しないのだが。




『大尉、そろそろお願いします。敵はすでに有効射程内です』


「ちょっと待ってろよ。・・・えーと二、三発で一機いけるかな」


『あなたの腕は部隊の誰もが信頼しています。マスタッシュ大尉だってあなたの腕前には敵わないと認めているのですよ』


「そいつぁ、嬉しいねぇ」




こうやって無意味に自分を誉めてくるあたり彼らなりに自分との別れを惜しんでいるのだろうか、


今更誉められてもこれといって感じるものなど無いのがハワードの本音だ。


 観測車両からの通信には耳を貸さず適当に返事をしてハワードは深呼吸する。


補正などはコンピュータがやってくれる時代だとしてもやはりそれらは人間によって操られている、


最後に成否を決めるのは人間の腕前なのだ。


 ハワードは思考を停止して、第一の目標に照準を合わせた。


その憎たらしい能面に弾丸を叩き込む光景をイメージして操縦桿のトリガーを引く。




「発射するぞ」




カッ!と電磁加速砲の砲口が発光し弾丸が勢いよく飛び出していった。


電磁誘導よって加速された弾丸は速度を落とすことなく歩き続ける目標、ソードマンへ。


ハワードにとってはすでにどうでもいいような瞬間、彼の狙い通り、目標の顔面が鋭い弾丸に撃ち貫かれて無残に吹き飛んだ。


頭部の大半を吹き飛ばされたソードマンの一体は、ぐらりとバランスを崩すものの何とかその場に踏み止まる、が。




「二射目」




完全に踏み止まる時間さえ与えられずに左足が貫かれる。今度こそソードマンは姿勢制御もできずに地面に崩れ落ちていった。


 こうなると異星人の戦闘兵器もただの的でしかない。


三発目に放たれた弾丸は地面に突っ伏しているソードマンの脊髄部分に突入しそのまま機体の中央部に進んだ時点で


ソードマンの機体は爆発した。




『さすが大尉だ、この調子でどんどんいきましょう!』




ハワードは先程とほぼ同じやり方ですぐに二機目を撃破する。


敵は学習せずにただ猪突猛進にこちらへ向かってくるだけで回避行動を取ろうともしない。それが彼らなのだ。


それでも敵がどんどん近づいてくるのには変わりなく、ハワードは観測車両からリアルタイムで送られてくるデータに


目を通しながら三機目に目標を定めて難無く仕留めてみせた。


それを見て興奮しているのか観測車両や支援車両の兵士達から歓声が揚がる。




『おい、本当に病人なのか? この人』


『だから前線から外されるんだろ。でも惜しいよな、この腕前は』




こんな会話も時折聞こえてくるがハワードはもちろん気にしない。


別にこれらの会話に対して反応する必要性は無いわけで、その瞳と意識はすでに半分となったソードマンの一群に向けられていた。




「(今回の任務はマスタッシュが出てくるまでも無いな)」




最後の任務は戦友である彼と共に、と心のどこかで願っていたハワードの期待は


相変わらず単純な突撃しか行わない単細胞な敵の姿に打ち砕かれた。




『あれ? ・・・大尉、少しよろしいでしょうか?』


「手短に頼む。四機目を喰うぞ」


『敵の侵攻予測進路上に微弱ですが生命反応があります。恐らくこの大きさからして人間かと』


「は?」




それは有り得ない。この作戦領域はハワード達の部隊以外、作戦行動は行われていない筈だし、


かといって民間人がやってくるとも思えない。


 敵の侵攻目的地点、人類の切り札とも言える極秘計画のために欠かすことの出来ない大規模プラントこそが彼らの狙い。


このEU戦線が最前線と呼ばれる理由がそれだった。


 観測車両からの追加データ。生命反応。


有り得ないと思いつつもハワードは機体の望遠スコープを使いデータで示された地点を見回してみる。




「う、動いてる」




小柄な物体が確かにそこでちょこまかと動き回っているではないか。


ちょうどソードマンの一群に追われるような形でそれは必死に走っていた。




『大尉、どうしました』


「・・・ああ、あれは確かに人だ! 人が走っている!」


『しかし有り得ないことでは?敵の罠かもしれませんよ。・・・おい! 確認急がせろ! 大尉はそのまま敵の迎撃をお願いします』




その声はハワードに届いていなかった


彼の意識はスコープの先にいる小柄な人間に向けられている。目を凝らして、スコープの倍率を上げるとさらにはっきりと見えてくる。


 華奢な体、長く伸ばされた黒髪、女性なのだろうか。


布切れのような服を着て、か細い足で走り続ける姿に何故かハワードは見とれてしまう。


そしてちょうどその瞳がハワードの視線と交錯する。明らかに異質なグリーンの眼光がハワードの精神に突き刺さる。




「リ、リリーザ・・・」




ハワードの口は、無意識に今は無き最愛の妻の名を呟いた。

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